「ミュリーシア、この屋根材は使えるって親方が言っているのです」
「それは重畳。使える部分を引っぺがして持っていこうではないか」
いくつもある廃屋のひとつ。
その天井に立つドラクルの姫が、慎重に野地板に手を掛けた。
屋根にふかれていた瓦は、すでに他のゴーストによって撤去されている。
それを命じた死霊術師は、作業を心配そうに見上げていた。
「影術は使わないのか?」
「精密作業は、さすがに手でやったほうが良い」
火起こしは、精密作業ではなかったらしい。
その言葉を証明するかのように、ミュリーシアは屋根の下地である野地板を引きはがした。
160cm前後とそれほど高くはない彼女の身長を超える大きさだったが、危なげなく作業している。
「釘は鉄じゃなく木釘を使ってるから、錆び付かないって親方が言っているのです」
「そうか。ここだと鉄も貴重品なんだな」
「腐りはしそうじゃが……その場合は、屋根材ごと交換する時期かの」
背中から翼を生やし、確保した屋根材を“王宮”へと運んでいくミュリーシア。影術も使わずに、軽々とだ。
この怪力も、勇者や聖女のスキルに当たる種族能力なのだろうか。
「良し。この野地板を交換してしまえば良いのだな?」
「下手な作業をすると、周囲を痛めるから気をつけろって言っているのですよ」
「ふっ。妾に任せよ」
根拠は不明だが、とにかくすごい自信だった。
そのミュリーシアが挑むのは、屋根の張り替え作業だ。リリィを通して親方の指導を受けながらとなるが、どうにかなりそうな雰囲気がある。
その間、親方の弟子だったゴーストたちは、使える瓦の選別を行っていた。“王宮”の屋根が張り替えられたら、順次取り付けていくことになるだろう。
「自分で言うのもなんじゃが、高所の作業を問題にしないどころか飛んで資材を運べるとか。もしかして、大工はドラクルの天職なのではないか?」
「少なくとも、俺より向いているのは間違いなさそうだな」
地面と変わらずに“王宮”の屋根で作業をするミュリーシアの様子を見て、トウマは全面的に任せることに決めた。
「ミュリーシア、そっちは頼んだ」
「うむ。頼まれたぞ、共犯者」
「俺は、もう一度家を回って使えそうな物を探してくる」
「器を作っても、中身がなければ虚しいだけだからの。こちらこそ、任せたぞ」
補修作業では、トウマは足手まといにしかならない。特に、高所では力になれそうにない。
であれば、有用な品を探したほうがいい。全体のクオリティ・オブ・ライフを上げるために。
「リリィ、手が空いてるゴーストたちにお願いがある」
「なんなのです?」
「家に落ちてる瓦礫と、道具類を分別しておいて欲しい」
「使えそうな物を持ち出さなくていいのですか?」
「そこは、俺の視点で吟味したい」
「りょーかいなのです!」
その場で念じていたリリィは、“王宮”へと戻らずトウマに同行するようだった。
一緒に、先ほど屋根を引きはがされた一軒に入っていく。
「あっちはいいのか?」
「親方は、元々口数が多い人じゃなかったのです」
「職人っぽいな」
それも、頭に「昔気質な」が付くタイプだ。
屋根がなくなったお陰で明るくなった室内を見回しながら、トウマは分かるとうなずいた。
「ちょっと憧れる」
「お喋りしたほうが楽しいのですよ?」
「そういうんじゃないんだよ、職人は」
「分かんないのです! それで、どんなのが必要ですか?」
ここはまだ他のゴーストの手が入っていないので、瓦礫が転がっている。
それを二人で選り分ける作業からだった。
「そうだな……」
リリィに問われ、探す手を止めて頭の中でリストアップする。
ベッドなどの寝具。いつまでも、闇に包まれているわけにはいかない。なぜなら、ミュリーシアと同室ということになるから。しかも、ミュリーシアのドレスと同じ素材である。冷静に考えると、いろいろマズい。
テーブル、椅子、食器。いつまでも地面に座って食事というのも厳しい。それに、保管庫のような物も必要だ。
服は一着でもなんとかなるが、タオルぐらいは欲しい。質はともかく、布があれば様々な使い道があるのは間違いない。
「いろいろあるですね。ということは、今、なんにもないってことなのです」
「人って、生きていくのにいろいろと必要な物があるんだな……」
それに、今すぐではないが紙や筆記用具も必要になるだろう。
「生きるって大変です。リリィ、死んでて良かったです」
「いや、良くはない」
時間を掛ければ自力で用意することはできるのだろうが、その時間がもったいなかった。
早めに交易をすることを考えなくてはならない。
「そう考えると、お金って偉大な発明だったんだな」
「お金ですか……?」
「ああ、この島で完結してるんだったら必要ないか。簡単に言うと、食料とか服なんかと交換ができるお札みたいなもんだな」
「ふへー」
リリィのすみれ色の瞳が鈍く光る。理解している様子はなかった。
順調に発展したら、このグリフォン島にもいつか商店ができるだろう。
そのとき、教えるしかなさそうだ。
食料がいつでも買えるとなったら、きっと喜んで憶えてくれることだろう。
そんな未来予想図にトウマは相好を崩し……遅れて落とし穴の存在に気付いた。
「……もしかして、お金で買った食料って、全部俺が食べることになるのか」
「はわわ……。いつでも簡単にご飯が手に入っちゃうのですか?」
興奮しているのか。リリィがぶるぶると体を震わせる。
「夢のようなのです」
「ゴーストが食事をとれるようになる方法、なにか探さないといけないな……」
このままだと、トウマの健康が危ない。
肉体に憑依させるようなスキルはあるが……。
「その体をどこから持ってくるのかという問題が出てくるな」
空いている体など、あるはずがない。
今のところは、アイディアに留めとく。
まずは、使える物を探さなくてはならない。
「そこまで期待はしてなかったけど、これは……」
「なにもなくて、もうしわけないのです」
しかし、廃屋を何軒が回ったが成果はなにも得られなかった。
あったのは、腐ったテーブルや椅子など家具だったもの。
本当に鉄は貴重品だったようで、フライパンのひとつも見つからない。
代わりに、壺や土鍋はいくつかあった。だが、残念ながら割れるかひび割れていて使い物にはならない。
布も、風化してしまったのか見当たらなかった。まさか、食べてしまったはずはないだろうが……。
結論から言うと、ほとんど朽ち果てていて使い物にはならなかった。
「あっ、トウマ。なにか見つかったらしいのです」
「行ってみよう」
ゴーストの一人が待つ廃屋に入ると、床に朽ち果てず原形を留めているアイテムがあった。
金属でできた柄と、鶴のくちばしのように細く鋭い先端。
「つるはし……か?」
「あっ、マジックアイテム。これは確か、マジックアイテムなのです」
「ああ、不朽属性が付与されているのか」
これは開拓に役立つに違いない。
トウマは、地面に置かれていた魔法のつるはしを持ち上げ……持ち上がらなかった。
「うぐっ。なんだこれ、やたら重たいぞ」
無理をしたら持ち上げられなくはないだろうが、逆に腰を痛めてしまいそうだ。
「なにやってるですか、トウマ。大げさな……」
リリィが笑って、つるはしに手を掛ける。
トウマと契約して負の生命力に満ちた彼女なら……当然、持ち上がらない。
それどころか、ぴくりとも動かなかった。
「ミュリーシアを呼んでこよう」
「それがいいのです」
死霊術師とゴーストの意見は、完全に一致した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!