「ここがどこか。それを語るには、妾が共犯者を――」
「待った。共犯者って、俺のことか?」
「もちろん。他に誰がいるというのじゃ?」
「分かった。続けてくれ」
普通に名前を呼ばれるより、心臓への負荷は穏やかかもしれない。
そう考えたトウマは、あっさりと共犯者呼びを受け入れた。
実際、共犯関係というのはしっくりくる。
「共犯者をさらった後のことじゃが、手を血命術で治癒してからは途方に暮れておった。実のところ妾に当てなどなにもなかったのだ」
「ああ……。さっき言ってたよな」
「おや。てっきり、計画性がないとなじられるかと思うたがの」
「そのお陰で助かったんだから、非難なんてするわけない」
おどけたように言うドラクルの姫に、元勇者は1ミリも笑わずに答えた。
冗談を真っ向から打ち返されて、ミュリーシアは気勢をそがれたような表情をする。
わずかな変化。
星明かりの下、それを見逃さなかったトウマは己の失敗に気付いた。
「すまない。ありがとう」
そしてまた、頭を下げる。
「ジルヴィオに裏切られたのはショックだけど、そんなに気を使わなくても大丈夫だ」
「なんじゃと?」
「え? 俺が手を切られたときのことを思い出すんじゃないかって、ミュリーシアが心配してくれたんじゃなかったのか?」
ミュリーシアは、固まった。
まったくの事実だったからだ。
解語之花。言葉を理解する花のようだったドラクルの姫が、ただの美しい花になってしまった。手にした羽毛扇が落ちなかったのは、単なる幸運に過ぎない。
再起動を果たすまで、約一分。
深い深い息を吐いて、可愛らしく唇をとがらせた。
「むう、共犯者よ。これでは、妾はただの道化ではないか」
「人を笑わせたり、笑われたりするのは立派な職業だと思う」
「ええいっ。真面目に返すでないわっ」
我慢できず、ミュリーシアはトウマの肩を掴んだ。星明かりの下、深いスリットのスカートの裾が舞う。
「良いか、我が共犯者よ」
「一体、なにを……」
「素直に人の行いをほめるのは美徳であるが、それを受け止めるにも余裕というものが必要なのだ。分かるな?」
「分かるが、その理屈だとミュリーシアは大丈夫ということにならないか?」
赤い瞳で無遠慮にトウマを睨め付ける。
下手なことを言ったら、この肩がどうなるか分からない。そんな意思を込めて。
だが、まったく通じてはいなかった。
「だって、仇同然の俺にこんなに親身になってくれてるんだ。余裕がないわけないだろう?」
「もう良い。それよりも、この島のことよ」
ミュリーシアはいろいろと諦めた。
トウマの肩から手を離し、くるりと背中を向ける。そしてまた、深いスリットのスカートが舞った。
とても、顔を見てなどいられない。
「あてどなく空を彷徨っておった妾は、ひとつの伝承に思い至ったのだ」
「伝承? じゃあ、ここは伝説の土地なのか? その割には、廃屋だけど……」
トウマに、ミュリーシアは背中越しに人差し指を立てて振る。
「そうがっつくものではないぞ、共犯者よ。まるで、血の味を知ったばかりの新生児ではないか」
「よく分からないけど、馬鹿にされていることは分かった」
「それは重畳」
ようやく頬から熱が消え、ミュリーシアは振り向いた。
トウマの顔を見ても、もう大丈夫。
それを確認したドラクルの姫は、伝承を語る。
「人間に支配されてしまったミッドランズと、“魔族”の住む暗黒領域を隔てる亀裂海。これは知っておろう?」
「ああ、習ってる。地球――俺たちの故郷にも似たような海があったから」
地球で言えば、ヨーロッパとアフリカ大陸を隔てる地中海だろうか。
ただし、こちらの海には亀裂が走っており船での行き来は不可能とされている。
それゆえ、ミッドランズと暗黒領域をつなぐ地峡に存在する魔都モルゴールが重要な存在だったのだ。
「うむ。その亀裂海に浮かぶ島に、神々の大戦から逃れた者たちの隠れ里が存在するという伝説があるのじゃが……」
「それはまた……。いや、俺たちがここにいるということは、そうなるのか」
我が意を得たりとばかりに、ミュリーシアはうなずいた。
「果たして、そこにこの島はあったというわけよ。巧妙に隠蔽されてはおったがの」
「それを見つけたわけか。すご……すごいな」
「今一度ほめるのをやめようとしておいて、なぜそのまま続行した?」
「人間正直に生きるのが一番だと、死んだジイさんから言われていてからだな」
「それは素敵な祖父君だの」
「ありがとう。ジイさんも、こんな美人にほめられて喜んでると思う」
「皮肉じゃ! だが、言われて悪い気はせぬな!」
高貴なドラクルの姫。
そんなメッキが剥がれそうになった。
「そっちが素なのか? 別に、俺はどっちでも大丈夫だぞ」
「ええいっ。そっちもどっちもないわ」
軽く咳払いをして、ミュリーシアは神妙な面持ちをする。羽毛扇で顔を隠すのは、なぜだか負けた気がした。
「しかし、誰もおらぬ島にたどり着くとは偶然にしても都合が良すぎる。もしかしたら、何者かが妾たちを導いたのかもしれんの」
「そこは、神の導きでいいんじゃないのか?」
「異界の神もちろん。旧き神も、もはや信じる気分にはなれぬわ」
ドラクルの姫は、鋭い目つきで天井の裂け目を見上げる。
「だとしたら、運命かもな」
「運命か。まあ、良い。建国に神話は付きもの。精々、利用してやろうではないか」
闇の中で輝く天の川のような髪をかき上げ、ミュリーシアは言った。
同意しつつ、トウマはひとつ確認をする。
「でも、その伝承が本当ならここに人がいてもおかしくなんじゃないか?」
「神々の大戦――神蝕紀が終わって何百年だからの。さすがに、島からは出て行ったのじゃろうよ」
「それもそうか。伝承が本当とも限らないし」
「うむ。上空から見た限り、人の営みは見受けられなかったしの」
それから、一番ましだった廃屋に入り込み、しばらくしてトウマが目を醒ましたというわけらしい。
「本当に無人島かどうかは調査次第だけど……」
「建国するには、絶好の土地であろう?」
「ああ。ちょっとわくわくしてきた」
「ほう、共犯者もか。じゃが、今日はもう寝たほうが良かろうな」
「そう……だな」
今すぐ動きたい。
心は、それくらい浮き立っている。
だが、トウマは理性でそれを抑え込んだ。
「じゃあ、寝るとして……どうしよう」
「この家で部屋を分かれる意味があるかは分からぬが……」
「あるだろう。とりあえず、少しでも綺麗な場所をミュリーシアが使ってくれ」
「余計な心配は無用じゃ。妾は影を操って、それにくるまれば……そうじゃ」
「ん?」
星明かりを受けて、ミュリーシアの赤い瞳が閃いた。
いたずらっぽく。
「共犯者を運んだときも、こうしていたのだぞ」
「うわっ、真っ暗じゃないか」
抵抗する暇もありはしない。
ミュリーシアの黒いドレスから伸びた影がトウマを包み込み、繭のように覆ってしまった。
「かつて、妾たちの祖先が血を吸う相手を連れ去るときに使っておった影術の名残と言われておる」
どういう理屈なのか、地面から浮き。闇にやんわりと包まれ、まるでハンモックのようだ。
「まあ、今となってはそのような風習もないがの。快適な眠りを約束するぞ、共犯者よ」
「確かに、床よりは寝心地が良さそうだけど……」
「ふはははは。そうであろう、そうであろうよ」
呵々大笑するミュリーシア。これは、出してもらえそうにない。
大人しく目を瞑ると、やはり疲れていたのか。驚くぐらい速やかに睡魔が訪れた。
闇の褥に抱かれて、トウマは眠りについた。
夢も見ない。
フラッシュバックもない。
暗いが、どこか暖かな眠りだった。
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