「――い! おい! 聞いているのか! 狼犬人! 黙ってないで答えろ! あー……、! ルイス! ルイス=ハウンド=コーデリー!! 聞こえているのか言っている!!」
気がつくと目の前には、おそらくフレヤが送ったであろう、大勢の追っ手がいた。
「おいルイス! 貴様に言っているんだぞ! それとも、自分の名すら忘れたか! 狼犬人め!」
追っ手の集団より数歩ほど離れ、前に出ている男が一人、これ見よがしに大きく口を開け、わざとらしく唾を飛ばしながら、声を荒げてこちらに向かって叫んでいる。その姿はまるで子供の威嚇ようだった。
「――フレヤの命か?」
追っ手たちの先頭に立ち声を荒げてしゃべっていた男は、見るからに眉を顰め苦虫を噛んだかのような表情を浮かべた。
「――聞こえなかったか? もう一度言った方がいいか?」
先頭の男の表情が一瞬にして憤怒に染まった。
「聞――! 聞こえておるわ! それよりも!! 貴様! 誰にそんな口を聞いている! いかに旦那様のお気に入りであろうと序列はあるのだぞ!! 貴様と! 私たちとでは!! 種としての! 確固たる! 序列が!!」
「――。そうか、まだ私はフォーサイス家の者のようだな」
「な、なにを世迷言を! そんなわけがあるかぁあ!!」
「――? そうなのか? 貴様が言ったのだがな、俺の事を旦那様のお気に入りと」
「ええい! だまれだまれ!! 狼犬人風情が人の言葉を喋るんじゃあない!!」
先頭の男は、激しく地団駄を踏みながら答えた。
「そうか、それは悪かったな。では、どうする故郷の言葉でも使えばいいか? しかし、だ。どうせわからないんじゃないのか? ん? どうだろう、だとしたら不便じゃないか?」
「うるさい! 私は黙れと言った! もうしゃべるな、と言っているんだ!」
「なるほど、であれば初めからそう言えばいいものを」
「はっ! やはり言葉がわからんようだな! 狼犬人には! 我々の言葉が! な!!」
男は、してやったり、といった表情浮かべながら、少しでも自身を大きく見せたいのか、腕を組み、鼻の穴を膨らませ、背中を大きく後ろへと仰け反らせている。しかし、慣れていないのか、その姿は勇ましいというよりもむしろ間抜けにすら見えた。
ふむ、まぁ、まず間違いはないだろうが……、念のためだ……――。
ぐるりと辺りを見回しつつ追っ手たちの装備や顔を確認する。見慣れた紋章を身につけた見慣れぬ顔が大勢に、見慣れぬ紋章を身につけた見知った顔が複数人。
やはり、裏で糸を引いているのは……フレヤ、で間違いない、か――。
「ふん! どうだ、怖気付いたか! わかっているだろうが、今さら焦りだしたところでもう遅いぞ! ――いや、しょせん犬だ。理解できていないかもしれんなぁ! あははは――!」
そういって男は頭を大きく後ろに倒しながらしばらく笑っていたが、いくら笑い続けようと男に続く者はいなかった。
「ん、んんっ! まぁ! 私は親切だからな! 特別に教えてやろう! ルイス! 貴様は今!! エレノア様誘拐の容疑が掛けられている! アデルバート様の命だ! おとなしくついて来い!!」
あごをしゃくり上げる動作とともに男は言う。
「アデルバート様よりの命か、にしては見覚えのない顔ばかりだな」
「ふん! そんなもの! 当たり前であろう! 信用されていなかったのだ! 貴様が!」
流石に、引っかからないか――。まぁいい、どうせ短気者なことに変わりはない――。
「おお! 返事をしてくださるとは! まさかまさかだな、黙らなくてよかったのかな?」
やれやれと言ったそぶりで男は、鼻の穴を大きく広げ、鼻で大きなため息をついた後、ゆっくりと口を開いた。
「これだから犬は……。まったく、困ったものだ。言葉が通じぬのでは……、やはり――」
来るか――。
重心を低く、腰を落とし、地面スレスレに手を構える。
「躾、しかないようだなぁ! それもとびっきりのやつを、だ! さぁ! かか――」
地面を強く踏み締める。瞬間、同時に、男一人を除き、まるで同一の生き物のように追っ手の集団が一斉に動き出した。
「お、おい! まだ動くな! 私の号令がまだだぞ! お――!」
男の声は大勢の出す音に紛れ、やがて自身も集団中へと飲み込まれていった。
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