「こんばんは、濱田さん。こぎゃん夜更けにどこかへお出ですか?」
暗闇の中から声を掛けられた濱田は特に驚くことも無く、清彦と千歳へと微笑んだ。
「あら……神主さんこそ、仲良く夫婦揃って」
まるで散歩途中に出会ったかのような素振りで返す濱田。千歳は槍を持つ手に力を込めた。
「そのような物騒な物を持って……鬼退治にでもいくのですか?」
ちらりと槍の方へと視線を向ける濱田が、にんまりと口元に嫌ぁな笑みを浮かべた。
佳代達の刀と同じように、清彦と千歳の持つ槍にも呪いが施されており、普通の人間には見る事が出来ないはずであった。
濱田には見えている……
清彦と千歳の二人が濱田を挟むように立つ。逃げ道を作らせない。そして、さらに懐から文字の書かれた四枚の和紙を取り出した千歳がぶつぶつと呪いを呟きふわりと投げると、和紙が四体の式へと姿を変えた。栃木県は日光にある日光山輪王寺の夜叉門を護る四人の夜叉、毘陀羅、阿跋摩羅、ケン陀羅、烏摩勒伽の姿。
「あらまぁ……式まで。それも……大層ご立派な見掛けだ事……」
四体の式を見ても全く動じない。
「見掛けだけではありませんよ?」
千歳が槍を構え濱田へと答えた。二十二で千草を産み、今年で四十になる。妖魔討伐隊士として全国を駆け回っていた十代の頃よりも体力は落ちている。それは自分自身でもわかる。しかし、出動回数は減り、加藤家の正統後継者として千草へ当主の座を譲ったとしても、日々の鍛錬は怠っていない。
まだ千草にも遅れは取らない。かつて妖魔討伐隊士の中でも一二を争う槍の使い手と言われた意地もある。
同じように清彦も構えた。
白い上衣から見える前腕は今も鍛錬を続けている事を知らしめる程に引き締まり太かった。
「ふふふ……流石は槍の名手と謳われたお二人……今でもその構えに隙がないわね……」
しゃらりしゃらりと濱田の持つ数珠が音を鳴らす。
今でも……?
濱田を知ったのは、彼女が戦後、この村にある学校へと赴任しに来た時に挨拶をした時だったはず……
しかし、濱田の言葉では昔から清彦と千歳の二人を知っている口振りであった。
ぞくりぞくり……
清彦の背中に何やら嫌な感じが走る。千歳の方へと視線をやると、どうやら千歳も同じようである。
「さぁ……妾もあまり遊んでいる時間はないのです……早くはじめましょうか……」
笑みを貼り付けたままの濱田の顔。その濱田が印を結び、数珠を大きく鳴らした。
その時である。
華奢な濱田の体から火山が噴火したように勢いよく溢れ出す神通力。日頃から鍛錬していなければその神通力にあてられ噎せかえり呼吸が出来ないところであった。
じとりとした汗が清彦の額から滲み出てくる。
「き、貴様は……」
「そう……思い出して下さいましたか?」
忘れもしない二十年前の妖魔討伐。
二十人程の討伐隊士を引き連れ、とある女の元へと向かった。
下北半島の中央部にある霊山として名高い恐山。そこに一人の老婆がいた。死者の魂を口寄せする霊能者、所謂、イタコである。
その老婆があろう事に、死者の口寄せだけではなく、死者の魂を魂玉にして妖魔まで作りだしているという。
その真意を調べる為に幾人もの討伐隊士が向かったが誰一人として帰ってくる者はいなかった。
そんな時に白羽の矢が立てられたのが、清彦と千歳であった。当時は妖魔討伐隊士の中でも有能な二人が率いる討伐隊士二十名。しかし、その老婆の神通力は想像を遥かに超え、帰還した討伐隊士は半数以下となっていた。
だが、確実にあの老婆は死んだはずである。それが何故二人の目の前に……
「サト……生きとったか」
「ふふふ……あの時、妾は確かに死にましたよ?だけど……こんな妾を静かに寝せちゃくれない人がいたんです」
暗闇の中、濱田……否、サトの体が白く光っている。体中から神通力が溢れ出している。
「さぁ……あの日の続きを……」
ゆっくりとサトが一歩を踏み出した。
「ちぃえりゃぁぁぁぁ——っ!!」
清彦が鋭い掛け声と共に刺突をサトへと繰り出した。その掛け声が夜の帷の中に響き渡った。
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