千草の目の前に広がるのは信じられない光景であった。半分に裂かれた式を使役したと思われる和紙の側に、両親でもあり、師でもあった清彦と千歳の二人が無残な姿で倒れているのだ。
清彦は絶命している。胸を貫かれ首を掻き切られ……しかし、千歳は虫の息だが何とか生きている。
「お母さんっ!!」
千草の呼びかけに薄らと瞼を開く千歳は千草の顔を確認するとにこりと微笑んだ。
「濱田……あの……人は……」
「濱田先生が……どうしたん?」
苦しそうに喘ぎながら話す千歳。そこに佳代達も駆けつけてきた。
応急処置を施す佳代達。まだ千歳は助かる見込みがある。
「喋らないで、千歳さん」
咲耶が必死に喋ろうとする千歳を止めるが、それでもなお、千歳は止めようとしない。
「濱田は……サトは……じゃ……ない……」
ごぼりと千歳が口から血を吐き出しながら言う。最後の方が上手く聞き取れない。そして、その白い肌が、吐き出された血で染まっていく。
「鴉丸っ!!」
佳代が必死で呪いを唱え、治癒の術式を行っている鴉丸の名を叫ぶ。
小さな体の鴉丸の額に大量の汗が玉のように吹き出しては流れ落ちていく。
「佳代っ、咲耶っ、千草っ!!千歳にこれ以上、喋らせたらあかんっ!!」
「お母さん……」
涙目で千歳の手を握る千草。その握る手がぷるぷると震えている。そんな千草を鴉丸がきっと睨みつけた。
「何しとんのやっ、千草っ!!われぇ、討伐隊士きっての槍の名手、清彦と千歳の娘やろがっ!!」
びくりと反応する千草。咲耶が千草の肩にそっと手を置いて頷いた。それに頷き返す千草は、ぐいっと袖で目を擦ると、母親である千歳の手を力強く握りしめた。
そんな時である。
鴉丸が小さく舌打ちをすると、先にある茂みの奥の闇の中をじっと見つめている。
「来よったで……」
鴉丸の言葉と同時に闇の中から姿を表した一人の人物。その人物の顔を千草は知っていた。否、知っているどころではない。
つい先程、見た顔である。
「なんで……」
ゆっくりと近づいてくるその人物はにたぁっとした笑みを浮かべ、鴉丸から治癒を受けている千歳とそれを見守る佳代達を見ている。
そして、懐に手を入れるとがさごそと何かを取り出した。
虹色に輝く硝子玉みたいな綺麗な玉。
「それって……魂玉……」
その人物に握られる魂玉を信じられないといった表情で見つめる咲耶に、またにたぁっとした笑みをみせる。
しかも、持っている魂玉は一つではない。親指から小指の間に、まるで手品師のように器用に挟み、佳代達へと四つの魂玉を見せつけた。
「まさか……それば……」
「そう……そのまさか……」
指の間に挟んでいた四つの魂玉を、ぽうんっと空へと投げると、むにゃむにゃと呪いを唱えだした。
辺りに妖気がむわりとたちこめていく。
そして、魚の腐ったかよような腐臭。
「先程は千草に邪魔されたけんでね……」
大きな咆哮が闇夜を切り裂き、佳代達の体へとその震動を伝える。
七尺近くあろうかという大きく岩のような筋肉におおわれた体躯、大きく開いた口から見える鋭い犬歯。その口からだらりと涎が落ちていく。ぼさぼさの伸びきった髪の間から、黄色く濁った目で佳代達を睨みつけていた。
「寛太ぁ……麻美はどぎゃんした?」
妖魔を呼び出した人物……寛太を、怒りに満ちたその表情で睨みつける千草。
「あぁ……あん女かい?僕ん甘か言葉に上手う騙されてくれなっせ……彼女は良か魂玉になってくれたばい?」
そう言うとまた懐から、翳り一つないきらきらと輝く魂玉を出し、千草へと見せた。
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