鋭い息を吐くと共に大気を斬り裂き、サトへと繰り出される千草の刺突。それを紙一重で躱すサト。印を結ぼうにも千草の刺突がその時間を与えてくれない。
「流石は……千歳達の娘」
そう言いながらもサトは刺突を躱しながらも余裕の笑みを浮かべている。千草の額から流れ落ちる汗。まるで柳の葉のようにするりするりと避けられてしまう。
そんな時千草がふと気づいた。
影がない?
確かにサトの作った結界の中の世界である。おかしな事が起こってもそれはしょうがない。しかし、千草には影があるのに、サトにはない。
『実体は別……』
妖魔なら分かる。奴らはある意味、気の塊のようなもの。しかし、反魂で蘇ったものには肉体がある。千草に影ができるなら、同じようにサトにも影ができるはず。
すっと両の眼をとじる。、
目だけで追うな。
父である清彦の教え。
目で見えるものが全てではない。自分の常識の範疇を越えるものなど、世の中には掃いて捨てるほどある。そういつも言っていた。
紫色が二つ見える。燃え盛る炎のように力強く光っている。佳代さんと咲耶さんの刀気。
東西南北四方に見える白い光り。あれは護法童子達。純白で濁り無い光り。暖かささえ感じさせる。
そして……禍々しく光る紅い光り。あれがサトの出す光りか。朱色と黒を混ぜたような怒りの色。だが、千草は不思議な事に悲しさも感じた。
散々罪を犯し地獄へと送られたサト。しかし、あの戦争で殺された子供達を想うその気持ちは嘘ではないのだろう。だが、だからと言って他者の魂を弄んで許されるわけがない。
千草は紅い光りの方へと槍をむける。瞼は閉じたままだ。それを見守る佳代と咲耶。
「整った……」
そう呟いた。
土煙を上げ踏み込む千草。その槍がサトの横にある大きな岩を貫く。するとそこにぼんやりとした人影が浮かんできた。
サトである。千草の槍が胸に深々と刺さっていた。それでもなおにたりと笑っている。
「姿ば見せたばいね」
胸を貫かれたまま印を結ぼうとするサト。すかさず胸から槍を抜き、サトの腕を片鎌で斬り落とす。
しかし、やはり貫かれた胸も斬り落とされた腕も直ぐに再生している。
「無駄よ無駄。それじゃ、私は殺せないわ」
「想定内」
すっと槍を引いたかと思った瞬間、目にも止まらぬ速さで連続し刺突する。再生が追いつかぬ程の速さ。文字通り、サトの体が千草の繰り出す刺突で穴だらけになっていく。
その勢いは止まらず、右胸部から肩に掛けて吹き飛んでいく。
じりりと後方へと退こうとするサト。
「逃がさんばいっ!!」
千草がサトの頭部へと槍を繰り出した。その時であった。突然、千草の足元の地面がぐにゃりと動いたかと思うと、それが鋭利な刃物のようになり、千草の体を傷つけていく。
「……っ!!」
すんでのところで、深い傷を負うことだけは逃れた千草であったが、裂けた衣類から見える傷ついた太腿や腕からぽたりぽたりと血が滴り落ちている。
「ふふふ……ここが私の結界の中という事を忘れたのかしら」
みるみるうちに元の姿へと回復していくサト。
「千草さんっ!!」
「悪いわね……お嬢ちゃん達はそこで見てなさい」
千草の元へと駆け寄ろうとした佳代と咲耶の足がずぶりと地面へ沈んでいく。慌てて足を引き抜こうとするが動かない。そして、太腿辺りまで地面へと飲まれてしまった。
「佳代様っ、咲耶様っ!!」
「千草さん、まずは自分の心配をしなさいな……」
つつっと滑るような足取りでサトがにんまりと微笑みながら、千草へと近付いてくる。
「少し夢を見せすぎたかしら?」
「夢?」
「そう……あなたに希望という夢をね」
近付いてくるサトへ渾身の刺突を繰り出すが難なく避けられてしまった。驚きを隠せない千草。先程の刺突よりもその速度は速かったはず。
「正直に言うわ……千草さん、あなたはご両親の足元にも及ばない。槍さばきも、その精神力も」
そう言うと四方にいる護法童子達へ東西南北順番に視線を向け、小さな声で呪いを唱えた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!