その後駆け付けた救急隊により、月見里さんは救急病院へと搬送された。
救急用の待合室で彼女の帰りを待っていると、そこへ少女が現れた。
その少女は私に気が付くと、
「神田君、千歳は大丈夫か?」
と落ち着いた様子で私に尋ねた。
この少女の顔をよく見ると、お師匠様であったことに気が付いた。
巫女装束を着ていないと全く気が付かない。
それどころではない。今は月見里さんの事だ。
「いま中にいます。私が彼女の講座を受けている最中に、急にお腹を押さえて苦しみはじめたんです」
「そうか……」
私とお師匠様の間に沈黙が流れた。
お師匠様が切り出した。
「神田君。昨日君に会ったときに言ったことを覚えているか?」
「えっと……」私は口ごもってしまう。
「君なら千歳を救えるかもしれないと言ったことだ」
「そういえば。あれはいったいどういうことなんですか?」
お師匠様は難しい顔をしながら淡々と話し始めた。
「あの子の命は持って後半年。本人は気がついてはいないが、あの子は癌だ」
突然の事で私の思考は完全に固まってしまった。
お師匠様は続ける。
「私の能力は本当に厄介なものでね。わかってしまうんだよ。わかりたくなくても。でも私には見えるだけで、何もできない。本当にただの傍観者なんだ。節の時も、あ、節っていうのは千歳のおばあさんなんだけど、あの時も結局私は見ているしかなかった。だが今は違う、今は解決策を持った君がいる。……後生だ、あの子を救ってやってくれないか?」
私は少し黙ってから話し始めた。
「お師匠様の気持ちはよくわかります。……しかしあなたは昨日、私の生きてきた人生を見てきたはずです。それでもなお、あの子を救えというのですか?」
私は2度目と3度目の人生を医師として生きた。
これには理由がある。
きっかけは1度目の人生だった。
その時の妻が癌になったのだ。
しかし闘病も虚しく、妻はこの世を去った。
その時私は自分の無力さがとことん憎かった。
大切な人が苦しみ死んでいくのをただ見ているしかできなかったのだ。
そして私は何より強く願った。
もし、もう一度生まれ変わることができたのなら、必ずこの病を治して見せると。
そして妻のような悲劇を、そばにいる家族をこれ以上悲しませるような病を無くしてみせると。
願いが叶ったのか、私は2度目の人生を生きることができた。
私はとにかく勉強した。なにせあの病を解決するには、まず医師になる必要があるからだ。
意外にも、あっけなく首席で医師になった私は、大学病院に勤務しながら寝食を忘れ研究に没頭した。
しかし努力も虚しく解決までは至らなかった。
あと一歩、糸口が見つかれば解決までこぎつけられる。
私は死ぬ間際まで悔しさでいっぱいだった。
その悔しさが通じたのか、私は3度目の人生を生きることができた。
そして私はやっとの思いで特効薬を見つけることができたのだ。
ハッピーエンドであればここで終わりだが、人生はまだ続く。
簡単に説明すると、癌は終わりの遺伝子なのだ。
いわば神が遺伝子に組み込んだ終止符である。
それを機能させなくする事で人類は癌を克服した。
しかし、これは神の領域を犯す行為であり、人類の寿命は著しく伸び始めた。
やがて食料問題から戦争が起き世界はメチャクチャになった。
特効薬を見つけた私も、気がつけば救世主から戦犯に変わってしまった。
私はただ、病に苦しむ人の命を救いたかっただけなのだ。
当時のことが頭をよぎり、私は二つ返事で、はいとは言えなかった。
「ろくなことにならないんです。もちろん私だって月見里さんの事を救いたいですよ。でも、それ以上に失われる命があるんです!」
「……確かに神田君の言うとおりだ。私も昨日君に触れその世界を見てきた。そして君の苦悩もね。だが、私はそれでもあの子を救いたいんだ。何としても」
お師匠様は「少し昔話をしよう」といい、一呼吸おいて話しはじめた。
「私はもともと孤児でね。あの神社に捨てられていたんだ。それを見つけたあの神社の神主が、男手一つで私を娘として育ててくれた。本当にありがたいと思うよ。しかし、月日が流れ父は病で亡くなったんだ。
その頃だ、千歳に初めて会ったのは。もともと千歳のおばあさん、節とは占いの関係で親交があったんだが、ある日突然あの子を連れてきた。どうしたのか節に聞くと、両親を交通事故で亡くし、一人ぼっちになってしまったのを節が引き取ったそうだ。当時のあの子は全然笑わない子でね、両親を亡くしたショックで口もきけないような状態だったんだ。
でもね、それを節は優しく大事に育て、やっとの思いであの子は、今のよく笑うあの子になったんだ。
私はあの子と節を見ていると、自分と父の事を思い出してしまうんだ。おそらくあの子に自分を重ねているんだと思う。
それに節が死ぬ間際に頼まれたんだ。あの子を守ってやって欲しいと。
そして節は、『あの子がお嫁に行くところまでは見てあげたかった』と言って死んでいった。
私はその時誓ったよ、今度は私があの子にとって、私の父や節の様に、親のような存在になってあの子を守ってあげようと。
だからこそ、私はあの子に死んでほしくない。生きて欲しい。生きてあの子に幸せになって欲しい。
でも、今の私に見える未来はあの子が死んでしまう未来なんだ。
私は神主の娘だから、神様を信じている。でも今回ばかりは歯向かってやろうと思う。
私の持てる力全てを使って、あの子を救ってやりたいんだ。
……君もはじめの人生ではそうではなかったのか?」
私の頭の中に1度目の人生の事が、走馬灯のようによみがえってきた。
そうだ。私は妻を、佳菜子を何とか病から救ってやりたくて、思いつく限りのことをしてきた。
抗がん剤治療も値段は高かったが、貯金を切り崩し、それが尽きると昼は会社員、夜はコンビニのバイトをして何とか捻出してきた。
合間を見てはこの病についてとにかく勉強し、ちょっとでもいいと噂を聞けば、どんなに高くともすぐに試した。
それはすべて、佳菜子に生きて欲しかったからだ。
だが、私の場合はダメだった。佳菜子を救えなかった。
私はその時のことが、10度転生した今でもなお心残りになっている。
私がもしお師匠様の立場だったら……
私にはこの人生でやることがあるのではないだろうか。
「……わかりました。私があの子を救います」
私は、お師匠様の目を強く見つめてそう言った。
「……あ、ありがとう」
そういってお師匠様はボロボロ泣き始めた。
しかし現実問題、ワクチンの作り方はわかっていても、ワクチン製造するための施設もない。
この状況でいったいどうすればいいのだろうか。
泣き止んだお師匠様は話し始めた。
「ワクチンの製造や開発などの場所やモノに関しては、私に任せておけ。これでも未来が見えるから、いろんなところに太いパイプを持っている。もうすでに場所も抑えてあるから案ずるな」
本当に流石だこの人は。
しかし私の中に一つ懸念がある。
それは今回のワクチン開発を公にしてはいけないということだ。
前の人生では、研究結果を世界中に発表したところ、世界規模の大戦が起きてしまった。
そんな私の不安を知ってか、お師匠様はさらに続けた。
「そうそう、このワクチン開発は絶対に公にはしない。人の口に戸は立てられないが、それに関しては安心してくれ。私や君の様な異能の力を持つものを呼んである」
「それはいったいどういうことですか?」
「その人は記憶を消すことができるんだ」
「記憶を、ですか。そんなことできる人が本当にいるんですか?」
お師匠様は吹き出し、
「それを私たちが言ってはいけないだろう!私たちだって他人から見れば同じように思われているよ!」
確かにそうだ。他人から見れば、私たちも同じように思われているだろう。
「とにかく、安心してくれ。約束は絶対に守る。というか、この約束を破ったら千歳も幸せになれないからな!」
「ふふ、そうですね。わかりました。私は全力で彼女を救います」
「よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いします」
そう言って私とお師匠様は握手を交わした。
それから私はお師匠様が用意してくれた施設にこもり、開発にいそしんだ。
毎日が充実し、適当に生きるという私の当初の目標はどこかに消え去ってしまっていた。
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