老婆と別れてから、私は自転車に乗って近くのホームセンターに寄った。
本当にバールがラッキーアイテムなのか、そんな疑問はあったものの、言われた通りに工具のコーナーで大小様々なバールを物色しはじめた。
バールといっても大きさから形まで色々なものがある。
どのサイズの、どんな形のバールか聞き忘れていたが、とりあえず私は、片側が90度、もう片側が45度に折り曲がり両端が釘抜きのような形をした、長さ75cmのバールを購入した。
お会計は3,500円。意外と安いのだなと思った。
自転車のかごにビニール袋に包まれたバールを入れ、ホームセンターを後にした。
ホームセンターを後にしてから自宅へ向かう途中民家の火災現場に遭遇した。
煙が立ち込め、すでに消防車や救急車などが救助活動や消火活動に当たっている。
周りにはやじ馬がいて、皆心配そうに消火活動に見入っていた。
そこへ、消防士に囲まれた一人の女性が大声をあげていた。
「私の!私の子供がまだ中にいるんです!お願いです、助けてください!」
見た目は30代中盤、顔にはすすが付いている。
入口の方に目をやると、レスキュー隊員が3人がかりで扉をこじ開けようとしている。
チェーンソーのような電動工具を蝶番のところに当て、焼き切ろうとするもうまくいっていない様子だ。
するとレスキュー隊員が大きな声で話しているのが聞こえた。
「くそ!全然扉が外れない!どうして開かないんだ!」
「隙間は空いたから、後は何かでこじ開けられればいいんだが、持ってきたバールがさっき折れてしまった……」
「誰かバールを持っている人はいないのか!」
何だこの状況。火事でバールを必要としてる人がいる。
そんな馬鹿な……確かに今私はホームセンターで占い師に言われるがままバールを購入している。
流石にこれは出来すぎではないのか……
だが人命には代えられない。
私は普段あまり出したことがないような大きな声で、
「バールあります!これを使ってください!」
周囲から奇異の目で見られながらも、私は自転車を止め、玄関の手前で待機していた消防隊員へ先ほど購入したバールを渡した。
「え?……あ、ありがとうございます!武田さん!これで開けてください!」
そういって待機していた隊員は、玄関で扉をこじ開けようとしている武田さんに駆け寄りバールを手渡した。
「おお!バールじゃないか!これで一気にこじ開けるぞ!」
ものの30秒程度で扉はこじ開けられ、隊員が中へと入っていった。
1分後、中から武田さんが女の子を抱きかかえ外へと出てきた。
抱きかかえられた女の子はぐったりした様子で、顔中がすすにまみれていた。
女の子はそのままストレッチャーへ乗せられる。
そこへ先ほど大声をあげていた母親らしき女性が駆け寄り、大声で泣いている。
女の子はうっすらと目を開けて、
「……ママ……」
と言った。
生きていたのだ。今まで知らないうちに強張っていた私の肩の力が抜けた。
「ああ!よかった……よかった!」
そういいながら、女の子を抱きしめる母親。
思わず涙がこぼれそうになる。私にもこんな気持ちが残っていたのだ。
私はふと断片的に1度目の人生の事を思い出す。
『パパ!おかえりなさい!』
『パパ!私将来、パパのお嫁さんになる!』
そう、私にも昔は家族がいたのだ。
妻と娘の3人家族。今思い出してもいい人生だった。
『おっさんマジきもいから近寄らないでくれる?』
『おっさん、キモイか臭いかの、せめてどっちかにしてくれない?』
一瞬よけいなことがフラッシュバックしたが……いい人生だった!
私は自分にそう言い聞かせた。
そうこうしているうちに、女の子は母親と救急車で病院へと運ばれていった。
その後数分ほどで火事はおさまった。
思わずその場で眺め続けていた私に、武田さんが声をかけてきた。
「キミ!助かったよ!キミがバールを持っていなかったら女の子は助けられていなかっただろう。本当に感謝しているよ。ありがとう」
こんなまっすぐな瞳で言われると戸惑ってしまう。
「いえ、たまたま……うら」
そこまで言って私は口をつぐんだ。
危なかった。ついうっかり、
『占いで、ラッキーアイテムはバールだって言われたので、ホームセンターで買ってきただけです』
と言ってしまうところであった。
これでは、お手柄男性から狂信的な占い信者にクラスチェンジしてしまう。
私は平静を装いながらなんとか言葉をひねり出す。
「……たまたま、部屋の壁に気に入らない釘が刺さっていたので、それを引っこ抜いてやろうとバールを買ってきたところだったんです!」
うまくいかなかった。というか自分でも何を言っているのかわからない。
武田さんの私を見る目が、お手柄男性を見る目から、不審者を見る目に変わった。
「……そうか。それでもキミは一人の命を救ったんだ。お手柄だよ。」
そう言って優しい笑顔を見せる武田さんは、見るからに消防士というような体格の持ち主で、おそらく学生時代はスポーツをやっていたのであろう。言葉からも見た目からも、本当にまっすぐな人なのだと感じる。
それと同時に対極のような自分が情けなく思える。
私は少しうつむきながら、
「……いえ、自分は当然のことをしたまでですから……失礼します!」
と言い、逃げるように自転車に飛び乗るとその場から立ち去った。
私は一人暮らしをしているワンルームのアパートにつくと、一目散に自室へと駆け込み、部屋の突き当りにあるベッドへ倒れ込んだ。ベッドに面している窓から入る西日が私を強く照らしていた。
私の頭の中を、
『今日のラッキーアイテムはバールです』という言葉とともに、あの占い師の少女の顔がよぎっていた。
それにしてもこれは偶然なのだろうか。それにしては出来すぎている。
あの占い師に言われた通りにバールを買ったらたまたま火災現場へ鉢合わせ、買ってきたバールによって一人の少女の命が救われたのだ。本当にあの占い師の占いは当たるのではないか?そう思う自分と、
いやいやたまたま偶然が重なっただけだ、という冷静な自分がせめぎあっている。
ただどちらの自分も同じ結論に行き着いた。
本物なのか確かめたい。
私は翌日も占い師の元へ向かうことを決めた。
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