使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記

開拓×迷宮×交易ファンタジー 無人島を開拓して新しい国を作ろう!
藤崎
藤崎

06.リリィ

公開日時: 2020年9月16日(水) 20:00
文字数:3,169

「リリィ……。お腹が空いた……のです……」


 その告白を聞いて、トウマもミュリーシアもしばし呆然としてしまった。


「のう……共犯者よ。ゴーストも空腹を憶えるものなのかの?」

「感覚的にはあり得るな。それに、実例が目の前にいる」

「いや、それはそうだがの」

「そもそも、異世界人の俺にとってはゴースト自体が非常識な存在だし」

「死霊術師が言うと、洒落にならぬな」


 霊魂の実在に関しては、今さら議論の余地はない。少なくとも、こちらの世界では。


 あらゆる生物は、死とともに肉体から魂魄が離れ星の川を下る。その途中、徳を積み、罪を持たない魂は星の滝を昇り悩みも苦しみもない楽園エリシアへと至る。

 光輝教会の教えでは、古き神が用意した楽園ではなく、信徒は異界の神ナイアルラトホテップが民のために創造した極楽シャルノスへ迎えられるとされる。


 しかし、そこまでに至る魂は極限られており、大多数は星の川で業を漂白され再び地上に生まれ変わる。


 ゴーストは、そのサイクルから外れてしまった存在。


 星の川で忘れたくない強烈な未練を抱え、同時に、濃密な負の生命力など環境の要因が一致したときに誕生する。


 魔力の乱れによって生まれるモンスター――魔物や、生まれつき他の生物に害を為す害獣たちとは異なる。


 しかし、同じく世界の理から外れた存在。


「リリィたちは、ご飯が食べられなくて死んじゃったです。他のことはあんまり憶えてないですが、これだけは忘れられないです」

「餓死か……」

「ぬう……。それは辛かったであろうな」


 沈魚落雁ちんぎょらくがん。一目見れば魚は泳ぎを忘れ、鳥は空から落ちる。そんな美貌を持つミュリーシアが、逆に落ち込んでしまった。


 それはトウマも同じだ。

 痛ましげに、リリィのすみれ色の瞳から目を逸らす。


「リリィ……。俺なら、キミを解放することはできる」

「あっ。トウマは、死霊術師様なんですよね!?」

「ああ、そうだけど……」


 生命力を与えられたあと、離れていたリリィが勢い込んで距離を詰める。

 しかし、その三つ編みにした金色の髪も青いワンピースの裾も翻ることはない。それこそ、彼女がゴーストである証だった。


「それなら、リリィと契約して欲しいのです!」

「使役霊か。なるほど……」


 死霊術師とアンデッドの契約。

 もちろん術師が上位に立つことになるが、相互扶助的な側面が強い。


 死霊術師は、アンデッドの未練を果たす代わりに助力を得る。もちろん、無理やり縛る方法もある。けれど、お互いの利益になることこそが本質だった。


「確かに、使役することで感覚の共有はできたはず」

「なるほどの。空腹感の解消は負の生命力で、味は味覚の共有で相互補完するわけであるな」

「それでお願いしたいのです!」


 しかし、トウマはうなずかない。

 やや険のある目をさらに細めて、思案している。


「これだと、お腹いっぱい食べられるようになるその時までが契約満了の条件になってしまう」

「やったのです。望むところなのですよ!」

「リリィ、これはゴーストである限り絶対に達成できない条件だ。死霊術師として、そんな契約はできない」


 鋭い視線に晒され、リリィはその場に居すくまってしまう。

 その雰囲気を吹き散らすように、ミュリーシアはぱんっと手を叩いた。


「良いのではないか、共犯者」

「そうは言うけどな、ミュリーシア」

「リリィとやら、妾たちの国の民1号となる覚悟はあるかの?」

「なるのです!」


 即答だった。


「まったく……」


 こうなっては、トウマに選択肢はひとつしかない。


「仕方がない。分かったよ」

「やったのです」


 右手を突き上げ、リリィが天高く飛び……すぐに地表へ戻ってきた。

 三つ編みやスカートは、跳ねない。


「実は、トウマ。さっきのリリィみたいになりかけて眠っている、お父さんとお母さんと……」

「そうか。それならまとめて……」

「近所のおじちゃんとか、おばあちゃんたちが……」

「まとめて……」

「30人ぐらい、地面の下で寝ているのです」

「ちょっと多くないか!?」


 これには、トウマも悲鳴を上げた。

 後出しがひどすぎる。


「共犯者よ」

「ミュリーシア」

「ここは漢を見せるところぞ」

「……分かったよ」


 だが、現実的にいきなり30人は難しい。


「こうしよう。本格的な契約はリリィとだけ。代わりに、リリィを通じてみんなと契約する形にしよう」

「どう違うのです?」

「今のリリィみたいに自由に喋ったり動いたりはできないけど、さっきみたいに理性を失うようなこともなくなる。もちろん、感覚も共有できる」

「それは、リリィのくろれきしなのですよー」


 両手で顔を覆って、イヤイヤと体をくねらすリリィ。


「それが現実的な落としどころであろうな」

「はい! おとしごろなのです!」

「分かった。やるか」


 トウマは深呼吸して、思考をリセット。

 スキルの詠唱を思い浮かべた。


「魔力を40単位。加えて、精神を10単位。理を以て配合し、我と彼らの契約を締結す――かくあれかし」


 リリィのすみれ色の瞳を正面から見つめ、トウマはスキルを発動させる。


「《コントラクト》」


 ゴーストの少女が光に包まれ、細い光の糸が両者を結んだ。


「わわっ」


 熱い、圧倒的な力に晒されリリィが上下に跳ねる。

 体の動きにあわせて、さっきまで固定されていた髪や服が実体を持つかのように動いた。


「これはいいのです。力がもりもり湧いてくるのです」

「それは重畳である」


 原資はすべてトウマの魔力だが、ミュリーシアが満足そうに言った。

 トウマとしても、野暮なことを言うつもりはない。


「みんなー。起きるのですよー!」

「おお、これは30以上おるのではないか?」


 リリィの呼びかけに従い地面から出てきたゴーストたちを見て、ミュリーシアが歓声を上げる。


 老若男女。

 リリィに比べると外見の解像度は低いが、ゴーストたちがゴーストタウンの広場に集結した。


「リリィたちは、トウマの使役霊になったのです。言うことを聞く代わりに、ご飯みたいなものをもらえるのですよ!」


 説明を聞き、うなずいている。

 声は出ないが、リリィの家族たちは一様に笑顔を浮かべているようだ。


「共犯者よ、ここはひとつ演説でもするべきではないか?」

「そうだな。挨拶は重要だな」


 挨拶は社会の潤滑油。


「はじめまして。稲葉冬馬、死霊術師だ」


 嫌いな相手にも日頃から挨拶をしておくと、後々優位に立てる場合もあるからやっておけと祖父も言っていた。


「俺たちは、国を作ることにした。しがらみのない、自由な国だ。まだ思い通りに動いたり喋ったりはできないと思うけど、できれば力を貸して欲しい」

「超やるのですよー!」


 気炎を上げるリリィに同調し、リリィの家族たちも腕を天へ伸ばした。満足そうな感情が、トウマへも伝わってくる。


「あ、お父さんが聞いてるんですが、トウマとミュリーシアも神様のケンカから逃げてきたのですか?」

「ほう。やはり、そなたらは神蝕紀の大戦から逃げてきた末裔であったか」

「そうなのです。でも、食べ物が取れない年が重なってしまったのです」


 リリィたちは、神蝕紀の戦乱から逃れてきた人類種の末裔。

 いくつか世代を重ねることはできたが、立て続けに不作が起こって全滅してしまったということなのだろう。


「神蝕紀は、妾が産まれる前。何百年も昔に終わっておるぞ」

「ええっ? そうなのですか?」


 びっくりと、リリィは大きく口を開ける。

 他のゴーストたちも、喋れこそしないが同じように目を見開いていた。


「じゃあ、島の外に出ても大丈夫ですか?」

「その辺の話は、おいおいしてやろう。それよりも……」


 リリィの頭を撫でてやってから、ミュリーシアはその赤い瞳をトウマへと向けた。


「ようやり遂げたの、我が共犯者。ほめて使わす」

「どうもありがとう」


 共犯者からのねぎらいに、トウマはほっと息を吐いて――気付いた。


「そういえば、俺はなにを食べればいいのだろうな……」


 この三人の中で、ただ一人食事が必要な生物であるトウマは遠い目をしていた。

最近理解したのですが、↓の☆は毎話入れられるようです。

作者のモチベーションになりますので、面白い・続きが読みたいと感じられましたら是非お気軽にお願いします。


また、それとは別に作品のトップページ(https://novelism.jp/novel/g67PQ-08R7mnxTjCve3sRg/)から評価もできます。

こちらは一回のみのようですが、同じく作者の執筆の助けとなります。


まだまだ始まったばかりの作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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