「うむ。実にさわやかな目覚めである」
「元気なのは、いいことだな」
「そう言うトウマは、なんだか元気ないです?」
「そんなことはないけどな」
翌朝。
廃屋から出てきたトウマとミュリーシアを見比べて、リリィは頭上に疑問符を浮かべた。
「そんなことあるのです。ミュリーシアに比べると、トウマの動きがゆっくりに見えるのです」
「それはな、リリィ。比較するのがいけないんだ」
トウマも、体調が悪いとかだるいとかそういうわけではない。
血を吸われた分は、睡眠で回復している。
なにより、一方的に与えられるだけだったミュリーシアに糧を提供できた。
そんな、精神的充実感もあった。
誰も健康問題は抱えていない。
問題があるとするならば、ミュリーシアの調子が良すぎることだった。
「今日も太陽は輝いておるな。世界の誰が反対しようと、妾は許可しよう。燦々と降り注ぐが良い!」
光彩陸離。ミュリーシアが、きらきらと眩い光を放っているように見える。
太陽に対して傲慢に振る舞うミュリーシアは、その太陽すらも圧する輝き。
元々美しい銀髪はさらに妖美に輝き、白い肌もきめがより一層細かくなっている。
なにより、内から溢れ出る歓喜の感情がドラクルの姫をこれでもかと彩っていた。
要するに、絶好調だった。
「リリィが間違っていたのです。ごめんなさいするのです」
「自分の間違いを認めるのは、そうそうできることじゃないからな。立派だぞ、リリィ」
「昨日おこした火が消えておるな。良かろう、妾が再びこのグリフォン島に文明の灯を与えようでないか」
昨日、トウマの血を吸った直後は反省一色だった。
しかし、それから夜にかけて徐々に徐々にテンションが上がっていき……。
今朝になったら、こうなっていた。
「やる気があるのはいいことなので、適切な距離を保っていきたいと思う」
「それがいいのです」
「そこ、妾を仲間外れにするでない」
トウマとリリィがこそこそと話していると、影術で編まれたドレスを翻してミュリーシアがぐっと距離を詰めてきた。
「孤高のドラクルとて、寂しさを感じることはあるのだぞ?」
「俺たちが仲間外れにしてるんじゃなくて、ミュリーシアが前進しすぎてるんじゃないか?」
「むぐっ。はっきりと言う……」
自覚はあったのか。
羽毛扇で口元を隠し、一歩だけ後退る。
「じゃがな、共犯者も悪いのだぞ?」
「俺がなにをしたんだ?」
「共犯者の血は、滋養強壮、肉体疲労・病中病後・食欲不振時の栄養補給に最適すぎるのじゃ」
「それは良かった」
怪しい栄養剤と同列に語られている気がしないでもなかったが、そういうことならやりようはある。
「その元気、作業で発散してもらうしかないな」
「くくく。任せるが良い。今度はマッスルースターなどとけちなことは言わず、もっと大物を狩ってこようではないか」
「いや、肉はまだ備蓄がある。それよりも家を優先したい」
国作りという遠大な目標はある。もちろん、大切だ。
それはそれとして、まずは衣食住を整えなければならない。
「今のところ、衣でも食でもなく住居こそが一番の問題だと思う」
「家か……。食料は短期的にはどうにかできるとして、衣服は良いのかえ?」
異世界風の不思議な衣服――詰め襟の制服を赤い瞳で下から上まで観察し、ミュリーシアは問い返す。
この環境では、最も調達が難しいはずだ。
「妾の装束は、前に言うた通り影術で編まれたものゆえ問題はない。じゃが、共犯者はそうはいくまい?」
「ああ、俺の服には不朽属性が付与されてるんだ」
「ほう」
自然に壊れたり、汚れたりしない魔化のひとつ。これが付与されたマジックアイテムは、軽度な破損であれば、時間を掛けて再生する。
ただの制服にかけるにはあまりにも大げさだが、これには理由があった。
「召喚されたときの持ち物には、全部自動でかかるらしい。あと、俺たち自身には意思疎通のスキルもついてる」
「光輝教会の勇者召喚機構に、そのような機能があったとはの」
ミュリーシアは感心したように言うが、すぐに興味を失った。
「まあ、今となっては関係ないがの」
「ああ。便利ではあるけどな」
だから、異世界に来ても好きこのんで制服を着ているのだ。これは、レイナも同じだった。
トウマは積極的に、レイナは消極的に受け入れたという違いはあるが……。
カラコンやネイルグロスなどにも有効でなかったら、レイナの異世界生活はもっと殺伐としていたに違いなかった。
「となると、確かに住環境を整えるべきであるな」
「食料の保存とかも考えると、先に片付けてしまいたい」
「今のところ雨が降る気配はないが、そうなってからでは遅いしの」
それに、いつまでも男女がひとつ屋根の下なのは良くないことだ。
緊急事態だから仕方がないし、あえて口には出さない。けれど、祖父に育てられたトウマの価値観からすると、犯罪同然である。
「では、廃屋……否、王宮の復旧を始めようではないか」
「王宮……。ああ、確かにそうだな」
生活の気配がないゴーストタウン。
その廃屋のひとつに過ぎない。
選んだ理由も、比較的ましだったから。
それでも、ここは国で。彼らが住むのなら“王宮”だ。
「俺たちの国作り、ここから始めよう」
「はいはい! 大工のおじちゃんと、わかしゅーがスタンバイしてるのですよ!」
リリィが横にずれると、強面の中年と数名の若い男のゴーストがやる気に満ちた面持ちをしていた。
「ずっと、家をどうにかしたかったみたいなのです!」
「そうか。未練がひとつだけとは限らない……か」
これは重要な情報だった。
トウマは、死霊術師として発展途上であることを自覚する。
スキルなど、余技に過ぎない。死者の魂と、想いと寄り添うことができる。それが真の死霊術師なのだ。
「ほう、本職がおるとは心強い。実作業は妾たちが担当するが、指示には従おう。それで良いな、共犯者よ」
「もちろんだ。よろしくお願いする、親方」
「あひゃー。トウマから親方って呼ばれて、大工のおじちゃんが喜んでるのですよ」
意外な言葉に強面のゴースト――親方を見ると、ぷいっと目を逸らされてしまった。
「じゃあ、リリィも親方って呼ぶのです。親方は、まず他の家から使えそうな部品? を集めて欲しいって言ってるのです」
「ニコイチ修理ってやつか」
今から建材を加工するよりも、余程効率的。というより、建材を用意するのは不可能だろう。
それに、もう一度廃屋を探索すれば大工道具も見つかるかもしれない。
「これだけの廃屋があるのだ。家一軒分なら、どうにかなりそうだの」
「なあ、ミュリーシア」
「どうした、共犯者。なにか問題があるか?」
「問題っていうか……」
認識の齟齬。
今のうちに、埋めておかなければならない。
「家を直すのは、ひとつだけなのか?」
「あまり手を広げても仕方ないのではないか?」
「確かにそうなんだが」
なぜ、ここで正論なのか。
さっきまでのハイテンションで、家を増やすぐらいのことを言ってくれないのか。
当てが外れ、言うつもりのないことを口にする羽目になってしまう。
「でも、俺たちが一緒に住み続けるのって犯罪じゃないか?」
「どんな罪じゃ?」
「どんなって……」
「心配するでない。ここでは、妾たちが法ぞ。後ろ暗いところなどないのだから、堂々としておれば良いのだ」
しかし、ドラクル――吸血種の姫は、まったく意に介さない。
「鳥も大地を蹴らねば羽ばたけぬというやつだぞ」
千里の道も一歩から。
そんな意味のことわざを口にすると、手近な廃屋へと見惚れるような姿勢で近付いていった。
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