それだけではない。
あれ程までに佳代達を苦しめていた鈴鹿御前の気が嘘のように消えてしまっている。
それどころか、あの鈴鹿御前が地面に手を付き頭を下げている。
それにならい酒呑や玉藻、そして僧正坊に茨木、星熊達四姉妹など、その場にいた全員がひれ伏していた。
そこに居たのは、額当を着け、純白の表衣と袴、手にはぼんぼり扇を持つ水干姿の祭司の格好をした女性。
濡れ羽色の腰あたりまで伸びた長く真っ直ぐな髪を両肩へと二つに分け垂らし、先の方を白く太い紐で結んである。少し困ったように下がった眉に開いているかどうか分からない瞳。厚くぷるんとした可愛らしい唇。
「……御影様、何故このような所に」
鈴鹿御前が震える小さな声で尋ねると、御影様と呼ばれたその祭司姿の女性がにこりと微笑んだ。
「あのような大きな気をここら一帯で出されたら、気になるのは当たり前でしょ?」
ほわんとした表情にゆるりとした動き。
これがあの日本中の妖魔討伐隊の頂点に君臨すると言われる御影様なのか?
「で……どうしたのぉ、鈴鹿御前?」
鈴鹿御前と酒呑、玉藻達が今までの経緯を御影様へと手短に話した。それをふんふんと頷きながら聞いていた御影様が、今度はあの少女と頼光達へと視線を向けた。
「なるほど……話しは分かりました」
つつっと滑るような足取りで少女達の方へ近づく。
「どのような目的で扉を開いたのかは……ここでは言わずとも良いでしょう。お陰で私も手間が省けましたから……でもね……この娘達は、そちら側へは行きませんよ」
「……今は……でしょう?特にあの金剛の娘、伊桜里はどちらかと言うと……こちら側に向いているかと」
「それはどうでしょう?あの四人はこれからの人間。如何様にも変化はしていくものです……」
「確かにそうですね……それならば、まだこちら側にも転ぶ事もある……と言う事」
静かである。
お互い牽制し合っている事はわかる。
だが、先程の鈴鹿御前の時のような気の乱れが少しもないのだ。
本当に、静かだ。
「こんな所で言い合っても意味はありません……それでは、私どもはお暇させて頂きましょう」
にこりと微笑みそう言うと、少女は御影様へと深々と頭を下げ、まるで空気中に溶けていくように姿を消した。
「鈴鹿御前……少し急がねばならないようですね」
「分かりました」
鈴鹿御前の返事を聞いた御影様が、今度は佳代達四人へと体を向けた。
「鬼丸家、神貫家、鬼怒笠家、金剛家の娘達よ」
それぞれに名前を呼ばれた四人は、大きな声で返事をした。その返事に頷きながら、ゆっくりと近づいてくる御影様。
気とは違う重圧が四人の体に重くのしかかる。
「まずは宿に戻り、その疲れた体を休めなさい。そして、体力が戻ったら……私の所に来てください」
そう言うと御影様はくるりと四人へ背を向け、闇の中へと去っていった。
だらりと全身へ流れる汗。
今まで感じたことの無い気とは違う御影様から発せられていたもの。
その重圧から解放された四人は崩れるようにその場へと倒れ込んだ。
その四人へと駆け寄る鈴鹿御前達。
これからこ自分達を待ち受ける戦いが、今夜とは比べ物にならない事など、気を失っている四人が知る由もなかった。
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