目が覚め、時計を見ると時刻は午前8時になっていた。
私は大急ぎでシャワーを浴び身支度を整えた。
今日は月見里さんの師匠に会うことになっていたからだ。
準備を終え、私は月見里さんの家へと向かった。
向かう道中も昨日の倉橋さんとのことが頭から離れない。
月見里さんの家へ着くと、家の前で月見里さんがすでに待っていた。
慌てて腕時計を確認すると、時刻は8時55分。何とか間に合ったようだ。
私は自転車を止め、声をかける。
「お待たせしました。ギリギリになってしまってすみません」
彼女は私に気が付き、笑顔になった。
「いえ、約束の時間まではまだありますから大丈夫ですよ。それじゃあ早速行きましょうか」
彼女と私は自転車で、アマテラスの再来こと月見里さんの師匠のところへ向かった。
月見里さんの家から、自転車で30分ほど行った山の麓にある大きな鳥居の前に到着し自転車を止めた。
私は鳥居を見上げ、
「ここに月見里さんの師匠がいるんですか?」と聞いた。
「そうですよ。この神社の社務所に住まわれています」
私と月見里さんは鳥居をくぐり石段を登る。
あたりはとても静かで、遠くから鳥の鳴き声がする程度だった。
石段を上まで登り切り、再び鳥居をくぐる。
正面に大きな本殿があり、右手に小さな建物があった。おそらくあれが社務所だろう。
「神田さん。まずお参りしましょうか」
「わかりました。それにしても大きな神社ですね。近くに住んでいたはずなのにここに来たのは初めてです」
「ここは古くからある神社で、かなり由緒があるんですよ。だけどあんまり知られてないんですよね」
私と月見里さんは本殿の前に着き、賽銭箱に賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らしてお参りした。
二礼二拍手一礼して本殿を見ると、突然本殿の扉が開いた。
そこには巫女装束を着た少女がこちらを笑顔で見ている。
私があっけに取られていると、月見里さんは、
「あ!お師匠様!」と言っていた。
この少女が月見里さんの師匠の様だ。
「やあ千歳よく来たね! そして神田くんはじめまして。悩んでる顔をしているね!昨日の夜の事が頭から離れないのかな?」
私は驚きを隠せない。どうしてこの少女は昨日の事を知っているのだ?
私は顔を引きつらせながら、
「は、はじめまして。お師匠様……何のことでしょうか?」
ふと隣を見ると、月見里さんが私のほうを見て不思議そうな顔をしている。
するとお師匠様は悪い笑みを浮かべ、
「ほほう。私には何でもお見通しだよ。君が昨日の夜後輩と家の近くの公園で……」
そこまで言うのを聞いて私はお師匠様の元へ駆け出し、口を押さえた。
まずい。こいつ本当に過去が見えてるやつだ。
お師匠様はまだもごもご喋っている。
「神田さん!お師匠様になんてことをするんですか!」
月見里さんが慌てた様子で止めに入る。
私は我に返り、お師匠様の口から手を放して、
「すみません。つい取り乱しました。お師匠様がいろいろと見えているのはわかりましたので、それは黙っていてください」
お師匠様は再びニヤッと笑って、
「まあいいだろう。モテる男はつらいねぇ~」とちゃかしてきた。
このやり取りを見ていた月見里さんが心配そうに、
「神田さん、何かあったんですか? もし困っていることがあれば私に相談してくださいね……」と言ってきた。
本当に月見里さんはいい子なのだなと思った。
「いえ、気にしないでください。大丈夫ですから」
「そうそう、大丈夫だよ!そっちは明日中に片が付くから」
こいつは本当に過去も未来も見えているようだ。
「さて、千歳と神田くん社務所にいらっしゃい。お茶を用意しているから」
そう言われ、私たちは社務所へと向かった。
社務所の玄関を上がり、正面にある客間に通された私たちは横並びで座布団へ腰かけた。
そこにはちょうどいい温度になったお茶が用意されていた。
お師匠様が向かいに座り話し出す。
「いやーそれにしても、神田君この間はありがとうね。千歳も喜んでたよ」
私はこの間の立ち退きの件だとピンと来て答える。
「いえ、月見里さんの大事なものを守れてよかったです」
すると月見里さんも改まって、
「本当にありがとうございました」とお辞儀をしながら言った。
少し照れくさかった。
「それで、今日はデートってことでいいんだよね?千歳」
「ち、違います!今日はお師匠様が神田さんに会いたがっていたのでお連れしただけです!」
月見里さんは顔を真っ赤にして言い返した。
「あはは!千歳はウブだなあ」といってお師匠様が笑い出す。
この完全に人を食ったような態度は、確実に過去と未来が見えるからこそなのだろう。
この世の中には常識を超越した存在がいる。
私もそうだが、この師匠もまたそうなのだ。
人生を繰り返す中で、このタイプの人間に何度かあったことがあるが、この手合いと話すと本当に調子が狂う。
だがしかし、この人なら私の転生の件を打ち明けても大丈夫なのではないだろうか?
そんなことが頭をよぎった。
お師匠様が急に真面目な顔をして、
「それじゃあ本題。神田、お前は何者だ?」
この場の空気が一気に変わり、私はドキッとしてしまった。
お師匠様が続ける。
「私は未来の事と過去の事が見える。これは冗談ではなく事実だ。それは先ほどお前も理解したところだろう。しかし、ごく稀に見えないものがある。特にお前の過去がよく見えない。お前は何者なんだ?」
あまりの変貌ぶりに驚いてしまったが、私は月見里さんが聞いているこの場で言うべきではないと判断した。
それを悟ったのか、師匠が「ついて来い」といって玄関から出ていこうとした。
私も後を追うようにする。
お師匠様は急に元の顔に戻り、
「千歳はここで待ってるんだぞ! あ!冷凍庫に千歳が好きなアイスがあるからそれ食べて待っててね!」
と言った。
月見里さんは、少し不思議そうな顔をしてから、「……はい」と言った。
お師匠様はそのまま本殿の扉を開け、中へ入った。
私も後を追い中へ入る。
中には座布団が敷いてあり私たちは向かい合って座った。
お師匠様は相変わらず真剣な表情で話し始めた。
「神田、私の予想を聞いてくれないか?」
「はい」
「お前の過去をさっきはよく見えないと表現したが、正確には違う。お前の過去を見ようとすると、いろんな情報が多すぎて判断がつかないというのが正直なところだ。そして、お前の未来を見ようとすると急に断片的になるんだ。そこで私はいろいろ考えてみたんだが、……お前転生してないか?」
私はズバリ言い当てられドキッとしてしまった。
ここまで見えてしまう人ではもう隠しても仕方がないだろう。
私は観念したように打ち明けた。
「……流石ですね。そうです。私は過去の記憶を持ったまま何度も転生しています」
するとお師匠様は普段の顔に戻り、
「やっぱなー!さすが私!なんでもお見通しだな! 大昔に一度だけ転生者を見たことがあるんだ。その時と同じ感覚だったんだよ。ただ、その時以上に情報が多いから、何者かわからなくて警戒していたんだ」
私はお師匠様が明るい表情になり少しほっとした。
そして私以外にも転生者がいたことに驚きを隠せなかった。
「神田君、ちょっと手を出してくれ」
私は右手を彼女の前に出した。
「私も千歳もこのやり方が得意なんだ」
そう言ってお師匠様は私の右手に触れた。
すると同時にお師匠様が前のめりに倒れる。
私は思わずお師匠様を抱きかかえた。
数秒したのち、お師匠様はむくりと起き上がり額に汗をかいている。
「大丈夫ですか?」
「……神田君。君はすごいね。あまりの情報の多さに、さすがの私でもクラっとしてしまったよ……君、何回転生している?」
「今回の人生で10度目です」
「……そうか、いやー軽く時間旅行をした気分だよ」
そうか10度も転生しているとなると、数百年分の情報をお師匠様は一気に見てこられたのだ。
それは、倒れそうにもなるはずだ。
お師匠様は一息ついてから話し始めた。
「しかし、これなら何とかなるかもしれない」
「どういうことですか?」
「君なら千歳を救えるかもしれない」
お師匠様は真剣なまなざしで私を見つめた。
「それはいったいどういう……」
私が言いかけると本殿の扉がノックされた。
扉の方を見ると、そこには月見里さんがいた。
お師匠様は立ち上がり、本殿の扉を開けた。
「千歳どうした?アイスを食べ終わったからもう一個欲しいのか?千歳は食いしん坊だなー」
「ち、違います!二人が遅いので心配になってきたんです!」
月見里さんは、顔を赤らめて言った。
「神田さん、大丈夫ですか?暗い顔してますけど」
彼女は私を心配そうに見つめた。
「ん?いや大丈夫だよ。なんでもない」
私は先ほどのお師匠様の言葉が引っかかっていたが、平静を装い答えた。
「いやーしかし今日は得るものが多い一日だったな!」
お師匠様はあっけらかんと言う。
「お師匠様が楽しそうでよかったです」
月見里さんがそう続けた。
「しかし、少し疲れてしまったから私は今から寝る!だから二人とも気をつけて帰るようにな」
こうして私たちは帰ることになった。
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