それから老婆がやってきて、
「先生の準備ができたようなので、いつもの部屋でお待ちください」
と私に伝えた。
私は玄関を上がりいつもの部屋の前で待つ。
すると中から声をかけられた。
「中へお入りください」
障子をあけ中に入ると、簡易的な折りたたみ机を挟んで向かい側に、着物を着た彼女が座っていた。
彼女の前に置かれた椅子に腰かける。
彼女は笑顔で、
「今日は講座をご希望ということで、ありがとうございます。何かきっかけがあったんですか?」
と尋ねてきた。
「今まで見ていただいていて、先生の力が本物だと思ったので、受けてみようと思いました」
「ありがとうございます!今更ですが、自己紹介しますね。私は、月見里千歳と申します。占い師をしてます。」
「私は、神田宗介といいます。投資で生計を立てています」
投資で生計を立てているというと、大概の人は驚くのだが、彼女は驚くこともなく続けた。
やはり彼女には未来が見えているのだ。
「それでは神田さん。まずあなたに合った占い方法をお伝えしますね!」
そう言って彼女はおもむろにタロットカードを取り出した。
タロットカードか。なるほど、これを使って占うのが私には合っているのだな。
私の頭の中には、タロットカードを使い占いをしている自分の姿が浮かんだ。
すると彼女はにっこり微笑み、
「神田さんに合っているのは、タロットぶつけ占いです」
ん?タロットぶつけ占い?どういうことだ。
一般的なタロット占いは、タロットカードを混ぜ、それを引き、書かれている絵柄から占うのではないのか?
私はあっけにとられつつも、
「……先生!あの、タロットぶつけ占いとはいったい何なのでしょうか?タロットカードを引いて占う方法とは違うんですか?」
彼女はさらに笑顔のまま、
「タロットぶつけ占いは、カードを引いたりしません。これだけだとわからないと思いますので、実際にやって見せますね!」
そう言って彼女は立ち上がり、私にタロットカードの束を投げつけてきた。
痛い!なんなんだ、この占い方法は!ふざけているのか?
私に投げつけられたタロットカードは、私をバウンドし、ひらひらと床に散らばった。
その中に1枚だけ表向きになったカードがあった。
彼女はそれを手に取り、
「なるほど。愚者のカードですね」
と、真剣な顔をして考え始めた。
え?これ本当にこの占い方なのか?占い師が商売道具であるタロットカードを客にぶつけて占う方法など聞いたこともない。
「今日のあなたのラッキーフレーズは、『おまかせで』です。それと、誘いには必ず応じてください」
「……あの!先生!すみませんが、まだ理解が追い付きません!少し説明していただいてもよろしいでしょうか!」
彼女ははっとした顔をしてから、
「あ!すみません。突然で驚きましたよね。それではタロットぶつけ占いについてお教えしますね」
そう言って彼女は、タロットぶつけ占いの説明を始めた。
「タロットぶつけ占いは、中世ヨーロッパで流行った占い方法で、由緒ある占い方法なんです。ただ、カードの消耗が激しい、カードを無くす可能性が高い、お客さんとのもめごとに発展しやすいなどの理由から衰退し、現在ではあまり知られてはいません」
流石にこんなコストとリスクのある占い方法は厳しい。実際にやるとしても、もめごと覚悟でやらなくてはいけないというのは、いかがなものだろうか。もしほかの方法があるならそっちに切り替えたい。
「……あの、すみません。私はこの占い方法でないとダメなのでしょうか?」
「ダメです。これ以外の占い方法は神田さんには向いていません。やっても当たりませんよ」
彼女はきっぱりと私の申し出を断った。これで、私にはタロットカードぶつけ占い以外の選択肢がなくなったのであった。
「じゃあ、一度やってみましょうか!」
そう言って彼女は、床に散らばったカードを拾い集め、私に手渡した。
「それでは、そのカードを良くシャッフルしてください」
言われるがまま、私はカードをシャッフルした。
「次に、相手が占って欲しいことを聞きます」
私は戸惑いながらも、
「……えっと、先生が占って欲しいことは何でしょうか?」
そう尋ねた。
彼女は、んーと右手の人差し指を顎に当てながら、
「今日の私の晩御飯は何か占ってください!」
変化球すぎる!普通、今悩んでいることがあり占いを受けるはずだ。
確かに一人暮らしをしていると、晩御飯はどうしようか迷うのはわかるが、
果たしてそれをタロットカードで占うことができるのだろうか?
「……わ、わかりました。あの、このタロットカードを先生にぶつけるんですよね?」
「はい!躊躇はいりませんので、思いっきりぶつけてください!」
私は右手にタロットカードを持ち、腕を振り上げた。
……いや、無理だろ!なんなんだこの状況は!
着物を着た小柄な女子高生占い師に、22歳男性がタロットカードの束をぶつけるという異様な状況だ。
しかし、先生は目を輝かせながら私がタロットカードをぶつけるのを待っている。
……もう仕方がない。思いっきりではないまでも、軽くぶつけることにしよう。
「では、行きますよ」
「はい!ばっちこいです!」
私は彼女にタロットカードをぶつけた。
そして彼女を肩付近をバウンドして床にカードが散らばった。
彼女はカードがぶつかった瞬間小声で「いたっ」っと言っていた。
罪悪感が半端ない。
そして彼女は、散らばったカードの中から、表向きになった1枚のカードを拾い上げた。
そしてそれを私に見せ、
「このカードを見て思い浮かぶ、私の今日の晩御飯を言ってください」
見せられたカードには、ランプと杖を持ち、紫色のローブをかぶる老人の絵が描かれていた。
いやいや、これで何と言えばいいんだ?正直分からない。
しかし彼女は変わらず嬉々とした表情を浮かべ、私の返答を待っている。
仕方なく私は、
「……えっと、煮物?」と答えた。
彼女は笑顔になり、
「煮物ですか!やった!私、煮物大好きなんです!」
と答えた。
もうこの状況への理解が完全に追いつかない。
しかし彼女が喜んでいるので、それでいいと思った。
彼女は再び床に散らばったカードを拾い集め、私にタロットカードを手渡した。
「それでは、このタロットカードはお渡ししますので、肌身離さず持っていてください」
「……わかりました」
「今日はこの辺にしておきましょう。次回からは、タロットカードの絵柄や意味などをお伝えしていきますのでお楽しみに」
占い方はさておき、習い事というのは楽しいものかもしれないと私は思った。
「次回なんですけど、いつ空いてますか?」
私は、スマホを取り出しスケジュールを確認した。といってもほぼ毎日暇なようなものだ。
「いつでも大丈夫です」と答えた。
すると彼女もスマホを取り出し、
「……それじゃあ、明日でいいですか?明日の同じ時間にまた来てください!」
「わかりました」
これで次回の予約が確定した。
続けて彼女は、
「そしたら連絡先交換しましょう!わからないこととか、予約の変更とかあればこれでやり取りできるので」
「そうですね。わかりました」
そして、私と彼女は連絡先を交換した。
「先生、今回のお代はいくらになりますか?」
「んー……タロット代含めて1万円です!」
今思いついたように彼女は答えた。
不思議なもので、タロットカード込みだとちょっとお得な感じすらする。
そして私は、言われるがまま財布から一万円取り出し彼女に渡した。
彼女は笑顔で、
「ありがとうございます!」と答えた。
彼女は、はっとした顔をして、
「そうだ、神田さんの今日のラッキーフレーズは『おまかせで』です。それと、誘いには必ず乗ってくださいね!」
「わかりました。占いまでしていただいてありがとうございます」
そういって彼女と別れた私は、部屋を出て玄関まで歩いていく。
その途中、とてもいい匂いがした。
そして奥から月見里さんの声が聞こえた。
「あー!キヨさんありがとう!今日も晩御飯作ってくれたの?」
私は先ほどの占いの結果が気になり、少し聞き耳を立てた。
「いえいえ、先生にはいつも良くしてもらってるから、これぐらいさせてください」
キヨという女性は、おそらくいつも出迎えてくれる老婆の事だと声から判断した。
「今日の晩御飯は……やっぱり!煮物だ!」
私の初タロットカードぶつけ占いは見事に成功したようであった。
屋敷を後にして私は晩御飯を買うため商店街へとやってきた。
不思議と私も煮物が食べたくなっていたからだ。
商店街の総菜屋で煮物を買い、私は家へと戻った。
家に戻り、私はご飯を炊いて夕食を済ませた。
シャワーを浴びて出てくると、スマホに連絡の通知が来ていた。
占い師の月見里さんからだった。
『こんばんは!今日は講座を受けていただいてありがとうございました!神田さんに占っていただいた通り、なんと!晩御飯は私の大好きな煮物でした!神田さんには占いの才能があるみたいです!明日もお待ちしております!』
私は思わず微笑んでしまった。
そして軽く返事を済ませて、受け取ったタロットカードを眺めながら、今日あったことを思い返していた。
すると再びスマホが鳴った。
月見里さんかと思い、携帯をみると、今日久々に再会した、後輩の倉橋さんからだった。
『先輩お久しぶりです。少しお話がありますので明日お時間ありますでしょうか?』
久々に再開したばかりだというのに、いったい何の話だろうか。
適当な理由をつけて断ろうかと思っていたが、月見里さんに言われた今日の占いを思い出した。
『神田さんの今日のラッキーフレーズは『おまかせで』です。それと、誘いには必ず乗ってくださいね!』
私は占いに従って『おまかせで』と送信した。
返事としては、間違っている気もするが。
するとすぐに返事が来た。
『わかりました。そうしましたら、明日の12時駅前の喫茶店に来てください。それでは失礼いたします』
それにしても倉橋さんは私に会ってどうするつもりなのだろうか?
そこまで仲が良かったわけでもなく、たまたま委員会が一緒だっただけの先輩を呼びつける理由が、私には思い当たらなかった。
悶々としたまま、私は眠りについた。
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