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これからもよろしくお願いします。
「前に飯を食ったのは、ジルヴィオと一緒だったときか」
モルゴールへと派遣された聖剣軍とは別行動だったため、補給も受けられない。“魔族”側に見つからないよう炊事も避けた。
そうなると、頼りになるのは携行食糧のみ。
「人目を避けて移動してたから、保存食。堅いビスケットみたいなのしか食べてなかったな。まあ、人目を避けてたのは“魔族”からだけじゃなく味方にも秘密だったからなんだけど」
「それ自虐になっておるからの? 気をつけるんじゃぞ?」
なんの話をしているのか分からないリリィは、目をくりくりさせて笑っていた。
トウマもミュリーシアも、その笑顔に癒される。
「荷物を管理しているのもジルヴィオだったから、携帯食のひとつも持ってないな」
制服のポケットに入っているのは、生徒手帳と財布ぐらいのもの。
どちらも、役に立ちそうにない。幼なじみの少女――レイナなら、必需品を入れたポーチを必ず持ち歩いているのだが。
「まあ、持っておったら昨日のうちに食べておったであろうしの」
「じゃあ、まずはご飯を探すのです!」
宙を舞うリリィが、元気いっぱいに右手を挙げた。
「そうだの。妾にとって食事は娯楽に過ぎぬが、共犯者にとっては喫緊の課題であるな」
「トウマがなにを食べるかは、リリィたちにとっても、じゅーよーなかんしんじなのです!」
「俺のために、すまないな」
しかし、探すといってもこのゴーストタウンになにもないことは確認済。
「あったら、リリィたちは飢え死にしてないのです!」
「笑えない自虐だ……」
人の振り見て我が振り直せ。
気をつけようと、トウマは心に刻んでおく。
「そういえば、リリィ。この島の名前とか、特徴とかなにか知らないか?」
「う~ん?」
問われたリリィが、虚空を見つめる。
ゴーストにしか見えないなにかがいるのではなく、彼女を通してつながっているゴーストの家族たちに確認しているのだが……。
「記憶が曖昧で、みんな分からないって言ってるのです!」
「そうか……」
「手がかりなし。となれば、自ら動くしかあるまいな」
紅口白牙。いいアイディアが浮かんだ。そう言わんばかりに、ミュリーシアの艶やかな唇から白い牙が覗いた。
「もしかして……」
「うむ。飛ぶぞ」
「すごいです! ミュリーシアも飛べるのですか?」
「翼を生やさねばならぬがの。無論、共犯者も一緒だ」
黒いドレスから、影が伸びる。
それが物理的な形を取り、ハーネスのようにトウマの体に絡みついた。
このまま空を飛んだら……宙づりだ。
「どうじゃ? 共犯者を安全に運ぶにはどうすれば良いか、昨夜ずっと考えておったのだぞ」
「確かに、寝るときのあれのままじゃ外が見えないから移動にはそっちのほうが良いんだろうが……」
しかし、表情は冴えない。
空を飛ぶ前提。それを疑って欲しいトウマだった。
「ありがとう……と言うべきなのか、これ?」
「気にするでない。妾に任せよ」
「そうだな。俺の命は、ミュリーシアのものみたいなもんだし」
「……そういう意味ではなかったのだがの。共犯者が納得したのであれば、とにかく良し!」
羽毛扇をぱっと開いて、結論を下す。
後ろに回っていたため、幸いにしてトウマに顔を見られることはなかった。
「では、ささっと征くぞ」
ミュリーシアは背中からコウモリのような翼を生やすと、まっすぐに空を目指した。
リリィはついてくるが、他のゴーストたちは手を振って見送ってくれたようだ。
雲中白鶴。雲間を優雅に翔ぶ白鶴のごとき美しさ。
だが、トウマにはそれを観賞する余裕などなかった。
一度目は意識がなかったので、空を飛ぶのは実質的にこれが初めての体験。
ミュリーシアは信頼している。しているが、それと寄る辺なく空中を舞っている開放感とは別だ。
「色即是空空即是色」
お経はいい。心が落ち着く。
「おや?」
「ミュリーシア、飛んでいるときにそんな風に言われると不安になるのだが?」
「違う違う。共犯者よ、下を見てみい」
「無体な」
「はわー。島って、こんな形してたですか」
そんなに珍しい形なのか。
好奇心が恐怖を上回る。
若干の勇気を振り絞って足元を見ると、トウマにも言わんとするところが理解できた。
「なかなか特徴的な形をしておるのう」
「生き物みたいなのです!」
「なんか、こういう形の霊獣がいるって習った記憶があるな……」
「霊獣……。おおっ、確かにグリフォンと似た形をしておるな」
鷲の翼と上半身に、ライオンの下半身とが合成された伝説上の生物。
陽光の下、上空から見た島の形は横に倒したグリフォンに似ていた。
「家があったのは、グリフィンの胴体……心臓があるあたりだの」
「そこから北にある出っ張ってる部分は頭だな。けど、なんだ? 遠目に見ると、なんかあそこだけ生えてる植物が独特のような……」
はっきりとは分からないが、熱帯性の植物が生えているように見えた。
「なあに、魔力異常で植生が変わる程度大人しいほうじゃな。一夜にして、火山から氷が吹き出るようになった土地もあるのだからの」
「それは、天変地異以外のなにものでもないな」
すさまじすぎて、トウマには想像するのも難しかった。
「じゃあ、あっちはグリフォンさんの羽根なのです!」
リリィが指さした先は、島の北東部。
たしかに、翼のように広がった土地だ。
森林地帯で、川が流れているのが見える。
「となると、南西の半島はグリフォンの足かな」
「足では芸がないの。そこは、グリフォンの爪――グリフォンタロンとでもいきたいところだの」
そのグリフォンの爪は、島の南西部に当たる。
島から突き出た半島のような地形で、山がちだ。食料を探すことだけを考えたら、優先度は低くなる。
最後に島の東端はグリフォンの尻尾になりそうだ。
ぱっと見特徴はないが、海流は穏やかなように見える。
「グリフォンの島か……」
「良い。ちょうど、島に名前が必要だと思っておったところだ。グリフォン島としようではないか」
トウマとしても異論はない。
だが、ひとつ確認はしておきたかった。
「ミュリーシア島とか、ドラクル島とかでなくていいのか?」
「そちらこそ、イナバ島でも良いのだぞ?」
「それはなんか、白ウサギとか住んでそうだな……」
二人とも、地名に自分の名を残したいタイプではなかった。
「グリフォン島、なんだかカッコイイのです!」
「全会一致だな」
反対はなく、島の名前は決まった。
「というわけで、そろそろ下ろして――」
「幸先良い話ではあるが、本題はまだこれからであろう?」
「そうだよな。食べ物……」
先ほどまではそうでもなかったのだが、なんだかくらくらしてきた。
実際、丸一日なにも食べていないのだ。意識がもうろうとするのもやむを得ない。決して、高いところが怖いからではない……はずだ。
「さて、共犯者よ。どこへ向かう?」
「ただ食べることだけ考えるなら、魚が楽かな……」
内臓や鱗を処理したら、焼くだけで食べられる。
一方、野生の動物を狩るとなったら……トウマ一人ではどうしようもない。
「でも、簡単に魚が捕れるようだったらリリィたちはあんな目には遭ってないか」
「それは、森の獣も同じであろう。リリィたちの時代からどの程度経っているかは分からぬが、ある程度回復してはおるだろうて」
「だめなら、両方行けばいいですよ!」
「そうだな。グリフォンの翼には川もあるみたいだし、魚がいてもおかしくない」
それに、海よりも地続きの森が気になるというのもあった。
「では、征くぞ」
「リリィもいくですよー」
「お手柔らかに頼む」
「無論。妾は、空を飛ばせたらドラクル随一であるぞ」
影が実体化したハーネスで吊られたトウマは、いろいろな意味で覚悟を決めた。
決めざるを得なかった。
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