先程までいた水車小屋脇の風景ではない。
ごろりと転がる数多の岩。所々にその岩が積み重ねられていた。そして、灰色の世界にお地蔵様の赤い頭巾と前掛けがやたらと目立っており、よくあるお地蔵様のその姿が、この世界では異質なものに感じてしまう。
「この感じは……茨木さんや鈴鹿御前のあの世界と同じ……」
「そうやね……咲耶ちゃん。私もそう思っちょるよ」
落ち着き周りを見渡す佳代と咲耶の二人とは逆に、千草だけは驚きを隠せず動揺している。
「落ち着いてください……千草さん。これは多分……サトが呪いで作った結界の中の世界です」
「結界の中の世界……?」
「そう……術者の得意とする舞台を結界の中に作るの。そして、この世界は術者の思いのままに変化させることができるわ」
咲耶が千草へと説明している間、姿を表さないサトの気配を探る佳代。鴉丸達の姿が見えない。その気も感じる事がない。恐らく、この結界の中の世界へと誘い込まれたのは、佳代達の三人だけのようだ。
ある程度の説明を終えた咲耶達も佳代と同じようにサトの気配を探るが一向に感じる事がで居ないでいる。
確かに居るはずである。
結界の中へは術者も一緒に入らなければ、この世界を作り出すことができないからだ。
その事は一通り、御影様や鈴鹿御前達から教えて貰っている。
「どこかにおるはずやけど……」
三人背を合わせどの方向からサトが攻撃を仕掛けても良いような立ち位置となった。背後だけは取らせない。
ゆっくりと進む三人。暫く歩いていると、跨いで渡れるほどの小川が見えてきた。その周りには、積み重ねられた石の塔がある。先程の場所にも幾つかあったが、その比ではない。
「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため……」
どこからが悲しく寂しげな幼い声が聞こえてくる。
よく目を凝らして見てみると、その石の塔の周りに小さな子供達が塔を高く高くしようと、石を積み上げ続けている。
「これは……石積みの刑……」
石積みの刑。
親に先立ち死んでしまった子達が、その親不孝を詫びながら石を高く積み上げる。善行を積む為に一生懸命に高く積み上げる。しかし、その都度、獄卒達に崩され、もう一度、最初からやり直す。それが永遠に繰り返されていく。だが、そこに地蔵菩薩が現れ、その子達へと救いの手をさしのべる。だから、そんな子達を救って欲しいと、残された父母達がお地蔵様には赤い前掛け(涎掛け)を着せるようになった。
そして、その場所は賽の河原。現世と冥途の境にある三途の川の河原である。
「お地蔵様に賽の河原……ここは……恐山?」
千草が呟いた。
「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため、三つ積んでは……」
幼い子達の声に混ざり、サトの声が聞こえてきた。その方へと視線を向ける三人の目に、石を詰めあげる子達に慈愛の目を向けているサトが立っていた。
「たくさんの子達があの戦争に巻き込まれ死んでしまいました。大人達の起こした戦争で、罪のないこの子達は親より先に死んだ親不孝者という罪を背負わされ、未だ三途の川も渡れずここにいるのです」
一心不乱に石を積み上げる一人の幼子の元へとしゃがみこみ、その頭を優しく撫ぜる。
「私はそれを地獄の底から見ておりました。積んでは崩され、積んでは崩され……それでも父のため、母のためよと……また積み始めるのです……地蔵菩薩の救いを待って」
「……」
じゃらりと数珠の音がする。すると、ざぶりとあの小川の向こうから鉄棒を持った獄卒達が姿を現し、子達が積み上げた石を無残にも蹴り倒していく。泣き叫ぶ子達。それを止めもせずに見ているだけのサト。
「止めんのかっ」
千草が叫ぶ。その千草をちらりと見たが、直ぐに視線を泣き叫ぶ子達の方へと向けた。
「止めません……止めてもその幼き背中に背負った罪は消えません……止めれるのは地蔵菩薩だけ」
いつの間にかサトがその手に風車を持っていた。真っ赤な色をした羽が風に吹かれて勢いよくまわっている。
くるくる、くるくるとまわり続ける風車。
「それでも私はこの子達を救ってやりたかった……だから地獄の底で考えていました。どうやったら救えるのかと……」
持っていた風車を積まれた石の塔の脇へと刺す。それを幾人かの子達がじっと見ていた。
「そして、私は反魂術で、呼び戻されました」
「そして、私を呼び戻した人間から教えて貰いました。より神通力を高め、この子達を救う方法を……私はこの子達を救う地蔵菩薩になるのです……その為にもたくさんの魂玉が必要……」
もう一度、じゃらりと数珠を鳴らすと、石の塔を蹴り倒していた獄卒達が一斉に三人の方へと体を向け、歩み寄ってきた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!