ホテルの一室。女の子が「もうどこにも行かないで」と言う。
「俺の名前はヒロム。桜井広夢。君の名前は?」
「梶田志織」
「しおりちゃんか」
俺は安心させる為に笑った。うまく笑顔になってるか分からないが、笑ってみせた。
「いいかい。とにかく水が必要なんだ。電気が無い以上、水道水は出ないだろう」
「出るわ」
志織は蛇口を開けた。
「今はまだ出るが、これから止まるんだよ。必ずね」
「なんで分かるの?」
「友達がこういうの好きなんだ」
俺は少し言いよどんでから言った。
「俺もだけど」
サバイバル物や終末世界の話は好きだった。ゲームも映画も好んでやったり観たりしていた。将来は小説家になれたらいいと思ってる。学校でも休みの日でもヨシオとよく話しあっていた。
好奇心からの知識はネットで散々調べた。面白かった。飽きなかった。いつか役に立つと思ってた。でも本当に役に立つ日はこれっぽっちも望んでいなかった。ヨシオは分からないが、俺は妄想の世界、ネットや映画の世界だけで満足できていた。
震災時に浴槽などにたくさん水を溜めておくのも知った知識の一つだ。まさか本当に役立つとは思わなかった。
「じゃあ、一緒に行く」
志織は断固として行った。この現状を理解していないのか?見たところまだ中学生だろう。幼いから解っていないのか?少なくとも、独りは怖いと思ってるのだけは分かった。
頭の中の想像と現実は全く違う。大きく違っていた。死体の気持ち悪さは想像以上だった。生々しさはネットの画像や映像をはるかに凌駕していた。匂いのキツさ。言葉で言い表せない。
テレビ画面を消したり、リセットや一時停止の効かない現実世界。説明書も無い。回復剤や撃退用の武器なんか落ちてない。
それでも生き延びるしかない。ワクワク感よりも不安や絶望感の方が強い。
無事な人間は見かけなかった。人間はもう誰も居ないかもしれない。俺と志織以外。…俺は人間だ。今は人間じゃないとしても人間に戻れるはずだ。自分に言い聞かす。
「分かった。一緒に行こう」
俺は言った。
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