「あぁ……悪かね……妖魔やけん馬に蹴らるる前に死んでしもうとったね」
身の丈よりも遥かに長いその槍を軽々と頭上で回すと、妖魔の方へと穂を向けぴたりと止めた。まるでその槍の重みを全く感じさせないその動き。
ゆっくりと妖魔が千草の方へと近づいて来る。だが、千草は槍を構えたままぴくりとも動かない。そして、千草の間合いへと入ってきた妖魔。耳まで裂けた大きな口からぼたりと涎が糸を引きながら落ちていく。
片鎌槍の穂がつうっと動いたかのように見えた。
その瞬間である。
その穂が妖魔の体を貫いていた。しかも、四箇所。なんという速さの刺突であろうか。たまらず引き下がった妖魔と同じ分だけ詰める千草。妖魔をじわりと追い詰めていく。
あとのない妖魔がもう一度、千歳へと襲い掛かってくる。そのタイミングに合わせて繰り出す刺突が、見事に妖魔の魂玉を貫いた。
塵となり風に吹かれ飛ばされていく妖魔。千草に貫かれた魂玉がゆらりと煙のように大気へと溶けていく。
それに手を合わせる千草。
弱い……明らかに妖魔となって間もない魂玉。恐らく、魂を喰らったことすらないであろう。
ふと、何か違和感を感じた。
しかし、それが何かが具体的に分からない。そんなもやもやとしたものを感じている時であった。
ぞくり……
今までこの辺りで感じたことの無い妖魔の気を感じた。
思わずその気の方へと顔を向ける千草は、その方向に四組目の家がある事がすぐに分かった。
四組目の家には両親が張り込んでいた。二人ともかなりの手練である。余程の事がない限り大丈夫なはずである。しかし、千草は何故か不安な気持ちでいっぱいになってしまっている。
『急ごう』
千草はちらりと麻美と寛太の方へと視線を送った。二人はまだそこにいる。だが、妖魔の気配は感じない。大丈夫だろう。千草は二人を置いて、その場を後にした。
四組目の家は戦後に村へと入ってきた家である。濱田キク。家族はなく独身者。二十代後半の女性であり、この村にある小学校の先生だ。この時代の平均初婚年齢は二十三才くらいであるなか、なかなか良いか人と巡り合わせなかったのか、一人で細々と暮らしていた。
その家の近くに流れる川に水車小屋がある。その中からちょうど濱田の家が伺える。
亥の初刻を半分ほど回っている。
まだ、部屋の電気がついており、カーテン映る動く人影も確認できた。
「特に動きはありませんね……」
千草の母である千歳が水車小屋の窓から濱田の家を見つめながら、そう言った。
「うむ……」
同じように濱田の家を見ている清彦。
何か気がかりな事でもあるのだろうか。二人は濱田の家の方から全く目を離そうとしない。
ここに張り込みを開始して一刻半。
撤退の子の正刻まで、あと三十何か動きがあるはず……清彦と千歳はそう睨んでいるのだ。確証なんてない。ただ、長年務めてきた討伐隊士としての勘である。
「必ず……動く」
そう呟いた清彦は側に置いてある槍へと手を伸ばした。
そして、何も起こらないまま子の正刻もあと僅かとなった時である。がらりと玄関の引き戸が開き、白装束に身を包んだ濱田が姿を現した。その手には、太い数珠のようなものが握られている。
「動き出しましたね……」
千歳が真っ直ぐに濱田を見ながら言うと、清彦もこくりと頷き、槍を手に取った二人は水車小屋を出て、濱田の前へと立った。
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