志織が船をクルクルとひっくり返し、船底の血を流した。身体の汚れも落ちマシになる。
やる事がなくなる。暗くなれば多分、どこかが明るく見える。そこが陸だろう。見えなかったら適当に漕げばいい。
水平線を眺めていたら「月が昇る方から来た」
と志織が言った。お互い無意識に陸に向かう事を考えてる。このまま海に漂ってはいられない。
神々しいほどの赤い夕焼け。キラキラと水面が眩しい。こういう自然を眺めたのはいつの事か。思い出すのは全て志織と出逢ってからの事。ホテルから見た初めてのオーロラ。病院に向かう途中のバイクから見えた景色。学校の屋上から見た朝日。冬籠りした時の雪景色。三浦家の隙間無く育った竹藪。
全て志織がそばに居た。しばらく水面を眺めていた。志織の動きで我に帰る。
「また前みたいに旅しようね」
小さな声だったが重みがあった。志織の本音だ。俺も深くうなづいた。
「甘い考えかもしれないがダビデに聞いてみよう。俺達が勝手に考え過ぎてるのかもしれない」
考え過ぎは、思い込みになり肥大する。勝手に話を大きくしたりする。全ては憶測や推測だ。
「ダビデから直接聞いたわけじゃないんだろ?」
志織はうなづく。
「なら可能性は残ってる。確定じゃない。交渉の余地や、そもそも仲間から回収しないかもしれない。要はダビデがカーリーになればいいんだろ?」
ダビデの欲する物。カーリーの地位。
「質問してもすぐには回収しないはずだ。強いからと言っていつでも志織を殺せるとは思えないし」
もちろん、この考えも憶測にしか過ぎない。だがただ何もしないわけにもいかない。志織は無言。反対ではないという事だ。
「とりあえずダビデの元へ」
俺は立ち上がり思い切り跳んだ。だが陸地らしきものは見えなかった。月が昇るのを待つしかない。
「これが終わったらどこに住もうか?やっぱ日本かな?」
沈む太陽を見ながら俺は言った。
「色々な国に住み家があるわ。船もあるの。たくさん美術館を周りたいわ」
志織の珍しい欲望。明るく考えようとした俺に合わせてくれてる。
欲望という名の希望。ただ生き延びるだけだった今までに明確な目的が出来た。
「今まで芸術とか無関心だったけど観たくなったよ」
俺は笑って言った。志織が色々と教えてくれるだろう。時間はたくさんある。ありとあらゆる美術館を観て周ろうと思った。
見え始めた月に向かってゆっくりと俺達は漕ぎ始めた。
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