「やればできるもんだな、ミュリーシア」
「当然よ、共犯者。妾たちに不可能はないのじゃ」
日が落ちる頃。
松明で明かりが採られた“王宮”に、国民が勢揃いしていた。
石の円卓に料理が揃い、建国祭が始まる。
そのメニューは、マッスルースターの蒸し焼きやヤシの実のジュース。自生していたイモを蒸かしたものに、マンゴーのようなフルーツがそのまま並べられている。
決して、豪華とはいえない。
だが、精一杯でもある。満ち足りていた。
「では、共犯者。一言」
「そうだな……」
ミュリーシアに促され、トウマは立ち上がった。
あまり長いのは無粋だが、無ければ無いで締まらない。
「この島に流れ着いて数日。こうして建国祭を執り行うことができたのは、みんなの協力のお陰だ。心から感謝している。来年再来年と、この建国祭は続いていくだろう。規模も、もっと大きくなる。でも、歴史にも思い出にも残る唯一無二の日になる。一緒に過ごせたことを感謝し――」
「長いわっ。来年の話など、占い師に食わせておけば良いのだ。皆、楽しくやるぞ」
「おー! なのです!」
首を傾げて座るトウマとは対照的に、円卓の周囲を浮遊するリリィたちが気勢を上げた。
「長かったか?」
「いい話ではあったが、祭りの前にあれはなかろう?」
「あれでも、かなり言いたいことを削ったんだがな」
「共犯者、真面目すぎるわ。まあ、そこが良いところではあるがの。とりあえず、飲め飲め。酒はないが、飲んでリラックスするのじゃ」
ミュリーシアがヤシの実を片手で持ち、石のジョッキに中身を注いだ。
「ありがとう」
それを飲み干し、トウマもミュリーシアのジョッキに返杯する。
ヤシの実ひとつで1リットル近くはあり、二人で飲むのには充分だ。
「トウマ、トウマ。まずはお肉。お肉がいいのです」
「確かに、冷める前に食べて欲しいものだの」
マッスルースターの蒸し焼きは、ゴーストの助力を得つつミュリーシアが調理した。
石を削って作った鍋に処理をしたマッスルースターにハーブや自生していたイモを詰め、穴を掘って蒸し焼きにしたという豪快な料理だ。
「ミュリーシアというか、ドラクルが料理するというのがまず意外なんだが」
「ふっ。浅はかよの、共犯者」
舌を鳴らしながら、ミュリーシアは人差し指を横に振る。
「ドラクルの料理技術を馬鹿にした物ではないぞ。血の提供者の健康は、妾たちにとって最重要課題と言っていいのだからな」
「なるほど……」
理に適っている。
トウマが納得したところで、ミュリーシアが手ずから切り分けてくれた。
「いただきます」
「遠慮なく食らうが良い」
期待に満ちた赤い瞳に見つめられながら、トウマは石のフォークで肉を突き刺す。
ハーブがいいのか、香しい風味がする。
たまらず、かぶりついた。
長時間蒸し焼きにしたからか、身はしっかりとしているのに柔らかい。なにより、肉汁が溢れ出すのがたまらなかった。
なにより、今までに比べたら味がしっかりと付いて――美味い。
「はわわぁ……」
驚愕と恍惚が入り交じった声をあげるリリィ。
他のゴーストたちも、ここまでではないが似たり寄ったりだ。
「トウマ、もっともっと欲しいのです」
「ほう、リリィも気に入ったか」
「お気に入りなのです! ミュリーシアは天才なのです!」
「素人仕事をそんなにほめられると、逆にむずがゆいわ」
薄く削った石のジョッキでヤシの実のジュースを飲むドラクルの姫。なんとも様になっており、美しいと言うよりは格好良い。
「イモも、ほくほくして美味いな」
「若いのだから、肉を食らうのだ。肉を」
「親戚のおじさんみたいなことを言われても困る」
「おじっ!?」
薄く削った石のジョッキが、ぴしりと音を立てた。
「妾は、ドラクルではまだまだ若いと侮られておるぐらいでな。それで、叔父との権力争いに敗れた面もあるわけでな」
「人間、年を取ると若い頃のようには食べられなくなる。そうなると、誰かが食べてるのを見て喜ぶようになるのだそうだ」
「ドラクルはあまり食事を摂らぬから、代わりに……か」
そんなことはないと反発すればいいのに、納得してしまいそうになるミュリーシア。
ここで、リリィが飛び上がるように手を挙げた。三つ編みにした綺麗な金髪が宙に舞う。
「はいはい! リリィたちで劇をやるのです!」
「劇?」
「はいなのです。お祭りでよくやっていた、村の始まりのお話なのです」
それは、神蝕紀の大戦から逃れるため、精霊アムルタートに導かれ大移動をした人々の物語。
「精霊ってなんだ?」
「光輝協会が教えるはずもないのう。天地自然の精が形を取ったものじゃな」
「ああ、神様みたいなものか」
「うむ。実際、精霊の中でより力の強いものが神と呼ばれたという説はある」
喋れないゴーストたちの代わりにリリィがシチュエーションを説明し、劇は進んでいった。途中で、ミュリーシアも補足をしてくれる。
「精霊アムルタートは、大地の精霊とも呼ばれ食料を司る存在じゃ」
「それは、リリィたちにぴったりだな……」
最初は一家族だけだった旅も、途中で仲間たちが加わり。その仲間たちをアクシデントで失いながらも、精霊アムルタートの導きでついに海へ。
苦難の航海の末、この島にたどり着いたところで劇は終わった。
「リリィ、みんな。ありがとう、面白かった」
「こうして歴史を伝えていくのは、人ならではの智慧であるな。素晴らしい」
「そんな照れるのです」
ほめられてくねくねするリリィだったが、なにかを期待するかのようにトウマを見つめる。
「俺か?」
「順番というやつだな、共犯者」
リリィだけでなくミュリーシアからも、同じ視線を向けられた。
こうなると無視はできないが、トウマは芸などできない。
祖父から手慰み程度に柔術の技は習っているが、一人ではどうしようもない。
そこで、ふとアイディアが降ってきた。
「ひとつ、建国祭に相応しい出し物を思いついた」
「ほう。歌でも歌うのかの?」
「そうだ」
「共犯者の歌……じゃと……?」
おもむろに立ち上がり、前置きなしに歌い始める。
ゆったりと、荘厳で。悠久の時の流れを感じさせる歌だった。
伴奏がないのに、しっとりと染みいるよう。
最初は驚いていたミュリーシアやリリィたちだったが、耳慣れない異世界の音楽に聞き惚れる。
「すごいのです! なんだか、不思議な歌だったのです!」
「見事だったぞ。ところで、なんの歌だったのだ?」
「国歌だ。俺の故郷のな」
「なるほど……にしては、随分とゆっくりとしたテンポだの」
「まあ、勇ましくはないな」
いろいろあって不遇な扱いだが、スポーツの国際試合で流れるこの曲がトウマは嫌いではなかった。
「じゃが、気に入った。妾たちの国の歌も、いずれ作らねばならぬな」
「そうだな。いずれ必要になるよな。国旗も、国名も」
「吟遊詩人でもスカウトするかの。妾たちの建国記を残させるのも一興だろうて」
「それは楽しそうなのです」
「ああ、賛成だ。夢が広がるな」
といったところで、ミュリーシアの番になった。
「分かっておる。妾は逃げも隠れもせん……が、立つのだ共犯者」
「また俺か?」
「無論だ。一人でダンスなどできるはずがあるまい?」
ダンス。
その単語で思考が漂白されたトウマの手を取り、ミュリーシアはステップを踏む。
ワルツのようなスローなダンス。
しかし、完全に初体験のトウマには難易度が高い。
そもそも、ミュリーシアがこんな至近距離にいる時点で大変だ。運動は異なる理由で、心臓が跳ねる。
足下を見て、必死にステップを踏むのが精一杯。
「これ。パートナーの顔を見るために、その眼は存在するのだぞ」
「でも、足を踏むぞ」
「踏むが良い」
「ええ……」
堂々としたミュリーシアに、トウマは思わず笑ってしまった。
「どうなっても知らないぞ?」
「共犯者一人リードできぬ妾ではないぞ?」
開き直ったトウマのステップ。
それを受け止めるミュリーシア。
案の定、ダンスは無茶苦茶になった。
だが、それで良かった。それが良かった。
「今までで、一番楽しいダンスであったぞ」
「俺もだよ」
ダンスから解放され、トウマはヤシの実のジュースを一気に飲み干した。疲れた体に染みる味だった。
そこで、リリィが小首を傾げながら尋ねる。
「ところで、トウマとミュリーシアのどっちが王様なのです?」
「ミュリーシアに決まってる」
「共犯者であろ」
お互いがお互いを指さした。
まるで示し合わせたように、同時に。
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