紅葉の胸より手が生えてきている。雷獣にはそう見えた。確かに、電撃が直撃した。いくら妖魔とてしばらくは動けないはずである。しかし少女は何事も無かったかのように動き、紅葉の胸を手刀で貫いた。
紅葉の口や鼻からごぼりと大量の血が吐き出され、ひゅうひゅうと空気の漏れるような呼吸音がしている。
強い……否、強いというレベルではない。確実に雷獣や紅葉達を凌駕している。なんで鈴鹿御前はこのような妖魔を準備したのか?雨月や伊桜里がこの妖魔に対抗できるはずがない。
ずぶりと妖魔が紅葉を貫いていた手を引き抜くと、紅葉は膝から崩れ落ちそのまま前のめりに倒れていった。
まだ、紅葉は辛うじて生きている。
倒れた紅葉を踏みつけゆっくりと雨月達の方へと歩を進める少女の姿をした妖魔。しかし、あと数歩のところで妖魔の足が止まった。玉藻が刀気を強めたのだ。
額から滝のような汗を流し、刀気を出し続ける玉藻に長い間仕えてきた雷獣も、これほどの刀気を発する玉藻を見た事がなかった。
玉藻の刀気がなかったら、もし、この場に玉藻がいなかったら、既に全滅していたかもしれない。雷獣はそう思うとぶるりと震えが走った。
仮にも東日本に雷獣ありと恐れられた妖である。その雷獣さえも太刀打ち出来ない程の妖魔を刀気で抑え込んでいる玉藻だが、そろそろ限界に近付いている事は雷獣の目から見ても明らかであった。
「雷獣!!まずはあの二人をこちらへ連れてこい!!それから……紅葉だ!!」
後ろから玉藻が叫ぶ。急いで雨月達の元へと駆け寄った雷獣が二人を連れていこうとした時だった。
左腕に焼けた鉄を当てられたような激痛が走ったのだ。ぼとりと自分の左腕が体を離れ地面へと落ちる。
「……っ!!」
歯が砕けそうな程に食いしばり、口をこじ開け飛び出そうとする悲鳴を堪えた雷獣。それでも雨月達の体に触れ、軽く電流を流し覚醒させようとしている。
先程の電撃で雷獣の体力もそう残ってはいない。しかし、力を振り絞り二人へと近づきそっと触れた。
びくんっと二人の体が跳ね上がると、薄らと瞼を開いた。
「玉藻様の元へ急げ……」
目の前の状況がのみこめない二人を急かすようにそう言うと、雷獣はくるりと妖魔の方へと向いた。
「早く……行け!!」
よろめきながら玉藻の方へと移動する二人を見送った雷獣は、ふうっとため息を一つつくと妖魔をぎろりと睨んだ。
無表情のまま、からくり人形のようにぎこちなく動いている妖魔。その右手だけが赤く染まっている。
……おかしい。
いくら相手が自分より強いとは言え、この様な動きの妖魔相手に腕を切り落とされるはずはない。紅葉も同じであろう。
雷獣がちらりと玉藻の方へと視線をやる。二人は何とか玉藻のところへとたどり着いた。あとは、どうにかして紅葉を連れ戻さなければならない。
崩れ落ちそうになる体に無理矢理力を込め、妖魔と対峙する雷獣。ただでは死なぬと妖魔へ向かいにやりと笑った。
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