元祖魔剣少女

それぞれの想いを胸に四人の少女が戦いの場へと足を踏み入れる。
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第二十五話 疾風迅雷

公開日時: 2020年9月28日(月) 19:00
文字数:1,732

「本来、鬼退治は桃太郎か源頼光辺りの仕事なんだろうけど……」


そうぼそりと呟く鬼怒笠きぬがさ雨月うげつの前髪が右眼を覆う様にはらりと垂れる。しかし、そんな事など気にもせず目の前にいる残りの鬼を見つめている。


先程の斬撃で解放した刀気が既に回復し、雨月の身体でぎゅうっと濃縮されていくのが伊桜里には分かった。


尽きない刀気。あれだけの刀気を解放してしまったなら普通の人間、否、いくら四家の人間でも同じ量の刀気を回復するのには時間がかかる。しかし、鬼怒笠雨月はそれをさらりとやってのけた。無尽蔵の刀気。いくら鬼怒笠家当主としてもまだ十六歳。その小さな雨月の身体のどこにそれを無尽蔵に作りだす力があるのか……伊桜里は自分よりも身体的にずっと小さな雨月を見つめている。


その視線に気づいたのか、雨月が鬼より視線を外し、ちらりと伊桜里の方を見た。雨月と目のあった伊桜里は、何だか恥ずかしくなり慌てて目を逸らす。そんな伊桜里の姿を見て雨月がくすりと笑った。


「可愛いひとだ」


雨月の呟きが伊桜里の耳に届いた。かぁっと顔が火照ってくるのが分かる。伊桜里は同性愛者では無い。小さな頃より、一族内で定められた許嫁もいる。しかし、雨月の姿に見蕩れていた自分を知られてしまった事への羞恥だけで顔が赤くなった訳ではないと思った伊桜里であった。


再び鬼へと視線を戻した雨月。やはり脇構えである。じりじりと妖魔へと間合いを詰めて行く。


妖魔は雨月に向かい大地が震えそうな程の雄叫びを上げるが、雨月はまるで草原に吹くそよ風を受けた時の様に微動だにせず、それを流していく。


「どうした?来ないなら私から行こう……」


軽く半歩踏み出した雨月へ妖魔が金棒を脳天目掛け振り下ろす。ごうっと言う音が伊桜里の所まで聞こえてきた。しかし、雨月は避ける気配が無い。


またゆらゆらと雨月の身体が蜃気楼の様に揺れた。伊桜里その姿を目に、心に焼き付けようと雨月の後ろ姿を見つめている。


どんっ!!


腹の底まで響く、空気を震わせる重低音が近くにいる伊桜里や小鷹丸だけではなく、少し離れていた玉藻や吽まで伝わっている。


ぶるり……


伊桜里は全身に電流が走るのが分かった。そして全身を覆い立つ鳥肌。目の前で見たその光景は彼女の今まで築き上げてきた経験の中で初めて見る光景であった。


人が消える。


物語りの世界でなら分かる。


しかし、現実世界で人が消えるなんてことはない。実際は消えたと思っていても、それは自分の視野の死角に入られているだけの事であり、見物人などの第三者から相手のその姿は丸見えである。


そうではなかった。一瞬であったが、伊桜里だけではなく、見ていた者の視界から消えたのである。妖魔の振り下ろす金棒が雨月の脳天へと直撃しようかとした時に、空気を震わす重低音を発した瞬間に消えたのだ。


雨月うげつは金棒を振り下ろした妖魔のすぐ横に身を低くし構えている。ふしゅっと雨月の息を吐く鋭い音が伊桜里いおりの耳にも届いた。


きらりと備前長船長光びせんおさふねながみつが月明かりに照らされて光る。その光りが尾を引き線となり、宙を舞っているかのように伊桜里には見えた。美しい光りの曲線である。それが幾重にも重なり、夜の闇に浮かび上がっていく。


妖魔の叫び声と共に、その光りがゆっくりと闇の中へと溶け込んで消えていった。


足元に転がる三つの魂玉を拾い上げる雨月。身に纏っていた刀気が、嘘のように消えてしまっている。拾い上げた魂玉を小鷹丸へと渡し鞘を受け取ると、ぱちりと刀を鞘へと納めた。


そして、ふぅっと一息ついた雨月は、くるりと伊桜里の方へと体を向けると、にこりと微笑んだ。伊桜里はその雨月の笑顔にどぎまぎしながらも、何とか笑顔を返すことができた。


「君のように、スマートな討伐は私には出来ないが、それでも君の足を引っ張らない事くらいは分かってくれたかい?」


雨月のその言葉に、ただ呆けた様に見つめる事しか出来ない伊桜里であった。


「よし、これでお互いの手の内を少しは見せれたわね。それじゃぁ、気兼ねなく残りの妖魔討伐へと向かいましょうか?」


いつの間にか二人の背後に来ていた玉藻。にやりと妖艶な笑みを浮かべると、薄らとしか見えない廃村の先に視線を向けた。


二人は玉藻の言葉に顔を見合わせ頷くと、小鷹丸と共に廃村の奥へと歩き出した。

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