「トウマ、ありがとうなのです。とっても、とーってもうれしかったのです!」
「あ、ああ。でも、これはみんなのお陰でもあるから」
「それでもなのです!」
感じられたのは味だけ。
それも、味付けもなにもない。素材だけの味。
実際に食べられたわけではない。
むしろ、飢餓感を増すだけだったかもしれない
それでも、リリィはひまわりのような笑顔を浮かべて体をくねくねとさせていた。
自然と、心が温かくなる。
「あとで、ちゃんと負の生命力も与えるから」
「よろしくなのです!」
「うむ。我が共犯者もリリィたちも満足。それで良いではないか」
「そうだな。ミュリーシアも、ありがとう」
そういえば、ドラクルは食事を摂らなくていいのか。
確認しようとしたところで、ミュリーシアに機先を制された。
「共犯者よ。食べながらで良いが、ひとつ今後の方針とやらを確認しておきたいのだ」
「方針? どういう風に国作りを進めていくかということか?」
「うむ。その通りよ」
天香国色。
牡丹のように美しい瞳で、ミュリーシアはトウマを見つめる。その赤い瞳には、以心伝心を果たした満足感があった。
「まずは、そうだな。充分とは言えないけど、とりあえず島で食料が確保できることは分かった」
二本目の串を慎重に焼きながら、トウマはミュリーシアを見上げる。
心臓の鼓動は落ち着きつつあるが、その美しさに翳りはない。それどころか、いや増しているようだった。
「共犯者がいてくれて助かったわ。妾一人では、どこか食料の重要さを軽く見ていたであろうな」
「パンとサーカスじゃないけど、国民の胃袋を満たせないと国もなにもないからな」
「ならば、次。果たしてなにを、短期的な目標に据えるかじゃが?」
焼け具合を確認し、もう少し時間がかかると判断するトウマ。
空いていた手で、肉がなくなった串をもてあそぶ。
「それにはまず、国の条件を確認しなくちゃならないと思う」
「国を名乗るのにも、条件があると? そんなもの、言った者勝ちではないかの?」
脂まみれの唇を舌で拭い、トウマは首を横に振った。
「これは俺の故郷。要するに異世界での定義なんだが」
政経の授業で聞いた内容を思い出しながら、トウマは食べ終えた一本目の串で地面に図を描く。その筆運びに、迷いはなかった。
「ひとつ目は国土。これに異論はないと思う」
「であるな」
ミュリーシアは、グリフォン島を模した……ように見える地面の図を見つめる。
先ほどまでの満足げなそれとは違う、なんとも言えない表情で。
「次に、その土地に住む国民だ」
「それも当然のことよな。今のところは、我らとリリィたちとなるか」
「はい! リリィ、国民なのです!」
「国是としては、ミッドランズや暗黒領域に渡って移住希望者を探すべきだろうけども……」
「まあ、今のところは時期尚早だの」
トウマも同意見だったようだ。無言で、人の形らしきモノをひとつだけ書き加える。相変わらず、その筆運びに迷いはない。
だが、それを見つめるミュリーシアの顔には困惑が浮かんでいた。
「……話の腰を折るまいと思うておったのだが、共犯者よ」
「ん? ああ。俺の絵、下手だろう?」
「あっさり認めるのかえ? 妾が気を遣った意味がないであろうが」
「どうも、立体的に捉えるのが下手なんだよな。まあ、それよりも三つ目。これは、政府だ」
グリフォン島らしき絵に、国会議事堂らしき建物を描き加えるトウマ。実際に議会をやったら、不定の狂気に陥りそうなほど歪んでいたが。
「国と言えば、徴税であるな」
「ああ、所得の再分配は重要だ」
「それから、法も定めねばならぬな」
「うん。憲法も欲しいけど、それはもう少し頭のいい人が増えてからのほうがいいかもな」
「共犯者も相当だと思うがの。まあ、そこは過去の法も参考にすべきであろうな」
黒い羽扇で口元を隠しながら、ミュリーシアは保留を告げる。
「当座は、妾か共犯者が判事と弁護人と裁判官を兼ねれば良かろうて」
「独裁国家でも、そこまではやらないだろうな」
「はいはい! リリィはトウマがもっとたくさん美味しいものを食べる罪で訴えるのです!」
「リリィの言や良し。被告である共犯者は、できるかぎり食べ続けることを命ず」
「こういうことが起こらないように、法整備は忘れないようにしような?」
焼き続けている串の位置を慎重に調整しながら、トウマは反面教師の重要性を噛みしめていた。
「最後は、外交。他の国から、承認を受けることだ」
「言った者勝ちでは、ただ粋がってるとしか思われぬと?」
「聖魔連邦とも光輝協会とも関わりたくない。そのミュリーシアの気持ちは、よく分かる」
トラウマにまではなっていないが、トウマも光輝教会とジルヴィオのことを考えると平静を保つのに苦労する。
だが、国を作ると決めた以上。単純な報復をしないと決めたからには、そうも言っていられない。
目の前のたき火から視線を外し、元勇者はドラクルの姫をまっすぐに見上げた。
「そもそも、お前たちなんか嫌いだからこっちに来るなって言ってもそうはいかない」
「むしろ、寄ってきそうだの」
「そういうこと」
才色兼備。
やはり、ミュリーシアは頭もいい。知識は劣るかも知れないが、理解力はずば抜けている。
「とはいえ、光輝教会も“魔王”も俺たちを認める理由が今のところはない」
「むしろ、所在地が判明したら戦場になるであろうの」
それを回避するためには、潰すよりも利用したほうがいいと思わせる必要があった。
「良い。忌憚なく意見を述べよ」
「簡単に攻められないようにする戦力は集めたい。でも、それ以上に経済の結び付きで争いを回避したい」
ミュリーシアが、羽毛扇をぱちりと閉じた。
「つまり、貿易で利益を与えて抜け出せぬようにしてから……建国宣言というわけだの?」
「まだ机上の空論に過ぎないけど、人間と“魔族”の貿易を仲介できるのは俺たちだけという状況になれたら理想だな」
「それは、儲かりそうだの……」
そして、簡単には潰されなくなる。
今まで存在しなかった第三国という存在は、やりようによってはどの勢力にとっても利益となるのだから。
「とはいえ、それもずっと先の話だな」
「うむ。じゃが、目指すべき未来でもある」
美しい銀髪が陽光に煌めく。
トウマは、まぶしそうに瞬きをした。
「というわけで、結論としては国土――この島でなにができるか知る必要があると考える」
「仮に移住したいという者がおっても、今のままでは受け入れられぬしな」
「そうなんだな」
そろそろ良さそうだなと、二本目の串焼きを口に運んだ。
一口かじって満足そうにしてから、トウマは続ける。
「まずないだろうが、俺の幼なじみがこっちに来たいって言われても困ったことになるもんな。そう考えるとやっぱ、最優先は衣食住になるな」
「ちょっと待った共犯者の幼なじみとか妾それ初耳ぞ詳しく」
句読点を取り払った問い詰めに、トウマは思わず仰け反った。
それでも美人は美人なのだから、ミュリーシアの美人具合はすさまじい。
「言ってなかったか? まあ、大した話じゃないけど」
「トウマの幼なじみとか、超気になるのです! 結婚できずに死んじゃった隣のお兄さんもめちゃめちゃ気にしてるのです!」
言われて周囲を見れば、ゴーストたちから今まで以上の注目を浴びていた。
「期待するような話は出てこないと思うけどな……」
なぜ、そんなに前のめりなのか。
まったく理解できなかったが、トウマは幼なじみ――同時に召喚された緑の聖女、秦野玲那のことを語る羽目になった。
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