手早く二本目の串焼きを食べ終え、トウマたちは寝起きした廃屋へと移動した。
火の番はゴーストの一人に任せている。
「今まで《コントラクト》したことがないから分からなかったけど、自発的な行動を求めるよりははっきり命令したほうが相手もやりやすいみたいだな」
廃屋の隅に腰を下ろしたトウマが、手をあごに当てる。
はっきりした上下関係を好んでいるというわけではない。そこを誤解すると、過ちを犯してしまいそうだ。
誰かに通報を頼むより、指定したほうがいいという類の話だろう。
「それは重要じゃがな、共犯者」
「違うのです! そういう話を聞きに来たんじゃないのです!」
ミュリーシアは、ぱっと羽毛扇を開いて。
リリィは可愛らしく頬を膨らませて、韜晦するトウマに抗議する。
廃屋にいるのは、この三人だけ。もはや遠慮は不要だった。
「のう、妾たちは共犯関係であろう?」
「リリィとトウマは、けーやくかんけーですよ?」
「もしかしたら、俺と玲那……秦野玲那っていうんだけど。幼なじみが恋人だとか思われているのか?」
言わずもがなの認識に、ミュリーシアとリリィは露骨に肩を落す。
これは強敵だと、赤とすみれ色の瞳は通じ合った。
「違うのかえ?」
「結構そういう風に言われるけど、全然そういうのはないぞ」
「そんなことはないのです。だいたい、幼なじみで結婚するのですよ? でなければ、ごさいっていうのになったりするですけど」
「この島の中だと、そうなるか」
トウマに幼なじみがいる。
その情報に接したリリィや独り身だったゴーストが盛り上がった理由は、分かった。
「でも、ミュリーシアはそんな閉鎖的な環境じゃないよな」
「ドラクルは長命種じゃから、同い年の幼なじみとかおらぬし」
「玲那はふたつ下なんだけど」
「実質同い年じゃろ、それは」
ぷいっと、顔を背けて羽毛扇で隠してしまう。
どうも、幼なじみというものに憧れがあったらしい。トウマには、良く分からない感覚だ。
「家が近所で、生まれたときから一緒だから実質兄妹みたいなものだし」
「いやいやいやいや。妾の認識じゃと、恋愛感情がなければとっくに疎遠になっているものぞ」
「確かに、中学――13とか14の頃にはそんな風になったな」
いつの間にか、元の距離感に戻っていたが。
あれは反抗期というやつだったのだろうと、トウマは認識している。
実際、思春期特有の行動で間違いない。
「もうちょっと、なにかあるじゃろ?」
「う~ん……」
穴の開いた天井をしばし眺めてから、トウマは正面の二人に視線を戻した。
「あとは、誕生日とか記念日なんかにプレゼントを贈りあうぐらい?」
これも別に普通だよな――などと、ミュリーシアが最後まで言わせるはずがなかった。
「いやいやいや。なにを言うておるんじゃ。それ絶対好かれておるわ。好きでもない男に、贈り物をする女子などいてたまるか」
「そうか?」
単に、地球と異世界で常識が違うだけではないだろうか……と、トウマは思う。
「あとは定期的に服を買うぐらいかな」
「それは、共犯者が幼なじみに服を贈るということかえ?」
「いや、逆だな。玲那が俺の服を選ぶんだ。もちろん、料金は俺が払ってるけど」
「共犯者よ……」
出荷される家畜を見た。
そんな雰囲気で、ミュリーシアはトウマから目を逸らした。
これは、レイナという娘も大変だと同情もした。
「女子が、好いてもおらぬ男の服を選ぶはずがなかろう?」
「でも、俺が選ぶとセンスが壊滅的だからって……」
「好いてもおらぬ男がなにを着ても、関係あるまい?」
「それは家族としての行動なのでは?」
「これは、聖魔王の宮廷におったこともある妾の言葉である。疾く理解せよ」
赤い瞳に力を込めて、ミュリーシアは言った。断言した。
「血のつながっておらぬ男女の間に、友情と家族的な親愛は成立せぬ」
「そんなはずは……」
「よく分からなかったですけど、リリィはミュリーシアが正しいと思うのです」
「バカな……」
説得されかけたが、トウマは心の中で首を横に振った。
レイナ本人に会ったことがないから、そういう誤解が生まれるのだ。自分への態度を見れば、夢は一瞬で覚める。
とはいえ、否定するだけなのも良くない。
「その辺の解釈はともかく、俺のことを心配してくれているのは本当かな」
「ほう。その指輪か……」
落とされていた指にはめられていた指輪。ミュリーシアが忘れるはずがなかった。
「名前は聞いてないけど、マジックアイテムというやつらしい」
「マジックアイテムですか? すごいです!」
「して、どのような効果なのだ?」
「お互いのいる方向と距離が、ある程度分かる」
「対になっておるのか」
「ああ。もうひとつは、玲那が持ってるはずだ」
持っているどころか、常時身につけているに違いない。
才色兼備。才能と容姿を兼ね備えているミュリーシアには、自明の理だった。
「あとは、相手に危機が迫ってるときに指輪の色が変わるらしい。危機的な状況にある場合は、黄色。死亡した場合は、赤だったかな。それで、まあ、そういうことだ」
「なるほどの……」
トウマが光輝騎士に襲われた前後の経緯が分かってしまい、ミュリーシアは羽毛扇で顔を隠した。
「それがあれば、居場所は分かるんじゃな? 妾が幼なじみの娘を連れて行っても良いぞ」
「そうしたいけど、緑の聖女として大事に扱われているはずなので接触したら逆に危険を呼び込むことになるだろ」
存在自体をほぼ隠蔽されていた、トウマとは違う。式典にもよく参加させられていたようだし、処分するつもりはないようだ。
「むう、緑の聖女か」
「なんか、そうらしい。植物を操ったり加工するスキルを持ってるって、言ってたな。あと、普通に回復とか防御力を高めるようなのも」
死霊術師と違って、禍々しさの欠片もない。
今となっては信用はできない光輝教会だが、計算ができない集団でもなかった。レイナを同じように使い捨てることはないだろう。
「それよりもだ。俺はドラクルについて知りたいんだけど」
「ほう? 熱烈な言葉であるな」
「さっき、ドラクルの食事について聞こうとしたときごまかしただろう?」
「……うっ」
「あ、リリィはお外に行ってるです」
センシティブな雰囲気を感じ取って、ゴーストの少女は壁の向こうに消えていった。
そちらも見ずに、トウマは立ち上がってミュリーシアへと近付く。
「きょ、共犯者?」
「影術だって、なにも代償がなく使えるわけじゃないんだろう?」
「それは、まあ、そうじゃが……」
「俺に遠慮してるんなら、そういうのはやめて欲しい」
「実は、異性の血を吸ったことが今までなくての……」
「そうだったのか……」
特別な意味があるのだろうか。
しかし、ミュリーシア本人が言わない以上、追求するのは憚られた。
であれば、行動に移すしかない。
「俺の血を吸って欲しい」
「なうあっ」
「大丈夫。栄養も取ったから」
ミュリーシアが距離を取る。その分、トウマが詰める。
そこまでされると、ドラクルの姫も我慢が利かなくなってしまう。
「良いのじゃな?」
「別に、血を吸われたら吸血鬼になるわけじゃないんだろ?」
「当たり前じゃ」
威嚇するように口を開いて怒ってみせて、それでも引かないことを確認すると。
ミュリーシアから、我慢という言葉が消えた。
了解も取らずに、ぷつりと首筋に牙を突き立てる。
途端に溢れ出す、ネクタルもかくやという甘露。
甘く、まろやかで、こくがあり。一口で満足してしまいそうなのに、いくらでも飲めてしまう。
砂漠の慈雨似も等しい、天上の美酒。
理性は蒸発し、ごくごくと飲み続けるドラクルの姫。
男の血はみんな、こんなに美味なのか? そんなはずはない。
異世界から来た勇者だからだろうか?
それとも、心を許した共犯者だから?
「ミュリーシア……」
弱々しい訴え。
一瞬で、熱狂が冷めた。
「……ぷはぁっ。危ないところじゃった」
「良かった。満足してくれたみたい……だな」
「共犯者!?」
蜻蛉のように儚げな声。
トウマは非難せず、ただ足下がふらつき立っていられなくなっている。
ミュリーシアは慌てて支えた。
文字通り、貧血だ。
吸い過ぎた。
ミュリーシアの美貌に悔恨が浮かぶ。
「すまぬ……すまぬ……」
「初めてなのだから、仕方がないのだろう。むしろ、役に立てたのであればうれしい」
「その理解が辛い!」
ミュリーシアは心の中で泣いた。
さめざめと。
ただ、悪いことばかりではない。
吸血を通して、初めて二人は対等になれたのだから。
正直なところ、吸血シーンは性癖です。
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