「して、調理はどうするのだ?」
「まずは、羽をむしるところからかな」
「面倒だのう」
生き血を糧とするドラクル。
調理が必要ない分だけ、生存競争では有利かもしれない。
だが、トウマにもスキルがある。
「確か、茹でたり蒸したりしてから毛を抜くはずだけど……さすがに、待てそうにない」
ニワトリをミュリーシアから受け取ったトウマは、地面に横たえると瞑目した。
命を奪ったことへの謝罪。命をつなげる事への感謝。
それを心の中で告げると、スキルを詠唱する。
「魔力を10単位、加えて精神を5単位。理によって配合し、我が指先は崩壊を進める――かくあれかし」
黒い光が点った指で、マッスルースターをなぞる。
「《ディケイド》」
すると、まるで舞うように羽毛が抜け落ちた。
頭がないこともあり、こうなると一気に食材に近くなる。
「アンデッドと同じ負の生命力で、腐敗を促進した――というところかの?」
「ああ。その理解で間違っていない」
すでに死亡しているから、ここまでの効果があった。
生者に使用しても、多少疲労や衰弱させられる程度だろう。
「じゃあ、リリィも同じことができるのですか?」
「そういう能力は備わっているはずだな」
それよりも、次は内臓を抜かなければならない。
影術で処理しようとミュリーシアが言いかけたそのとき、リリィが虚空を見て動きを止める。
「むむむ。ニワトリの解体なら、おばちゃんができるって言ってるです」
「ゴーストの一人か。それぞれ、特技を持ってるんだな」
「ふむ。妾がやっても良いが、任せるとするか」
「待った。そうなると、ゴーストタウンに戻ることになるよな?」
「無論。森の探索は後日として、帰るとしようかの」
影を伸ばしてハーネスを作ると、当たり前のようにトウマの体に絡みついた。
そして、もはやなにも言わずに森から空へと旅立った。
その間、元勇者の表情は無。
それほど時間はかからず、ゴーストタウンに到着。
そこでは、数十人のゴーストたちが待ち受けていた。
「ニワトリが獲れたですよ!」
リリィが獲物を持っていたトウマの手を掲げると、歓声は聞こえないながらもゴーストたちは拳を振り上げたり拍手したりして盛り上がる。
その中から、中年に見える女性のゴーストが進み出た。
「トウマ、おばちゃんは料理で旦那さんを落としたってお母さんが言ってたおばちゃんですよ!」
「ドラクルにはない概念だのう」
人に歴史ありだった。
「お世話になります」
トウマは軽く頭を下げ、獲物を手渡した。リリィを通じて死霊術師と契約したことで、実体への干渉も可能になっている。
リリィが言うおばちゃんのゴーストは、笑顔とともにサムズアップしマッスルースターを受け取った。
「じゃが、ゴーストといえども素手で解体できるのかの?」
「分かってる。なんとかするよ」
刃物の類があれば任せられるのだが、残念ながらゴーストタウンにあるものは朽ち果てている。
であれば、他の手段でなんとかするしかない。
「魔力を5単位、加えて精神を2単位。理によって配合し、彼の手を刃と為す――かくあれかし」
スキルの詠唱をすると、トウマはゴーストの手を取った。
「《ネクロ・エッジ》」
その手から、黒い光が溢れた。
本来は、アンデッドの肉体武器を強化するスキル。
ゾンビやワイトと違って鈎爪を持っていないゴーストでは強化率は微々たるものだが、それが調理にはちょうどいい。
まじまじと自分の手を見ていたゴーストだったが、納得したようにうなずいた。
「解体して、串に刺すところまでやってくれるって言っているのです」
手が刃物になったことに違和感はあるだろうが、やれると判断したようだ。
しかし、トウマはまた次の問題に直面していた。
「ああ、串か……」
「調理には火が必要であろう。薪を集めるついでに用意すれば良い」
そう言っている間に、別のゴーストが枯れ木を何本も運んで来てくれた。
「有能だなぁ」
「誇るが良い。契約しておる共犯者の手柄でもあるのだからの」
「出遅れたのです。いつか、トウマの食事をリリィがお世話するのです!」
謎の対抗心を燃やすリリィだったが、不意に小首を傾げた。三つ編みにまとめた金髪が揺れる。
「ところで、火はどうするです?」
「そこは、妾の出番よ」
「なんかもう、お世話になりっぱなしだな」
「適材適所というものよ。共犯者は、この後知恵を出してくれればそれで良い」
影術で作った刃で木の皮を薄くむき、それを影の杭を高速で擦り合わせて種火を作る。
「ちょっと待ってくれ、展開が早い」
あわてて薪をくべ、種火から燃え移らせた。
ゴーストタウンの中心。井戸があった場所に、即席のたき火が完成した。
串もミュリーシアが、影術ですぱっと作ってくれた。
これほど細やかな作業を楽々こなすとは。その外見からは、想像もできない。
トウマの仕事は、近くの水場で串を洗うことぐらい。
その頃には解体も終了している。
内臓も含め、綺麗に串打ちされた。こうなるともう、完全に食材だ。ほんの少し前まで生きていたとは思えない。
一羽分なのだから当然だから、とても一度では食べきれない量だ。
とりあえず地面に挿しているが、保存方法も考えなくてはならないだろう。
けれど、今はそれどころではない。
大きく重たく厚みのあるモモ肉を手にし、トウマは火に掲げた。
「これ、どれくらい焼けばいいと思う?」
「妾に聞かれても分からぬ」
「分からないのです!」
それはそうだった。
「寄生虫の類は、いたとしても《ディケイド》で死んでると思うけど……」
逸る気持ちを理性で抑え込み、トウマは慎重に火を通した。
表面、裏面。
最初は近火で、その後遠火でじっくりと。
30分後。
表面には脂が浮き、食欲を刺激する香りが脳を支配する。
ところどころに付いた焦げ目が、否応なしに殴りかかってきた。
「いただきます」
衆人環視の中、モモ肉にかぶりついた。
妙なプレッシャーはあるが、空腹には勝てない。
「ふぐっ」
筋肉が発達していてなかなか噛み切れなかった。
だが、空腹の人間の前には無駄な抵抗。
骨の近くまで一気に肉を食い千切り、咀嚼する。
素材の味を感じた。それしかない。
文字通り、味気ない。
それでも、トウマは夢中で飲み込んだ。
「はあ……。生きてるって、こういうことなんだな」
自然と、活力が沸いてきた。
歯ごたえと弾力は、高級な鶏肉を思い起こさせる。
食用に育てているわけではないのに、美味い。それだけに、味付けできなかったのが残念だ。
「これは、焼くより鍋物のほうが向いているかもしれないな……」
ガラで出汁を取って、水炊きにするのが一番美味そうだ。
もちろん、唐揚げにしてもいい。ジューシーでいくらでも食べられる。
テリヤキチキンにしてパンに挟むのはどうだろうか? ハーブを塗り込んで、モモ肉をローストするのが一番現実的か?
食べているのに、さらなる空腹に襲われる。
「おいしいのです!」
その時、固唾を飲んで見守っていたリリィが飛び上がった。
使役霊との感覚共有が働いたらしい。それに気付いたのは、周りを取り囲んでいたゴーストたちの満足そうな表情を目の当たりにしたから。
「もしかして、俺がいろいろ思い出したのも感覚共有で伝わったのか?」
「でも、次はお塩なのです!」
「そこは納得せざるを得ない。塩田とか作れるといいんだけどな……」
海があるのだから、塩は手に入る。
しかし、煮沸する鍋もない。半島――グリフォンの爪にある山地で岩塩が取れたら楽なんだが……と、トウマは考えを巡らす。
結論から言うと、塩は早期に手に入ることになる。
それも、トウマが想定していたのとはまったく異なる方法で。
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