茨木の大斧の一回り以上も大きな斧を盾のように使い雨月の備前長船長光を防ぐ鎧武者。その体躯はまるで羆を連想させる太い筋肉に覆われている。
「……非力」
鎧武者の男は、自分の胸にも満たない身長の雨月を見下ろしながらぼそりと呟く。その鎧武者を見上げた雨月が睨みつける。
「……眼力だけは一人前か?」
もう一度構える雨月。そんな雨月を男は無表情で見つめているだけだった。
先程よりも刀気を溜めていく。みちりみちりと雨月は自分の体が悲鳴をあげそうになるのを必死で堪え、極限まで刀気を高めようとしている。
「駄目よ、雨月っ!!それ以上は、まだ体が追いつかないわっ!!」
玉藻が叫ぶ。
雨月の額に玉のような汗が次々に吹き出し、頬を伝い流れ落ちていく。
「……むぅ?」
頭が割れそうだ……
内臓が破裂しそうだ……
四肢が弾け飛びそうだ……
ぶちぶちぶちぶち
まだ溜めれる……
刀気を溜める事だけに集中しすぎていた。
鎧武者の振り下ろす大斧に気づくのが遅れてしまった雨月。しかし、大斧は雨月のすぐ目の前の地面へと叩きつけられた。その衝撃で後方へと吹き飛ばされる。
それと同時に体に溜まっていた刀気が抜けていく。吹き飛ばされた事で、雨月の集中が途切れたのだ。
はぁはぁと荒い呼吸で何とか立ち上がる雨月。
溜めすぎた刀気の後遺症のせいで体中が悲鳴を上げている。
もう、立つのだけで精一杯であった。
次の一撃を喰らえば……死ぬ。
しかし不思議な事に、男は大斧を肩に担いだまま元の場所へと戻り、また無表情な顔で雨月を見ている。
「何故……?」
がくりと膝をつく雨月。そして、彼女の目に伊桜里と咲耶の姿が入った。
伊桜里と咲耶の二人も、それぞれ鎧武者達と対峙している。
伊桜里の相手は小柄な鎧武者。まぁ、小柄とは言っても他の三名と比べればの話しで、雨月よりも全然大きく、長身の伊桜里と変わらないくらいではある。
その鎧武者は、伊桜里の三日月宗近を刀が入ったままの鞘で受け止めている。
「……巧い。だが……それだけだ」
鈴を転がすような声。
さらに二度三度と打ち込む伊桜里の剣戟を、涼しい顔をして防いでいる。
「……その先にあるものを追い求めよ」
刀を弾かれ肩で大きく息をしている伊桜里へ、その鎧武者が言った。
「その先にあるもの……」
「そう……それを手に入れられたのなら、ぬしの願いは成就できよう」
「私の願い……」
「その胸の奥底にしまい込んでいるだろう?私には分かる」
意味深な言葉を残し、頼光の側へと戻った鎧武者。
これ以上、伊桜里に攻撃を仕掛ける体力は残っていなかった。
「剣を退きなよ、お嬢ちゃん?」
へらへらと笑みを浮かべている背の高くひょろりとした鎧武者。しかし、その表情とは裏腹に咲耶の菊一文字則宗をこれまた鞘に納めたままの刀で防いでいる。
「……くっ!!」
咲耶の綺麗に整った眉の間に深い皺が刻みこまれる。
「折角の美人が台無しだぁ」
そう言うと鎧武者はするりと菊一文字則宗を逸らすと、とんっと軽くはね上げた。
ばっと飛び退いて間合いを開ける咲耶に、鎧武者は刀を肩へ担ぐように持ち、あのへらへらとした笑みを浮かべながら見ているだけだった。
何故……仕掛けて来ない?
三人の鎧武者だけではない。
佳代と対峙している渡辺綱も同じである。
とっくに佳代の鬼切安綱を退けているのに関わらず、刀を鞘に戻し、四人で頼光を囲むように護っているだけであった。
「坂田金時、卜部季武、碓氷貞光……そして……渡辺綱。頼光四天王揃い踏みやなぁ」
「……顔を見たくもありませんでしたけどね」
酒呑の言葉に苦虫を噛み潰したような表情で答える茨木。
「……ふん、儂も見たくなかったわ」
雨月を相手にしていたと鎧武者、坂田金時がぼそりと呟いた。
「さっさと足柄山に帰って熊と相撲の稽古でもしときなさいよ」
玉藻が坂田金時へ薙刀を向けながらそう言うと、伊桜里の相手をしていた鎧武者、卜部季武がくすりと笑った。
「余裕やなぁ……」
「へへへっ、相変わらず別嬪さんだなぁ、酒呑」
酒呑の言葉に軽口で答える咲耶を相手にしていた鎧武者、碓氷貞光。
「なんで仕掛けて来ぃへんのや?」
その軽口を無視して尋ねる酒呑に、佳代から視線を外した渡辺綱が答えた。
「我ら四天王は力が解放され、以前にまして力をつけました。しかし、頼光様はまだ、その力が半分も解放されておらずら生前よりも弱いのです。あなた方と戦う準備は出来ていない……それと」
「それと?」
「今回はあなた方を……そこの四人娘を殺しに来たわけじゃありません。あの方の御要望は扉の解放。真の正当後継者としてのね」
渡辺綱と他の三人はそれぞれ己の目の前にいる佳代、咲耶、伊桜里、雨月の四人を見た。
「雛鳥のまま、殺すにはしのびなかったのでしょうね」
ふふっと笑いながら四人の顔を見回す渡辺綱。同じように卜部季武、碓氷貞光も笑うが、坂田金時だけが相変わらずの無表情である。
「……まぁ、無事に扉は開かれましたが、まだまだ雛鳥と変わらず。そして……そこから盗み見しているお方も恐ろしいので、そろそろ我らもお暇しようかと……」
言い終わった渡辺綱があの大きな岩の方へと視線を向けた。
すると、息の詰まるような刀気辺りへと充満してくるのが分かる。
思わずむせ込みそうになる佳代達四人。
しかし、それを堪え大岩の方を見つめ続けていると、その影から見覚えのある人影がのそりと出てきたのだった。
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