「婆さん譲りやなぁ……おもろいわ」
ぶんぶんと振り回される金棒に逆らうこと無く、ゆらゆらと絶妙な間合いで流れる様に避ける咲耶。その顔にはふわぁっとした笑みさえ浮かべている。
その足捌きには砂埃さえも立たず、妖魔の振るう金棒の風圧でひらりひらりとセーラー服のスカートが舞うだけであった。
「にゃぁぁぁっ!!」
猫又が一声鳴いた。
とんっ
振り下ろした金棒を上げる暇を与えずに咲耶が先程の動きとは別人の様な速さで金棒を握る妖魔の手首を斬りつけた。
大きな音と共に握ったままの手首がついた金棒が地面へと落ちる。
しかし、妖魔はそれでも怯むことなく、鼓膜が破れそうな程の咆哮を上げると、金棒を逆の手で拾い上げぶうんと振り上げた。
しゅんっ
空気を斬り裂く様な音がした瞬間、妖魔の体を下から斜め上にきらりと光りが走る。
「見事な連携や……茨木の服ぅ斬っただけのことはあんなぁ」
顎を擦りながら感心したように呟く酒呑。それに頷く熊童子達。阿だけがきょとんとしている。
耳を塞ぎたくなる様な大きな叫び声と共に、その大きな身体を真っ二つに斬られた妖魔が闇の中へと霧散し消えていく。そして、霧散した後に現れたのは、魂玉を拾う鴉丸と鬼切安綱を鞘に納めた佳代の姿。
「作戦成功ですっ!!」
咲耶も菊一文字則宗を鞘に納める。
「竹子達と同じやなぁ。血は争えんか」
喜び合う二人を見ている酒呑はにやりと笑い瓢箪を口につけた。ぐびりと喉がなる。
「おい!! 喜ぶんは早いやろ!! まだ一体目やぞ!! 気ぃ抜くなや、ボケッ!!」
大声で声を掛ける酒呑。しかし、言葉とは裏腹にその声色は明るかった。そんな酒呑を見て熊童子と金熊童子の二人がくすりと笑う。
「牛頭がおるなら馬頭もおったりしてな」
鴉丸が冗談を言うような口調で佳代達二人にそう言うと、へへへっと鼻を擦った。
「この阿呆娘!! フラグ立てんなやっ!!」
ぶんぶんと腕を振り上げながら酒呑が怒鳴っている。そんな酒呑を不思議そうに見ている鴉丸。
「……フラグってなんやの、咲耶?」
「フラグって言うのはね……」
咲耶が鴉丸へ『フラグ』の説明をしようとした時である。
鼻をつく腐臭と共にゆらゆらと空間の歪みが三つ、佳代達を囲む様に現れた。いきなりフラグ回収イベント突入の予感である。
「佳代様達、早く……」
金熊童子がそう声を掛けようとしたのを酒呑が止めた。そして、金熊童子へと首を振る。
「手出し口出し無用やで」
「……」
佳代達を囲む歪みが徐々にその形がはっきりとしたものになっていく。どれもが先程の牛頭の様に大きな身体をしている様だ。
「……!! あかん、二人共早く斬らな!!」
鴉丸が佳代達へそう叫んだと同時に二人は抜刀し、陽炎の様に揺らめく妖魔へと斬りかかったのである。
高く鋭い金属音が辺りへと響き渡る。一歩遅かった様である。二人の刀をそれぞれの妖魔達が防いでいた。
牛頭が一体に、馬頭が二体。
先程の牛頭と同じく見上げるほどの巨体である。体の大きな阿さえも小さく見えてしまう。
三体の妖魔が一斉に雄叫びをあげた。
それだけで身動きが取れなくなるくらいの振動が佳代達の体を襲う。特に体の小さな鴉丸は、その振動に耐えきれず片膝をつき耳を抑えている。
どうにかして、鴉丸だけでもこの場から……そう思った佳代は咲耶へ目配せをすると、咲耶も同じ事を考えていたのか、鴉丸さんをお願いしますと一声掛け、一番近くにいた槍を持つ馬頭へと斬りかかる。
佳代はごめんと鴉丸へ言うと、むんずっと襟首と腰紐を掴み抱えあげ、阿のいる方へと走りながらぽうんと鴉丸を投げた。しかし、僅かに阿には届かず、地面に落ちたどすんっという鈍い音が聞こえてきた。
それでも、牛頭や馬頭からは引き離す事が出来た。
急いで咲耶の元へと駆けつけながら、鬼切安綱の鯉口をかちりと切り、いつもの抜刀術ではなく、その美しい刀身を抜刀した佳代。
ゆらりゆらゆらと妖魔達の攻撃を躱している咲耶だが、さすがに三対一では分が悪い。
鴉丸を無事に助けた阿が酒呑の方へ無言で振り返る。しかし、酒呑は無言で首を横に振る。
「手出し無用」
ぎりぎりと歯を噛みしめながら戦況を見守る鴉丸と阿。次第に咲耶が妖魔達に追い詰められていく。
咲耶の真っ直ぐに切りそろえられたさらさらとした前髪が、額に汗でぺたりとくっついている。短時間でそれだけの汗をかく程に切迫しているのだ。
馬頭が繰り出す槍の突きをふわりと躱し、槍を引くのと同時に刀身を槍の柄に滑らすように、馬頭の間合いへと入っていく咲耶。しかし、その後ろから咲耶の脇腹へと槍を突き刺そうとする、もう一体の馬頭。
きぃんっ!!
脇腹を突こうとした馬頭の槍が上へと跳ねあげられた。佳代である。ぎりぎりで間に合った。
その瞬間、佳代の背後から妖魔の大きな叫び声が聞こえてくる。引く槍に合わせ間合いへと入った咲耶が、一刀両断の元、馬頭を斬ったのだ。
立ち上る霧となり消えていく馬頭。ぽとりと落ちた魂玉をいち早く拾った咲耶が佳代と背中合わせになった。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、佳代ちゃんを信じてたから」
お互いにふふっと笑い合うと、佳代は目の前の馬頭に、咲耶は牛頭にそれぞれ構えた。
咲耶が横に走り出す。それを牛頭が追う。ぶうんぶうんと振り回す金棒の風を切る音だけが辺りに響く。紙一重でゆらりと躱す咲耶。まるで蜃気楼でも相手にしているかの様な手応えであろう。
「ふん、未熟者のくせに、神貫の足捌きだけは、ほんまに見事やなぁ……ありゃぁ、婆さん越えんで」
振り回しても打ちつけ様にも、一向に当たらない金棒。しかし、妖魔である牛頭は疲れることが無い。ふしゅっと鼻から腐った魚の様な臭いの息を吐き出す。
牛頭相手に今まで受ける事しかしてこなかった咲耶がゆるゆると動き始めた。散歩でも行くかの様に、ゆったりとした動きである。彼女の動きに合わせ、スカートの裾がふわりふわりと揺れる。
牛頭は大きく息を吸い込むと、一気に吐き出すように咲耶へ向け鼓膜が破れるかと思う程の彷徨を上げた。
びりびりと空気が震える。
「ふふふ……」
そんな咆哮に動じる様子など微塵もない咲耶の顔に、ほわっとした笑みが浮かんでいる。
ふわり……
構える事もなく、力む事もなく、宙に舞う羽毛の様にふわっと軽い足取りで咲耶の爪先が牛頭の間合いの中に入る。今が戦闘中であるという、その事さえも忘れているかの様に。
さらりと咲耶の髪が靡く。
ふわり……
更にもう一歩、牛頭の間合いに踏み込む。
ふわり……
足を止める咲耶。
腐臭混じりの吐息が顔に当たる位置。それでも咲耶の顔には先程からほわりとした笑みが変わることなく浮かんでいる。
すうっと大きく息を吸い込む咲耶。
牛頭の締まりのない口元から、ゆっくりと糸を引きながらだらりと涎が垂れ落ちていく。
金棒が華奢なその体を真っ二つにへし折らんとする勢いで横に薙ぎ払らわれる。
ひゅっ!!
咲耶の口から鋭い音と共に息が吐かれた。
その金棒の勢いに逆らうことなく、菊一文字則宗の刃に沿い滑らすように金棒の軌道を変える。
ふわり……
牛頭のがら空きの懐へと滑り込む咲耶。月の僅かな明かりが菊一文字則宗の美しい刀身を、更に美しく輝かせる。
「左様なら、黄泉へと送りましょう……」
とんっと咲耶が踏み込んだ足が地面へと着いた瞬間、先程までのふわりとした緩やかな動きではなく、菊一文字則宗が空気を切り裂く音と踏み込んだ足元から上がる土煙。まさに疾風迅雷の如くである。
咲耶より跳ねあげられた腕は振り下ろされる事もなく、牛頭の身体は霧散し消えてゆく。
鈍い光りを放つ魂玉が、ころりと咲耶の足元へと転がってくる。それを摘み広いあげた咲耶は、かちりと菊一文字則宗を鞘へと納めた。
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