吉永家は、日本各地で行われた空襲により焼け出され、親戚筋を頼りこの村へ終戦後すぐに引っ越して来た。
その吉永家の長女である麻美とは数少ない同級生であり、また、ずっとこの村で育ってきた千草から見ると、都会で育った麻美がとても可愛らしく見えており、二人はいつの間にか共に過ごす時間も増えていた。
そして……恋に落ちていた麻美。
時折、遠くを見つめるようにぼやっとしていた姿を度々見ていたが、まさか、寛太と……
村長の息子であり、常に学校でも一等を取っていた優等生の寛太。今では、この村とよその高等学校へと通っている。
いずれは大学へと進学し、この村の村長となるべく戻ってくると思われていた。
そんな寛太には、父親の決めていた許嫁がいた。隣の村にすむ娘。昔からの名家であり、今でも莫大な財産を持っているという。
そんな寛太に麻美は恋に落ちた。
あの逢い引きを目撃して、それを初めて知った千草はショックを受けた。だが、そんな恋ならば誰にも、いくら仲のよかった千草へも相談は出来なかったであろう。
しかし……麻美の恋は実ることはなかった。
寛太の手の中で、きらきらと輝く魂玉。
まだ、魂を喰らうことなく、妖魔にもなった事のない魂玉。
穢れなき魂玉。
ぞわりと千草の刀気が膨らんでいく。
怒りと悲しみに満ちたその刀気が、彼女の体から溢れ出していく。
「えずかねぇ……そぎゃん目で僕ば睨まんでくれや?麻美だって僕に感謝しとるはずさ……愛する僕から、こぎゃん綺麗な魂玉にして貰えたんやけんね」
寛太はそう言うと、麻美の魂玉をぺろりと舐めた。何度も何度も飴玉を舐めるかのように。
ぞわりぞわり……
さらに千草の刀気が大きく、そして、怒りに満ちていく。
「千草さんっ!!」
槍を握りしめる千草の腕を佳代が掴んだ。相手の挑発に乗ってはいけない……それを目で訴えかける。
「ぐぐぐぐぐっ」
歯が砕けそうな程に歯軋りをしている千草。その怒りがどれ程のものか佳代達にも伝わってくる。しかし、寛太はそんな千草の神経を逆撫でするかのように、ころころと舌の上に器用に乗せ遊んでいる。
さすがの佳代達も刀に手を掛けた。
「ここはうちに任せときっ!!佳代達はあの阿呆にお灸据えたってやっ!!」
鴉丸が佳代達へと声を掛けた。怒っているのだ。命を弄ぶ寛太へ、鴉丸も爆発しそうなくらいに。
「へぇ……この僕にどげんなお灸ば据えてくれるん?」
相変わらずにたりとした笑みを浮かべている寛太がぱちりと指を鳴らした。
すると、それまで一定の距離を保っていた妖魔達が佳代達の方へと一斉に襲い掛かって来る。
しかし、慌てる事のない佳代達。
咲耶が、すらりと菊一文字則宗を抜刀し妖魔へと応戦する。
まるで川の流れに逆らわずゆらりゆらりと岩を避けていく落葉のような、力の入っていないその動き。
力で押してくる妖魔の攻撃をするりするりと躱している咲耶。
以前、酒呑から先々代の四家筆頭であった咲耶の祖母を超えると褒められた神貫家得意の足捌き。その足捌きがあの頃よりも、更に磨きがかかっていた。
力任せに棍棒で殴りつける妖魔のその攻撃。その力を逆に利用し上手く受け流す。
つっと前にでる咲耶。スカートの裾がひらりと舞い、足元に咲耶が踏み込むと同時に土煙が上がった。
先程の力みのない動きとはうって変わり、力強い菊一文字則宗の刺突が妖魔の胴を貫く。そして、その鋒が、魂玉を捕らえていた。
魂玉を体から抜かれ、塵のように崩れ落ちていく妖魔。風に吹かれて、塵と化したその身体がさらさらと飛ばされていく。
そして、その魂玉にぱちりとヒビが入ると、二つに割れ、霧のように宙へ霧散して消えた。
「まさか……こぎゃんも呆気のう……僕ん作った妖魔が……」
信じられないような表情で咲耶を見ている寛太。
「阿呆……何、驚いとるんや?自分、四家筆頭に喧嘩売ったんやぞ?それなりの覚悟せなあかんやろう」
冷ややかに言う鴉丸の言葉に驚き、そして、すぐに顔が青ざめ震えだす寛太。
そんな寛太をよそに、妖魔と対峙している佳代が迫り来る妖魔が自分の間合いに入ってきた瞬間、妖魔の胴を横一文字に薙ぎ払った。
そして、かちりと鞘へと刀を納める音。
寛太には何も分からなかった。
佳代が鬼切安綱の柄に手を添え、力を込めたと思った瞬間、妖魔の胴が薙ぎ払われていた。
茫然自失の寛太。
レベルが違いすぎる。
魂玉を拾い上げた佳代がそれを両の掌で包み込む。すると、その掌の隙間から柔らかな光りが漏れたかと思った瞬間、掌の中から魂玉が消えていた。
成仏したのである。
寛太から弄ばれた魂。
「うちらはあんたを許さんよ……」
佳代と咲耶の二人が寛太の前に立つ。後退り始めた寛太の背に何かがぶつかり、思わず足を止め後ろを振り返った。
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