「……そこまでです」
佳代の鬼切安綱が頼光の体を斬る直前、ひとつの影が間に割って入ってきた。
頼光と同じ鎧武者である。
「来たかよ……渡辺綱……」
その鎧武者をみた酒呑がぼそりと呟いた。
色気の漂う切れ長の目にうっすらと紅を引いたかのような唇。すらりとした長身。
眉目秀麗……その言葉が渡辺綱の為にあると言われても納得が出来るほどであった。
「お久しぶりです……酒呑童子」
渡辺綱と呼ばれた鎧武者は佳代の渾身の一撃を受けながらも平然と酒呑と会話を交わしている。
これ以上無いくらいの力で押し付けようにと、巨大な岩のようにぴくりとも動かない。
「綱よ……頼光の話しやと鈴鹿御前に呼ばれたんと違うようやし……のぉ……われぇ、誰に呼ばれたんや?」
「……」
「なんや……言えんのかいな……秘密なんか?」
「……否、言えんのではありません。知らないのですよ」
「ほう……知らんとなぁ」
「えぇ……私が呼ばれてから今まで声は聞けど、姿は一度も」
済まなそうににこりと微笑む渡辺綱。まるで刀を押し付けている佳代の事など忘れているかのようだ。
しかし、ならば何故押し返さないのか。
渡辺綱ならばそんな佳代如き楽々と跳ね除ける事など朝飯前のように思えるのだが。
「そうかそうか……で、頼光の話しやと、神通力がとても強いらしいの?」
「はい。頼光様だけではなく、私達まで呼び寄せていますからね……」
「私達とな……やはり坂田金時と碓井貞光、卜部季武も呼ばれたか」
「綱よ……何をぺらぺらと……」
渡辺綱の背後から頼光が声を掛ける。しかし、それに振り向きもしない渡辺綱がふふふっと笑う。
「ご安心を……頼光様。どうせ直ぐに知られる事ですし、あの方も別に隠さなくても良いと」
「……そうか」
「で、酒呑童子。あなたの時間稼ぎももう良い頃では?」
「……ふん、やっぱり食えん奴やなぁ、綱よ」
ぱんっ!!ぱっぱんっ!!
空気の破裂するような音と共に、雨月が頼光へと詰め寄っている。
目を見開き、刀を構えようとする頼光だが、雨月の備前長船長光の方が速かった。
そして、それと同時に、伊桜里の三日月宗近が逃げ道を塞ぐように反対側から斬りつけ、咲耶は菊一文字則宗を振るい渡辺綱の首を落とさんとしていた。
顔が青ざめる頼光に対し、それでも動こうとさえしない渡辺綱。それどころかその美麗な顔に、にたぁっとした笑みさえ浮かべているではないか。
雨月の、伊桜里の、そして咲耶の刀が二人を斬り裂いたと思われた時である。
激しい衝撃音と共に三人の動きが止まった。
土煙が舞い上がり、頼光達を包んでいく。
それを見た酒呑があからさまに大きな舌打ちをした。
星熊の側へとやってきた熊に金熊、虎熊の四人が震えている。
「……ふん、二度と見たくなかった顔ばかりね」
茨木がその美しい顔を歪めながら、吐き捨てるように言った。
舞い上がっていた土煙が風と共に引いていく。
そこには、頼光達を護るように三人の剣戟を抑えている三つの人影があった。
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