使い捨てられ死霊術師のゴーストタウン建国記

開拓×迷宮×交易ファンタジー 無人島を開拓して新しい国を作ろう!
藤崎
藤崎

17.国王選定

公開日時: 2020年9月27日(日) 20:00
文字数:3,082

「ところで、トウマとミュリーシアのどっちが王様なのです?」

「ミュリーシアに決まってる」

「共犯者であろ」


 ダンスを終えたばかりのパートナー同士が、譲るつもりはないと“王宮”の一室でにらみ合う。


 衝突する、黒と赤の瞳。

 その眼光は、お互いに真剣そのもの。


 和気あいあいとしていた建国祭。

 その雰囲気が、一変した。


「はわ。はわ。はわわわわ……」


 自分の不用意な一言で事態を引き起こしたリリィは、周章狼狽。

 うわごとのようにつぶやきながら、右往左往することしかできないでいた。部屋にいるゴーストたちも、似たり寄ったり。


 問題解決は、当事者二人の手に委ねられた。


「妾が王に相応しい。共犯者は、そう言うのじゃな?」

「その通りだ」


 トウマは、確信とともにミュリーシアの赤い瞳を正面からのぞき込んだ。いつも通り、宝石のように美しい瞳だ。

 普段なら、とても意識してはできない行為。しかし、今ならできる。ここで引くわけには、絶対にいかないのだ。


「まず、俺の意見を言わせてもらう」

「良かろう。聞こうではないか」


 きちんと耳を貸す度量がある。

 トウマは、さらに確信を深めた。国王にはミュリーシアこそが相応しい。


「まず、国王というのは国の代表。いわば、顔だ」

「その点に異論はないがの」

「であるならば、ミュリーシアが適任なのは分かるだろう。なにしろ、それだけ美人なんだから」

「びっ、それは関係あるまい」

「ある」


 己の容姿を讃える言葉など、今まで媚びへつらいと切り捨ててきたミュリーシア。影術で編んだ杭が飛んでもおかしくない。


 それなのに、今は羽毛扇で顔を隠すのが精一杯だった。


「俺の幼なじみが良く言っていた。人間内面が大事。それは正しいが内面の最も外側が、外見なのだと。それに、内面に比べて外見を磨く方が簡単なんだから……と、これは今は関係なかったな」

「つまり、そのなんじゃ。共犯者は、妾が美人だから王になれと言うておるのだな?」

「そうだが、もちろんそれだけじゃない」


 肯定しつつ、さらに言葉を重ねていくトウマ。

 もしかしたら、場に酔っているのかもしれない。


 聞きたくない。聞きたい。

 その相反する思いに囚われ、ミュリーシアは動けずにいた。


「今まで接してきて分かった。ミュリーシアには人の上に立つ器がある」

「人の上に立つ器を持つ者が、つるはしを持って食器を作ったりはせんであろう」

「そういう地味な仕事でも、厭わないところ。リリィたちゴーストもあっさり受け入れてくれたところ。損得を抜きに、俺を助けてくれたところ。こうして、俺の言葉に耳を貸しているところ」


 文字通り指折り数えながら、トウマは一歩ミュリーシアへと踏み込んだ。


「なにより、虐げられている人たちを救いたいという理想を抱いたミュリーシアこそが王に相応しい」

「いやいやいやいや」


 これ以上トウマに喋らせると、生死に関わる。

 直感に突き動かされ、銀髪をかきあげながら反論を試みる。


「理想だけ持っても仕方あるまい。それと現実の折り合いを付けるのが、王の役目。その意味では、見識の広いトウマが王になるべきであろ」

「見識? それはちょっと向こうの学校教育が……」

「そこよ」


 活路を見いだしたミュリーシアは、ぱちりと扇を閉じる。そして、対抗するように距離を詰めた。


 二人の顔が、ダンスを踊っていたときのように接近する。


「勇者ならではの、外からの視点。新たな国を作るには、それが欠かせぬのではないか?」

「それなら、別に王様じゃなくても協力はできる」

「じゃが、王になって悪いわけではあるまい?」

「王様が、内側の視点に欠けるのは問題だろ」

「そこは、妾が補佐すれば良い」


 ゴーストたちが固唾を飲んで見守る中、お互いがお互いを推薦し合うという奇妙な光景は続く。


「なにより、建国と言い出したのは共犯者ではないか。責任を取るべきであろ?」

「なにも、責任と取らないと言っているわけじゃない。ただ、ミュリーシアがより相応しいって言ってるんだ」

「ならぬ。長命種が頂点に立つと、組織の新陳代謝が働かなくなるのだぞ。ゆえに、聖魔王も任期制の互選になっておるのだ」


 角を突き合わせるような至近距離で、トウマとミュリーシアはお互いをほめ合っていた。


 これには、慌てふためいていたリリィの目からも別の意味で光が消える。


「リリィたちは、一体なにを見せられているのです……?」


 リリィの母親のゴーストが、そっと肩に手を置いた。


 夫婦喧嘩は犬も食わない。

 問題点は、当人たちはその不毛さに気付いていないという部分にあった。


「支障があるとしても、ミュリーシアが適任なのに変わりはない」

「共犯者が、こんなに分からず屋だとは思わなんだ」

「正しいことは正しいと主張しているだけだ」


 平行線のまま、話がこじれそうになる。

 そこにリリィが飛び込んでいった。あまり、勢いはなかったが。


「それならもう、靴の裏表で決めるのはどうです?」

「靴の裏表? 靴を飛ばして、どっち側が上になって落ちるかってことか?」

「そうです。トウマが知ってるとは意外なのです」


 トウマも、天気占いぐらいはやったことがある。まったくもって占いになっていないが、当時はそれなりに信じていたような気がする。


「それならば、手慰みに作ったサイコロがあるぞ」


 ミュリーシアが取りだしたのは、六面体のサイコロがふたつ。

 これも、あのつるはしでやったのか。塗装はされていないが、きちんと点を描いて出目を現している。


「じゃあ、丁半博打はどうだ?」

「異世界の博打か。どのようなルールなのじゃ?」


 ミュリーシアが、赤い瞳を輝かせた。スネークアイズ、1ゾロの出目を思わせる。


「簡単だ。見えないようにサイコロをふたつ振って、合計値を求める。その合計値が偶数――ちょうど割り切れれば、“丁”。奇数で余り――半端がでれば、“半”だ」

「良かろう。サイコロを振るのは、どちらにする?」

「ミュリーシアに任せる。代わりに、丁半のどちらに賭けるかは俺が先に決めさせてもらう」

「妥当だの」


 これで決まりだ。


 石で作ったカップにサイコロを投げ入れ、優雅にくるりと回して逆さまに置く。

 円卓の上を滑らせ、ミュリーシアはトウマを見上げた。


「勝負じゃ、共犯者」

「丁だ」

「自信満々だの。良いのか、即決してしまって」

「構わない。最初から決めていた」

「最初から? いや、構わぬ。勝負じゃ」


 ミュリーシアがカップを持ち上げる。堂に入った所作。


 徐々に露わになったサイコロの出目は――6ゾロ。

 合計値は12。偶数だ。


「6ゾロの丁、俺の勝ちだな」

「ふむ。賭に勝ったほうが、王になるのだったかの」

「違う」


 往生際の悪いミュリーシアを、トウマが一刀両断する。

 ドラクルの姫は少し頬を膨らませたが、それよりも気になることがあった。


「冗談じゃ。しかし、なぜ共犯者はそんなに自信満々だったのだ?」

「ミュリーシアなら、6ゾロを出すと思っていた」

「妾に、そのような運があると?」

「ああ」


 即答したトウマは、じっとミュリーシアを見つめる。トウマが、ミュリーシアに嘘などつかない。それが分かる程度の信頼関係はある。


 この口説き文句。断れるはずがなかった。


「相分かった。しかと、国王の任を務めようではないか」

「俺も全力で支える」

「ばんざーい! ばんざーいなのです!」


 かくして、ミュリーシアが新たな国の王に就いた。


 リリィが万歳をすると、他のゴーストたちも手を挙げる。


 生者は、たった二人。

 不死種を入れても、三十人と少し。


 国と呼ぶにはあまりに少なく、式典とするなら厳粛さに欠けている。

 しかし、祝福は心からのもの。雰囲気も暖かい。


 未来も、国の名前もまだ決まってはいない。だが、その行く手は輝いているように思えた。

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