「茨木さんっ!!」
佳代と咲耶が同時に叫んだ。茨木が二人の方へと振り返りにこりと笑った。そしてまた、頼光の方へと向き直す。
「ふんっ、残念ねぇ頼光。鬼切安綱はあんたじゃなくて佳代ちゃんを選んだのよ?」
「……何?」
「見てご覧なさい?あの鬼切安綱を。あんたみたいな変態親父なんかより、若くて可愛い女の子の方が良いにきまってるじゃないの」
むわりと頼光の中の気が膨らんでいく。それを感じた茨木がぺろりと唇の端を舐める。
とそんな時である。
すんっと頼光を斬りつける二つの影。しかし、それをぎりぎりのところで躱した頼光。それを見た茨木がちっと小さな舌打ちをする。
しかし、頼光の頬に一筋の斬り傷がついていた。
つつっと絹糸の様に細い血滴が頬を伝い落ちていく。
「うぬらぁ……」
頼光の元いた場所に薙刀を構える星熊と虎熊の姿がある。二人はとんっと後ろに下がると茨木の両隣へと並んだ。
「申し訳ありません……茨木姉様」
星熊と虎熊の二人が茨木へと頭を下げる。
「しょうがないわよ、相手はあの頼光だもん」
「星熊さんに虎熊さんっ!!」
佳代の方へと微笑み掛ける二人。
三人を睨みつける頼光の目は怒りで赤く光っていた。
「もう一度、征伐してくれよう」
そう言うと三人の方へと歩を進め始めた頼光の足がぴたりと止まる。
しゃりん……しゃりん……
金属のぶつかり合う音。
音の聞こえる方へと佳代達が視線を向ける。
そこには見た事の無い一人の山伏装束の女性。
六尺は優に超える背丈。袖から見える腕は女性とは思えない程に太く、そして茨木に負けない豊満な胸。切り株の様に太い首の上には黒く長い黒髪を後ろで一つ結びで束ね、力強い目と燃えさかる焔の様な真紅の唇に不敵な笑みを浮かべている。
「我こそは御影様の右腕であり、鞍馬山の天狗達を統べる大天狗、鞍馬山僧正坊なり」
大地を震わす大きな声。そして手に持つ金剛杖を大地に打ち付けるとその先についた錫杖の十二ある遊環が音を鳴らす。その杖の動きに合わせ長い黒髪がゆらりと揺れる。その女性を見た鴉丸と小鷹丸の顔がぱぁっと明るくなった。
「鞍馬山僧正坊様っ!!」
「おうおう、鴉丸に小鷹丸。泣き虫のお前らがよう踏ん張っとるやないけ?」
「なんや……僧正坊。われぇ、御影様の用事で出張っとったんちゃうんか?」
疲れて地べたへ胡座をかいている酒呑が僧正坊へと話しかける。
「そや……佳代ちゃん達が心配になったさかい、さっさと終わらせて飛んで来たんや」
佳代は僧正坊がまるで自分の事を知っている様な話ぶりに頭を捻った。今の今まで僧正坊と会った事がないからだ。
「なんやぁ……佳代ちゃんに咲耶ちゃん。うちや火矢や。……そうか、この姿で会うんは初めてやったなぁ」
佳代と咲耶の二人は驚きのあまり、僧正坊を見詰めたまま固まってしまっている。
そんな佳代達を見てけけけっと笑う僧正坊。そして、その後ろからお花が姿を現した。
「無事で何よりです、佳代様、咲耶様」
二人へぺこりと頭を下げるお花に、火矢がお花と御影様の命を受けていた事を思い出した。本当にあの悪戯雀の火矢なんだろうか……それでも僧正坊の姿を見ても信じられない二人であった。
「星熊、虎熊。あんた達は酒呑お姉様と九尾にありったけの気を分けておいで」
「はい、茨木姉様」
茨木に指示を受けた二人が酒呑達の元へといく。そして酒呑と九尾の背中に両手を添えた。ほんわりとした光りが酒呑達を包んでいく。
「……無駄な足掻きをしおって」
茨木と僧正坊に挟まれてなお動じない頼光。
「その余裕がどこまで持つかしら?」
「うぬらが全員死ぬまで変わらぬじゃろうな」
「おもろいわ頼光。その減らず口、うちが叩き潰したる」
「やれるならやってみるが良い」
頼光のその言葉を皮切りに、僧正坊が頼光へと金剛杖で殴りかかった。
ごいんっ!!
思いっきり振り下ろした金剛杖を刀で受け止めた。
僧正坊の唇が張り裂けんばかりに広がり笑みを浮かべている。
「背中ががら空きよ♡」
その後ろから茨木が大斧を振るう。誰もが頼光の体を真っ二つにしたと思った。
しかし、大斧はただ地面へとめり込んでいただけである。そして、頼光の刀に受け止められていた僧正坊の金剛杖も地面へと振り下ろされていた。
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