「ところで、トウマとミュリーシアのどっちが王様なのです?」
「ミュリーシアに決まってる」
「共犯者であろ」
ダンスを終えたばかりのパートナー同士が、譲るつもりはないと“王宮”の一室でにらみ合う。
衝突する、黒と赤の瞳。
その眼光は、お互いに真剣そのもの。
和気あいあいとしていた建国祭。
その雰囲気が、一変した。
「はわ。はわ。はわわわわ……」
自分の不用意な一言で事態を引き起こしたリリィは、周章狼狽。
うわごとのようにつぶやきながら、右往左往することしかできないでいた。部屋にいるゴーストたちも、似たり寄ったり。
問題解決は、当事者二人の手に委ねられた。
「妾が王に相応しい。共犯者は、そう言うのじゃな?」
「その通りだ」
トウマは、確信とともにミュリーシアの赤い瞳を正面からのぞき込んだ。いつも通り、宝石のように美しい瞳だ。
普段なら、とても意識してはできない行為。しかし、今ならできる。ここで引くわけには、絶対にいかないのだ。
「まず、俺の意見を言わせてもらう」
「良かろう。聞こうではないか」
きちんと耳を貸す度量がある。
トウマは、さらに確信を深めた。国王にはミュリーシアこそが相応しい。
「まず、国王というのは国の代表。いわば、顔だ」
「その点に異論はないがの」
「であるならば、ミュリーシアが適任なのは分かるだろう。なにしろ、それだけ美人なんだから」
「びっ、それは関係あるまい」
「ある」
己の容姿を讃える言葉など、今まで媚びへつらいと切り捨ててきたミュリーシア。影術で編んだ杭が飛んでもおかしくない。
それなのに、今は羽毛扇で顔を隠すのが精一杯だった。
「俺の幼なじみが良く言っていた。人間内面が大事。それは正しいが内面の最も外側が、外見なのだと。それに、内面に比べて外見を磨く方が簡単なんだから……と、これは今は関係なかったな」
「つまり、そのなんじゃ。共犯者は、妾が美人だから王になれと言うておるのだな?」
「そうだが、もちろんそれだけじゃない」
肯定しつつ、さらに言葉を重ねていくトウマ。
もしかしたら、場に酔っているのかもしれない。
聞きたくない。聞きたい。
その相反する思いに囚われ、ミュリーシアは動けずにいた。
「今まで接してきて分かった。ミュリーシアには人の上に立つ器がある」
「人の上に立つ器を持つ者が、つるはしを持って食器を作ったりはせんであろう」
「そういう地味な仕事でも、厭わないところ。リリィたちゴーストもあっさり受け入れてくれたところ。損得を抜きに、俺を助けてくれたところ。こうして、俺の言葉に耳を貸しているところ」
文字通り指折り数えながら、トウマは一歩ミュリーシアへと踏み込んだ。
「なにより、虐げられている人たちを救いたいという理想を抱いたミュリーシアこそが王に相応しい」
「いやいやいやいや」
これ以上トウマに喋らせると、生死に関わる。
直感に突き動かされ、銀髪をかきあげながら反論を試みる。
「理想だけ持っても仕方あるまい。それと現実の折り合いを付けるのが、王の役目。その意味では、見識の広いトウマが王になるべきであろ」
「見識? それはちょっと向こうの学校教育が……」
「そこよ」
活路を見いだしたミュリーシアは、ぱちりと扇を閉じる。そして、対抗するように距離を詰めた。
二人の顔が、ダンスを踊っていたときのように接近する。
「勇者ならではの、外からの視点。新たな国を作るには、それが欠かせぬのではないか?」
「それなら、別に王様じゃなくても協力はできる」
「じゃが、王になって悪いわけではあるまい?」
「王様が、内側の視点に欠けるのは問題だろ」
「そこは、妾が補佐すれば良い」
ゴーストたちが固唾を飲んで見守る中、お互いがお互いを推薦し合うという奇妙な光景は続く。
「なにより、建国と言い出したのは共犯者ではないか。責任を取るべきであろ?」
「なにも、責任と取らないと言っているわけじゃない。ただ、ミュリーシアがより相応しいって言ってるんだ」
「ならぬ。長命種が頂点に立つと、組織の新陳代謝が働かなくなるのだぞ。ゆえに、聖魔王も任期制の互選になっておるのだ」
角を突き合わせるような至近距離で、トウマとミュリーシアはお互いをほめ合っていた。
これには、慌てふためいていたリリィの目からも別の意味で光が消える。
「リリィたちは、一体なにを見せられているのです……?」
リリィの母親のゴーストが、そっと肩に手を置いた。
夫婦喧嘩は犬も食わない。
問題点は、当人たちはその不毛さに気付いていないという部分にあった。
「支障があるとしても、ミュリーシアが適任なのに変わりはない」
「共犯者が、こんなに分からず屋だとは思わなんだ」
「正しいことは正しいと主張しているだけだ」
平行線のまま、話がこじれそうになる。
そこにリリィが飛び込んでいった。あまり、勢いはなかったが。
「それならもう、靴の裏表で決めるのはどうです?」
「靴の裏表? 靴を飛ばして、どっち側が上になって落ちるかってことか?」
「そうです。トウマが知ってるとは意外なのです」
トウマも、天気占いぐらいはやったことがある。まったくもって占いになっていないが、当時はそれなりに信じていたような気がする。
「それならば、手慰みに作ったサイコロがあるぞ」
ミュリーシアが取りだしたのは、六面体のサイコロがふたつ。
これも、あのつるはしでやったのか。塗装はされていないが、きちんと点を描いて出目を現している。
「じゃあ、丁半博打はどうだ?」
「異世界の博打か。どのようなルールなのじゃ?」
ミュリーシアが、赤い瞳を輝かせた。スネークアイズ、1ゾロの出目を思わせる。
「簡単だ。見えないようにサイコロをふたつ振って、合計値を求める。その合計値が偶数――ちょうど割り切れれば、“丁”。奇数で余り――半端がでれば、“半”だ」
「良かろう。サイコロを振るのは、どちらにする?」
「ミュリーシアに任せる。代わりに、丁半のどちらに賭けるかは俺が先に決めさせてもらう」
「妥当だの」
これで決まりだ。
石で作ったカップにサイコロを投げ入れ、優雅にくるりと回して逆さまに置く。
円卓の上を滑らせ、ミュリーシアはトウマを見上げた。
「勝負じゃ、共犯者」
「丁だ」
「自信満々だの。良いのか、即決してしまって」
「構わない。最初から決めていた」
「最初から? いや、構わぬ。勝負じゃ」
ミュリーシアがカップを持ち上げる。堂に入った所作。
徐々に露わになったサイコロの出目は――6ゾロ。
合計値は12。偶数だ。
「6ゾロの丁、俺の勝ちだな」
「ふむ。賭に勝ったほうが、王になるのだったかの」
「違う」
往生際の悪いミュリーシアを、トウマが一刀両断する。
ドラクルの姫は少し頬を膨らませたが、それよりも気になることがあった。
「冗談じゃ。しかし、なぜ共犯者はそんなに自信満々だったのだ?」
「ミュリーシアなら、6ゾロを出すと思っていた」
「妾に、そのような運があると?」
「ああ」
即答したトウマは、じっとミュリーシアを見つめる。トウマが、ミュリーシアに嘘などつかない。それが分かる程度の信頼関係はある。
この口説き文句。断れるはずがなかった。
「相分かった。しかと、国王の任を務めようではないか」
「俺も全力で支える」
「ばんざーい! ばんざーいなのです!」
かくして、ミュリーシアが新たな国の王に就いた。
リリィが万歳をすると、他のゴーストたちも手を挙げる。
生者は、たった二人。
不死種を入れても、三十人と少し。
国と呼ぶにはあまりに少なく、式典とするなら厳粛さに欠けている。
しかし、祝福は心からのもの。雰囲気も暖かい。
未来も、国の名前もまだ決まってはいない。だが、その行く手は輝いているように思えた。
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