今の私はとても緊張している。
結論から言うと、ワクチンの開発は成功した。
お師匠様は約束どおり、関係者の記憶を消し、痕跡を残さなかった。
これでひとまず、世界規模の大戦は回避できた。
そして今日は彼女にワクチンを投与する日。
今までの経験や思いが詰まったワクチンだ、これで彼女も回復に向かうに違いない。
病院の入り口につくと、お師匠様が私を待っていた。
「おーい!神田くん、こっちだ!」
「お師匠様こんにちは。今日はよく晴れていますね」
「ああ、少し熱いくらいだな」
するとお師匠様は神妙な顔をして私に話を始めた。
「君に良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
「……そうですね。いい知らせから聞きましょう」
「未来が変わったぞ」
お師匠様はそう言ってニヤッと笑った。
「ほ、本当ですか!……よかった……」
「気が早いな!だが、確かにあの子は救われる。君の作ったワクチンでな」
私の目はうるんでいた。
「本当にありがとう。君のおかげで私の大事な娘が救われたよ。本当にありがとう」
お師匠様は小さな体を二つに折らんばかりに深々とお辞儀をした。
「頭を上げてください。これができたのも、お師匠様が陰でいろいろと動いてくれていたからです。それにしてもあんな設備、よく用意できましたね。ほとんど私が当時使っていたのと変わらない設備でした」
「それは、君の過去を見たからな!その方が、君もやりやすいと思ったんだ。まあ、さすが私といったところだな!」
お師匠様は自慢げに言う。だが本当にすごいので、特に嫌味には感じなかった。
「それで、悪い知らせというのは?」
「その前に、手を出してくれ」
私はお師匠様の前に右手を出した。
お師匠様が私の手に触れ、小さな声で「やはりな……」と言った。
そしてお師匠様はまじめな表情をして話し始めた。
「これが悪い知らせかどうかわからないが、君にはおそらく次の転生はない」
「え?」
私は頭の中が真っ白になった。
お師匠様は構わず続ける。
「以前、転生者を見たことがあると話しただろう?その時は、見えたんだよ、なんとなくだけど次の人生が。でも今回君を見てみたがやはり次の人生は見えなかった。おそらく君がこの世ですべきことを達成し、未練や後悔がなくなったたからじゃないかな?」
私の両目から涙があふれ始めた。
お師匠様の言う通り、私は自分の大切な人を救うことができた。
それに満足し誰かに全てを認めてもらえたことが、本当にうれしかった。
しかし、それと同時に、これからどう生きるのか?、という疑問が私の中に湧き上がってきた。
転生を繰り返す中で、私は途中からなんとなく目標ができそれに向かってとにかく行動してきた。
だが今回の人生は、もうやりたいことが見つからないのだ。
だからこそ、不安というか、自分の中に何もないという恐ろしさが私の中を支配していた。
怖い。死ぬことが怖い。次の人生がもうないということが怖くて仕方がない。
私はおそらく死に慣れてしまったのだろう。
なれているからこそ、自分の死に対して特に恐れる必要はなかった。むしろ死にたいとすら思っていた。
だが、いざ死を目の前にすると恐ろしくて仕方がない。
私はそれからお師匠様へワクチンを渡し、足早にその場を立ち去った。
家に着いてから私は、頭から布団をかぶりベッドの中でぶるぶると震えていた。
私はこれからどう生きればいいのだろうか?
自分でもわからなくなってしまった。
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