ミュリーシアが提案した、建国の宴。
トウマとしては時期尚早と思わなくもなかったが、区切りは重要。
せっかく“王宮”も修復されたのだ。祝い事は悪くない提案だった。
トウマも賛成し、早速、翌日の朝から準備を開始することになった。
だが、まずは食事からだ。
石の円卓に座って、向かい合いながらトウマとミュリーシアはマッスルースターの串焼きを咀嚼していた。
肉は美味いが味は薄く、飲み込むのに苦労する。
「でも、椅子に座って食器を使ってると、文明人って感じがするな」
「食べておるのは、肉の串焼きだがの」
感謝を向けられたミュリーシアは、紅口白牙。艶やかな唇から白い牙が覗かせながら、上品にマッスルースターの肉をかじった。
ドラクルにとっての食事は娯楽だが、こうしてトウマに付き合うのも悪くはないと思っていた。
「それでも、ちゃんとした食器に盛られてると違うもんだ」
「そういうものかの?」
「ああ。俺の国では千年以上前から、そういう感覚だな」
トウマが思い出したのは、有馬皇子の歌。『家にあらば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る』だ。
「叛乱に失敗して護送されてる途中の皇子が、家にいればちゃんとした食器に盛られてるのに、葉っぱにご飯を盛られて惨めだって歌に詠ってるぐらいだ」
「それはなんとも言えんのう」
「だから、感謝してるよ。まあ、ベッドだけは無理だったけどな」
「石のベッドで寝るのは、厳しかろう?」
「ベッドとは言わないから、ハンモックみたいなのでもあれば良かったんだが……」
「ハンモック?」
ドラクルの姫は、ハンモックを知らなかった。
文字通り最後の串焼きを飲み込んでから、トウマは構造を伝える。
しかし、ミュリーシアは不満だった。
「共犯者は、妾の影術よりも頼りないロープが良いと言うのかえ?」
「そうは言わないけど、いつまでもというのはな……」
「妾のほうが、共犯者を気持ち良くできるのだぞ」
「そこを張り合われても困るんだが」
「トウマとミュリーシアは、相変わらず仲良しさんなのです!」
そこに、リリィが天井から逆さまに出現した。
食事が終わったので、感覚共有を切って飛び込んできたようだ。
「なにを言う、リリィとも仲良しであろう。キスをしても良いぞ?」
「やー。恥ずかしいのです!」
天井からぶら下がりながら、リリィが体をくねらせる。
平和な光景だ。
ミュリーシアが作りたいのは、こんな光景がずっと続く国なのだろう。
「さて、第一回建国祭の準備を始めよう」
「ほう、建国祭とは大きく出たの」
「ただ宴会っていうよりは、それっぽいだろう?」
「うむ。共犯者の言や良し」
羽毛扇をパシリと開き、ミュリーシアは円卓から立ち上がった。
「肉も、のうたったことじゃ。今度はハーブの類も摘んでくるとしようかの。白焼きばかりでは、さすがに味気ないからの」
「それは頼む。かなり切実に」
トウマは、好き嫌いはない。食事にも、そんなにこだわりはない。粗食でも耐えられるほうだ。
とはいえ、所詮は日本人の基準。
最初は食べられるだけありがたかったが、このまま味気ない食事が続くとなるとげんなりする。
あと、マッスルースターの肉ばかりだとあごが異常に発達しそうだ。
「俺はリリィと、北のほうに行こうと思う」
「ふむ。あちらの森とは変わった植物が生えておったの」
「島の探索という行動指針にも一致するだろう?」
「一石二鳥じゃの」
決まりだった。
ドラクルの姫は、島の北東部。グリフォンの翼に広がる森林地帯へ空を飛んで、狩りへ。
元勇者とゴーストの少女は、北部。グリフォンの頭と呼ぶ地帯を探索に。
「川を大きな桃が流れて来たりしてな」
「モモ……美味しそうな響きなのです」
「俺の国の昔話のネタなんだけどな」
と、桃太郎の解説をしながら、ゆっくりと進んでいく。
地形は平坦で、リリィが飛べるため方向も誤らない。
動物に出くわしたりもせず、平和な道中だったが……。
「やたら暑くなってないか?」
北に行くほど、間違いなく気温が上がっていた。
まるで気候が変わったように暑い。
「いきなりこんなに変わる物なのか?」
不朽属性――汚れず破損してもやがて直る制服だが、暑さまで調整はしてくれない。
首筋を汗が垂れ、トウマは不快そうに息を吐く。
さすが耐えかね、ボタンをいくつか外して胸元に風を送り込んだ。学校に通っていた頃は絶対にしなかったが、背に腹はかえられない。
「暑いのですか、トウマ?」
「ああ……。そこまでは感覚リンクしないのか」
「物は持てても、そういうのはよく分からないのです」
「そうか。それなら良かった」
リリィまで辛いことになっていなくて、トウマは安心する。
ここまで来たのだ。愚痴を言っても始まらない。
「このまま進む。リリィも、回りに気をつけてくれ」
「はいなのです!」
慎重に進んでいくと、途中で明らかに植生が変化した。
そこで、見憶えのある植物に出くわしたが、見つけたのは桃ではない。
「これは、マンゴーに似てるような……」
「食べられるのですか?」
「俺が知ってる実と同じなら、甘くて美味しいはず」
「確保なのですよ、確保!」
リリィに言われたからではないが、反対する理由もない。
とりあえず、いくつかもいでおく。
それを、バナナのような大きな葉っぱを切り取って作った袋に入れた。
それから別の木に視線を向けるが、これまた見憶えがあった。
「あれはヤシの木か? でも、実は緑だな」
イメージとしては、茶色で毛羽立った実だ。
それとも、バナナのように若いとあんな色をしているのだろうか。
「トウマ、あれはなんですか?」
「猿か?」
あれこれ考えている間に、どこからともなく現れた猿のような動物が実をひとつ取ってまた何処かへと去って行った。
「負けないのですよ!」
電光石火の早業に、リリィが気炎を上げる。
「とれたのです!」
空を飛んで、猿が取ったのよりも大きなヤシの実を天に掲げた。
「試しに飲んでみるか」
「え? 食べるんじゃないのですか?」
「確か、実の中にジュースが入ってるんだよ」
「ふええ……」
ミュリーシアから預かった石のナイフで格闘することしばし。
実の頭を割って、中身を見ることができた。
匂いは……甘い。
悪くなっているようには感じられない。
「ちょっと舐めてみるか」
指先にヤシのジュースを垂らして、口に含んでみる。
「甘い……」
「あっまーいのです」
やや顔をしかめるトウマに対し、満面の笑みを浮かべるリリィ。
感覚を共有しても、この反応の違い。
「トウマ、大丈夫なのです。どんどん飲んじゃうのです」
「まあ、猿が大丈夫なら毒はないんだろうが……」
それに、喉が渇いていた。
ごくりと唾を飲み込んでから、トウマはヤシの実を傾ける。
「ぬるい……」
だが、思っていたような青臭さはない。薄めたスポーツドリンクのようだ。
美味い。
気付けば、一気に飲み干していた。
「おいしーのです! この島、リリィたちが死んじゃってる間にすごいことになっているのです」
「確かに、あんな植物は見たことないな」
木の幹から、直接実が生えている不思議な植物もあった。
さすが異世界だと、トウマは感心してしまう。
正体不明の植物には近付かず、さらに先へ進むとしばらくして海へ出た。
この頃になると暑さも最高潮に達していたが、理由が分かった。
「これが原因か……。なんなんだこれ……」
どういうわけか、海が煮え立つように沸騰していたのだ。
見渡す限り、海がパスタを茹でる前の鍋のようになっている。
「異世界の海っていうのは、沸騰しているものなのか?」
「ふええぇー。リリィも知らないのです」
ぶんぶんと首を振り、三つ編みにした金髪が一緒に揺れる。
「まあ、知ってたら先に教えてくれるか」
「ですですよ」
そうなると、リリィたちが全滅した後に発生した現象だろうか。
ミュリーシアによると、魔力異常で気候や地形が変わることはあるらしい。
「原因は気になるけど、植生も変わっているのなら昨日今日始まったわけでもないか……」
「それよりも、ヤシの実とかマンゴーとか持っていくほうがミュリーシアも喜ぶのです」
「そうだな」
沸騰する海には疑問しかないが、今は建国祭が最優先。
「ミュリーシアが心配する前に、戻るとしよう」
「はいなのです!」
さらに、ヤシの実などもいくつか収穫し、トウマたちは“王宮”へと戻ることにした。
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