「ミュリーシア、作業中に悪いな」
「いや、屋根の補修は終わっておる。気にする必要はないぞ」
「終わった? もう?」
出迎えるため外に出ていたトウマは、思わず太陽の位置を確認した。
リリィと廃屋を探索して時間はそれなりに経っているが、まだ昼前。
そんなに早く終わる作業だっただろうか。
「ミュリーシアに大工の才能があった……わけないよな」
「いや、それは分からぬぞ?」
「それはさすがに……。ゴーストたちが頑張ってくれたってことでいいんだよな?」
「うむ」
トウマの真面目な反応に、ミュリーシアの口元が緩む。作業中はどこかへ仕舞っていた羽毛扇と一緒に、なまめかしい唇を開いた。
「ゴーストたちも、作業をする中で勘を取り戻していったようでの」
「成長というのとは、ちょっと違うか。でも、そうか。変わっていけるんだな」
「一度終わった存在が、いい意味で変化する。死霊術師の可能性とは、大したものだの」
「すごいのは、ゴーストたちだけどな」
スキルとしては保持していても、実際に使用したことはなかった。
やはり、経験してみないと分からないことは多い。
「難しい話は終わったのですか?」
「別に、難しくも深刻でもないと思うんだが」
「まあ、本題ではなかったのは確かであろう」
羽毛扇をぱちりと閉じて、マジックアイテムが見つかった廃屋へと入っていく。
トウマとリリィが、その後に続いた。
「ほう、これが……。なかなか立派なつるはしだの」
「ああ。見た目通り重たくてな。初期の開拓者には、巨人でもいたんじゃないかと思うぐらいだ」
「言われてみれば、人間だけが避難したとは限らぬな」
感心したように言うミュリーシアの姿は、泥中の蓮と表現すべきか。薄汚れた廃屋の中でも輝いていた。
「ミュリーシアなら、きっと使えるのです!」
「無理はしなくていいからな」
「どれ」
ひょいっと。
道ばたのちょっといい枝を拾うぐらいの気軽さで、つるはしを持ち上げた。
「持ち上がった……」
「さすがミュリーシアなのです」
「あれ、30キロはあるんじゃないかと思うんだが」
「なあに、ドラクルにとってはこの程度軽いものよ」
「とんでもないな、種族能力ってのは……」
人間にはない力。
それを目の当たりにすると、排斥しようとする光輝教会の考えも分からなくはない。
だが、やはりそれは早計。
味方になれば頼もしいことこの上ないのだから。
「そういうわけでもないのだがの。ドラクルは、力も強いのだ」
「はあ、こりゃはすごい」
「ふふふ。良い、妾を褒め称えることを許可するぞ」
「ミュリーシアの力は巨人さんなのです。きっと、山も砕けるのです」
「……ならば、これは巨人のつるはしと命名するか」
そう宣言するが、微妙に視線は合っていない。褒め称えろと言いつつ、ミュリーシアは照れていた。
「それで、そのつるはしって特別な効果があるのか?」
「不朽属性が付与されてるだけで、充分特別のように思えるがの」
「それもそうか。お陰で、俺たちも使えるんだしな」
メンテナンスフリーで使い続けられる道具。その恩恵は計り知れない。
「でも、試してみて欲しいのです」
「リリィ、なにか憶えてることがあるのか?」
「分かんないですけど、そんな気がするのですよ」
「良かろう。敵情を調べるは凡夫も発想するが、内情を知るは賢者でも難しと言うしの」
彼を知り己を知れば百戦殆うからずと、同じような意味だろうか。
含蓄がありそうな言葉とともに、三人は外に出た。
そして、荒れ果てた土地へと移動する。
「では、試してみるぞ」
「頼む」
ミュリーシアが地面を掘ると、切っ先が簡単に地面へ埋まった。
リリィがびっくりしたように飛び上がる。
「すごいのです! 簡単に掘れちゃったのです!」
「すごいのは、ミュリーシアの力だったりするんじゃないのか?」
「いや、それだけではないの。これは、もしかしたら掘り出し物かもしれぬぞ」
「地面を掘ってるから?」
「そうではないわ!」
真顔でツッコミを入れられ、ミュリーシアは白磁のような頬を染めてつるはしを引き抜いた。
「あまりにも手応えがなさ過ぎた。土属性への特攻が付与されているかもしれぬ」
「土属性? 特攻?」
土や岩などに対する、特殊な効果があるマジックアイテムということなのだろうか。
「よく見ておれよ?」
先ほどと違い、特に力を入れた様子はない。
にもかかわらず、つるはしは今度も簡単に切っ先が埋まる。それをまたしても軽く引き上げると、あっさりと地面が盛り上がった。
「今度はよく分かった。まるで地面が豆腐だな」
「入植の初期段階では、大いに役に立ったであろうの」
ミュリーシアが掘り進めると、岩にぶち当たった。
だが、それも障害にはなり得ない。
「熱したナイフでバターを切るがごとしよの」
地面に埋まっていた岩も、簡単に削り取られる。
というよりは、つるはしに触れた部分が溶けて消えたように見えた。
「なあ、ミュリーシア。これって……」
「うむ。妾も気付いたぞ」
「え? どうしたのですか?」
説明するよりも、見せたほうが早い。
ミュリーシアは地面を掘り返して手頃な大きさの石を拾い上げると、巨人のつるはしを短く持って切っ先を押し当てた。
横倒しにして、慎重に。それでいて惑いなく動かしていく。
すると、でこぼこだった表面が綺麗に削られた。
かんなで削るように、それよりも鮮やかに。
反対側も同じように加工し、ある程度深さを作るように傾斜を作る。
「どんなもんだの?」
「立派な皿ができたな……」
「はえー……なのです」
予想はしていたが、トウマは驚きを隠せなかった。
黒い、素材を活かしたデザインの器。高級料亭で使われていると言われたら、素直に信じてしまうだろう。
「ミュリーシアって、芸術的なセンスもあるのか」
「隠れておった才能が、日の目を見てしまったようじゃの」
予想もしていなかったリリィは、すみれ色の瞳を見開いている。驚いて、瞬きも忘れていた。
「なあ、ミュリーシア。適当な大きさの岩をくりぬいたら、水瓶ができるんじゃないか?」
「岩の椅子やテーブルも作れるのう」
「すごい。一気に、問題が解決するぞ」
「ちょっと山のほうへ行って、材料を取ってくるかの」
「あっ。親方が、細かい加工を教えられるって言っているのです」
家の修理を終えた親方たちも、喜んでいるようだ。
小さな村で大工専門だったとは思えず、木工や石工も受け持っていたのだろう。
そうと決まれば動きは早かった。
巨人のつるはしを担いだミュリーシアがグリフォンの爪(タロン)。島の南西の半島から石を切り出して影術で運ぶと、早速加工を開始。
トウマも驚く集中力。
巨人のつるはしの特性。
血を吸ったばかりのドラクルの集中力。
そして、今まで発揮されたことのなかった芸術的センス。
それらが組み合わさって、次々と作品を完成させていった。
「ふふんっ、どうだ?」
「これは……素直にすごいな」
修理が終わった廃屋改め“王宮”には、大きな石造りの円卓が設置されていた。
その周囲には、これまた石造りの椅子がいくつも。
そして、その上には石の皿やジョッキ、マグカップ。それに、ナイフやフォークといったカトラリー一式が並べられている。
石製といっても、極限まで薄く加工されているため重量は金属と変わらない。
「これなら、土をこねる焼き物じゃできないような造型も可能なんじゃないか?」
「できるであろうよ」
「もしかしたら、特産品になるかもしれない」
「一点物だからの。精々、吹っ掛けてやろうではないか」
トウマにほめられて、ミュリーシアも満更ではないようだ。
それどころではなく、端的に言えば浮かれていた。
その勢いのまま、無遠慮にトウマの手を取り顔を近づける。
「そうだ。いいことを思いついたぞ、共犯者」
「いいこと? それはいいが、近い……」
「せっかくだ。建国の宴をしようではないか!」
トウマの抗議など、どこ吹く風。耳に届いているのかも怪しい。
ミュリーシアは高らかに宣言し、落雁沈魚。空を飛ぶ鳥も見とれて地面に落ちるような笑顔を浮かべた。
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作者は常時コメントやレビューに飢えている生き物ですが、せっかくですのでこの機会に投稿してみてはいかがでしょう?
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