「共犯者、少し夜風に当たらぬか?」
宴が終わり、国王も決まって。
陽も沈んだところで、ミュリーシアがトウマの耳元でささやいた。
「ミュリーシア、近い」
「なんじゃ? 王の命令が聞けぬというのかえ?」
「まだ後片付けが終わっていない、女王様」
「はい、はい! それはリリィたちにお任せなのです」
トウマとミュリーシアの間に入ってきたゴーストの少女が、元気よく手を挙げた。
しかし、真面目な少年はうなずかない。
「いや、それは悪いだろ」
「悪くないのです。みんなごちそうを味わえて、感謝してるのです。お返しなのです」
「それは元々の契約だから」
リリィのすみれ色の瞳から、光が消えた。
なおも正論でごねるトウマに、ずいっと顔を近づける。
「トウマ」
「リリィ、目がちょっと……」
「せっかく女の子から勇気を出して誘ったのに、男の子が台無しにしちゃダメなのです」
そういう話だったのか?
驚き、思わずトウマはミュリーシアの赤い瞳を見つめる……が。返ってきたのは、困惑だった。
「いや、逢い引きではないんだがの」
「だよな」
ほっとする。
それと同時に、少しだけ残念に思うトウマもいた。
そんな当事者を置き去りに、リリィはなぜかヒートアップしている。
「お祭りの後に男の人と女の人が一緒にいたらそっとしてあげるものなのです。そして、次の日に『さくやはおたのしみでしたね』と言うのが村の流儀なのです」
「あー。う~ん……」
なんとなく察したトウマは、さらに困った表情を浮かべる。
ミュリーシアも同じだろうと思ったが、彼女は堂々としたものだった。
「なに、少し二人で話したくなっただけよ。深読みせずとも良い」
「そういうことなら」
なおも、リリィはすみれ色の瞳を輝かせている。
下手に断ったほうがめんどくさそうだ。
「付き合うよ、ミュリーシア」
「うむ。最初から、そう言うておれば良かったのだ」
「反省している」
本心から頭を下げるトウマに、ミュリーシアは苦笑を返した。
「良い。謝るでない。では、リリィたちよ。あとは任せたぞ」
「すまない。よろしく頼む」
「全然大丈夫なのです。それより、二人とも仲良くするのですよ!」
腰に手をやり、前屈みになってリリィは頬を膨らませた。
「なにを言う、妾と共犯者はずっと仲良しじゃぞ」
「ずっとと言うには、期間が短くないか?」
「そこは、適当に相槌を打てば良いのだ。真面目すぎるわ」
ミュリーシアはトウマを引きずって“王宮”の外へ。
薄闇が支配する世界で、背中から羽根を生やした。
「空を飛ぶのか?」
「うむ。妾たちと言ったら空であろう」
「反論できない……」
また、影術で体を縛られるらしい。
トウマは覚悟したが、訪れたのは異なる未来。
「暴れるでないぞ」
「うおっと」
ミュリーシアはトウマの膝裏に手をやると、そのまま横抱きにした。
いわゆる、お姫さまだっこだ。
お姫さまにお姫さまだっこされる元勇者。
恐らく……というか確実に唯一無二の存在になったが、トウマはそれどころではなかった。
地に足がつかない。
だが、ミュリーシアの首に腕を回すことだけは避けたい。トウマの望みは、それだけだった。
「男の子にしては軽いのう。共犯者よ、もう少し食べても大丈夫だぞ」
「その少しを妥協したら、際限がなくなると思うんだが」
「なぁに。動けば、筋肉となるであろう」
「脂肪よりも筋肉のほうが重たいのだが」
翼をはためかせ、ミュリーシアはトウマとともに飛んだ。
ぐんぐんと高度が上がる。肌寒いはずだが、それどころではない。
ドラクルの姫と元勇者は、あっという間に空の住人となった。
「愉快な宴であったの。ああも楽しい宴会は、この世界にどこにも存在せぬぞ。数々の宴に招かれた妾が言うのだから、間違いないわ」
「ああ、俺も楽しかったよ」
学校行事にはきちんと参加するが、打ち上げは性に合わずに参加したことがない。
あまり騒ぐのが好きではないトウマが、やって良かったと感じたのだ。
「俺たちの建国祭は、世界一だ」
「二つの世界を知る共犯者が言うのならば、間違いないの」
「提案してくれた、ミュリーシアのお陰だな」
「なにを言う。皆のお陰に決まっておろう」
一度言葉を切り、遠くを見るような目をしてミュリーシアは続ける。
「共犯者と二人で初めてこの島にたどり着いたときは、明かりなどひとつもなかった」
「ああ」
眼下に、“王宮”が見える。
グリフォンの心臓と名付けたゴーストタウンに、たったひとつ存在する光。
人が住んでいる証拠。
「これからどんどん増えていくだろうな。でも、ひとつをふたつにするのと、ゼロを一にするのは違う。女王陛下のお陰だよ」
「それはこちらのセリフだが……まあ、良い。今の妾は、機嫌が良いからの」
一笑千金。黄金よりも価値のある微笑をたたえ、ミュリーシアは愛おしげに眼下を見つめる。
その腕の中で、トウマも黄金の価値を持つ沈黙を選んだ。
小さな一歩。
だが、千里の道を征くための一歩でもあった。
「この光景を見るために連れ出したのだが……もしかしたら、思い出話をしたくなったのかもしれぬな」
「まだ何日も経ってないだろう?」
「それくらい、濃厚だったということよ」
モルゴールからグリフォン島への逃避行。
降って湧いたような建国計画。
リリィたちとの出会い。
島の探索と“王宮”の修繕。
確かに、いろいろとあった。
「まさか、ミュリーシアが俺を王様にしようとしていたとは気付かなかった」
「直近過ぎるじゃろ。それを言うなら、共犯者の歌声もしらなんだぞ」
「あれは……なんなんだろうな? 場に酔ったのかもしれない」
「覚悟せよ、共犯者。一度披露した以上、次はやらぬは通らぬからな」
「法律で、宴会の余興禁止とかできないだろうか……」
「諦めよ」
そしてまた、快い沈黙が流れる。
「こんな気持ちで、笑えるようになるとはの。モルゴールから逃げ出すときは、思いもせなんだわ」
「俺もだよ。発端からしてあれだからな」
「そこよ」
声と同時に、トウマを抱き上げる手に力が入る。
「お互い、あれだけの目に遭ったのだ。本来であれば、もっと落ち込んでおらねばおかしい。そうは思わぬか?」
「もちろん。毎日、そう思ってるさ」
いい意味で、光輝教会もジルヴィオも気にせず過ごせている。
その理由に、トウマは当然気付いていた。
「それも全部、ミュリーシアのお陰だ。丸ごと、いろいろひっくるめてな」
「ふんっ。それはこちらも同じことよ。おっと、いかん。このままだと、先ほどのように妾が全部やったことにされかねぬ」
「ミュリーシアは女王に向いてると信じているんだがな」
「妾が女王なら、共犯者は大臣。否、宰相じゃの」
「そこは、行政機構を整えてからだな」
「上手く逃げおってからに」
不意に、ミュリーシアが高度を上げた。
まるで、誰にも聞かれたくない話があるかのように。
「それでの、共犯者よ」
「なんだ? 腕が疲れたとかは勘弁して欲しいんだが……」
「そうではないわ。ただ、その……のう。これからもよろしく頼む……と、まあ、そんなことを言いたくての」
「当たり前だ」
勇気を振り絞った、ミュリーシアの告白。
にもかかわらず、トウマはまったく普通に返した。
これには、ミュリーシアがトウマを見る自然と視線が鋭くなる。
「そこは少しは照れぬか」
「俺とミュリーシアは共犯者なんだろう? なら、よろしくするのは当然だから照れる必要はない」
「……シアで良い」
「シア?」
「そうだ。親しき者はそう呼ぶ」
「分かった。これからもよろしくな、シア」
「だから、少しは照れよ!」
夜空に笑い声が響く。
建国祭が終わった後。
こうして、二人は改めて“共犯者”となった。
作者ではどうしようもない諸事情があり、明日の更新は遅れます(22:00ぐらい?)。
申し訳ありませんが、今後もよろしくお願いいたします。
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