大岩の陰から出てきたのは、鈴鹿御前であった。
あの宿でみた前掛けをつけた着物姿ではなく、黒漆で塗り固められた頭巾、純白の鈴懸に六波羅蜜を表す六つの緋色の梵天が着いた結袈裟を身に纏っている。
その右手には伊良太加念珠、左手には檜扇を持ちゆっくりと佳代達四人の方へと歩いてきた。
しかし相変わらず、その顔にはほんわかとした微笑みを湛えていたが、その小さな体のどこから湧いて来るのか不思議な程の刀気が次から次へと流れ出てきている。
「あらあら……お久しぶりですねぇ、頼光と四天王達」
「お久しぶりです……鈴鹿御前殿」
お互いに微笑みあってはいるが、びりびりとした身を押し潰しそうな気が佳代達を飲み込んでいく。
「……おいおい、鈴鹿御前。洒落にならへんで」
さすがの酒呑や玉藻、僧正坊達の額にもたくさんの汗が吹き出していた。
その汗を僧正坊が手甲でぐいっと拭う。
「ここが佳代様達の為に私が作った世界だと知っています?」
「もちろん存じ上げております」
「知っていてこの狼藉?」
「扉を開く為ですよ」
「時期尚早……その行いは身を持って償って頂きましょうか……」
頼光達の方へと一歩踏み出す鈴鹿御前。
先程よりも気が強くなり立っていられずに地面へと膝をつく佳代達。その側へと駆け寄る酒呑達が護るようにぐるりと囲み、印を結び、何やら呪いを唱えだした。
佳代達を押し潰そうとしていた気の圧力が緩んだ。
「駄目ねぇ……鈴鹿御前。完全にキレちゃってるわ」
ほとほと困ったように話す玉藻に茨木と僧正坊もうんうんと頷いている。
「そう言えば……鴉丸達は大丈夫とですか?」
佳代が辺りを見渡すも、鴉丸と小鷹丸の姿が先程から見当たらない。もしかして、この気にやられて地面に這いつくばっているのではないか……
「あのちびっ子天狗達なら心配ないわ。ああ見えても天狗の端くれだからねぇ……そうでしょ、僧正坊?」
そう言うと玉藻は僧正坊へぱちりとウインクをする。
「そや……佳代ちゃん。あの二人なら大丈夫やさかい……それよりも、今は暴走しとる鈴鹿御前を止めなあかんて」
鈴鹿御前から流れ出る気が突風となり、頼光を囲み護る四天王の体へと容赦なく吹き付けている。
「さすがですね……」
それでもにやりと笑う渡辺綱の額には玉のような汗が吹き出している。
一歩一歩と近づいていく鈴鹿御前に、四天王達もそれぞれの武器を構えている。
咲耶と伊桜里の時には鞘から抜きさえもしなかった卜部季武と碓氷貞光も、いつの間にか抜刀していた。
羆のような体躯に力を込め、その突風に抗うように前へと出る坂田金時。
「……」
「あら金時さん……あなたから逝きますか?」
「下がってくださいっ!!金時殿っ!!」
渡辺綱が叫ぶ。
しかし、閉じていた檜扇を僅かに開いた鈴鹿御前がそれをふわりと横へと払った。
大きな衝撃音が辺りへと響くと同時に、坂田金時の鎧が横一文字に大きく斬り裂かれ、顕になった胸部から鮮血を辺りへ撒き散らす。
「……ぐぅっ!!」
「残念……少し浅かったわね」
そう言う鈴鹿御前の瞳が紅く光る。
ぐらりと後ろへ下がりそうになったが何とか踏ん張り耐えた坂田金時に、鈴鹿御前がさらに檜扇を少し開くと、また横へと振ろうと構えた。
「お待ちください……鈴鹿御前様」
どこからか聞こえてきた声に、横へ振ろうとした檜扇をぴたりと止めた。
鈴鹿御前が右斜め前に視線を向けると、そこには深々と頭を下げた一人の少女がいた。
いつの間にか現れた少女。
髪を結い上げ、額には金色の宝冠、金色の耳環、そして首にかけた玉と鈴のついた頸玉。真っ白な貫頭の衣に緋色の大袖の衣。
まるで古代の巫女が着ている服装。
「あなたは誰?」
鈴鹿御前の問いに顔を上げる少女の顔を見た佳代が驚きの表情となった。
少女がちらりと佳代を見る。
ばちりと目があう佳代と少女。
忘れもしない……
否……忘れる事など出来るはずもない。
佳代が震える小さな声で少女の名を呼んだ。
「キヨちゃん……」
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