ゾンビサバイバル 【比翼の鳥の物語】

終末世界を少女と二人で生き抜くお話(完結)
sadojam
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現実.151

公開日時: 2021年4月22日(木) 07:46
文字数:977

志織が船をクルクルとひっくり返し、船底の血を流した。身体の汚れも落ちマシになる。

やる事がなくなる。暗くなれば多分、どこかが明るく見える。そこが陸だろう。見えなかったら適当に漕げばいい。

水平線を眺めていたら「月が昇る方から来た」

と志織が言った。お互い無意識に陸に向かう事を考えてる。このまま海に漂ってはいられない。


神々しいほどの赤い夕焼け。キラキラと水面が眩しい。こういう自然を眺めたのはいつの事か。思い出すのは全て志織と出逢ってからの事。ホテルから見た初めてのオーロラ。病院に向かう途中のバイクから見えた景色。学校の屋上から見た朝日。冬籠りした時の雪景色。三浦家の隙間無く育った竹藪。

全て志織がそばに居た。しばらく水面を眺めていた。志織の動きで我に帰る。


「また前みたいに旅しようね」

小さな声だったが重みがあった。志織の本音だ。俺も深くうなづいた。


「甘い考えかもしれないがダビデに聞いてみよう。俺達が勝手に考え過ぎてるのかもしれない」

考え過ぎは、思い込みになり肥大する。勝手に話を大きくしたりする。全ては憶測や推測だ。

「ダビデから直接聞いたわけじゃないんだろ?」

志織はうなづく。

「なら可能性は残ってる。確定じゃない。交渉の余地や、そもそも仲間から回収しないかもしれない。要はダビデがカーリーになればいいんだろ?」

ダビデの欲する物。カーリーの地位。

「質問してもすぐには回収しないはずだ。強いからと言っていつでも志織を殺せるとは思えないし」

もちろん、この考えも憶測にしか過ぎない。だがただ何もしないわけにもいかない。志織は無言。反対ではないという事だ。

「とりあえずダビデの元へ」

俺は立ち上がり思い切り跳んだ。だが陸地らしきものは見えなかった。月が昇るのを待つしかない。


「これが終わったらどこに住もうか?やっぱ日本かな?」

沈む太陽を見ながら俺は言った。

「色々な国に住み家があるわ。船もあるの。たくさん美術館を周りたいわ」

志織の珍しい欲望。明るく考えようとした俺に合わせてくれてる。

欲望という名の希望。ただ生き延びるだけだった今までに明確な目的が出来た。

「今まで芸術とか無関心だったけど観たくなったよ」

俺は笑って言った。志織が色々と教えてくれるだろう。時間はたくさんある。ありとあらゆる美術館を観て周ろうと思った。


見え始めた月に向かってゆっくりと俺達は漕ぎ始めた。

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