元祖魔剣少女

それぞれの想いを胸に四人の少女が戦いの場へと足を踏み入れる。
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第二十三話 空襲

公開日時: 2020年9月28日(月) 07:00
更新日時: 2020年9月28日(月) 18:15
文字数:2,499

「嫌な感じねぇ、相変わらず趣味が悪いわ、鈴鹿御前は」


玉藻たまもは廃村をぐるりと見渡しそう呟くと、鬼怒笠きぬがさ雨月うげつ金剛こんごう伊桜里いおりの方へと顔を向けた。


「あんた達、今から三人だけで妖魔を討伐しなきゃならないからね。私と紅葉もみじ雷獣らいじゅうはあなた達に手を貸すこと出来ない」


そして、六角の錫杖を持つうんの方へと向き直り、ゆらりと一歩近寄る玉藻が大きな吽を見上げて話しを続ける。


「吽、あなたもよ。あなたは見届け人。雨月と伊桜里、そして小鷹丸こだかまるの後ろで手出し、口出し無用で見守るだけよ?」


「しかし……」


「……これは、鈴鹿御前が決めたルールよ。あなたはここにきて間もないから知らないかもしれないけどね、ずっとずっと昔から続いていることなの。雨月や伊桜里のお婆さんや曾お祖母さん、そのずっと前からね。あなたは知っているわよね、小鷹丸?」


有無を言わせない。否、誰にも、玉藻にも言えない。小鷹丸はこくんと頷くと、不安そうな目を玉藻へ向けるが、玉藻はそんな小鷹丸を一瞥しただけであった。


「雨月、伊桜里。なにか質問は?」


「ありません」


同時に答える雨月と伊桜里。玉藻はそんな二人を見てにふふんっと笑った。


「まぁ、こんなところでもたつくくらいの実力なら、所詮この先妖魔討伐隊になったとしても……すぐに死んじゃうわよ」


「……」


「さぁ、行きなさい。あなた達の実力を鈴鹿御前に見せつけてあげなさいよ」


ふわりとした生温い風が雨月と伊桜里の頬を撫でていく。雨月と伊桜里、小鷹丸の三人は、月明かりの照らす廃村の奥へと歩み始めた。


「止まってください!!」


二人のすぐに後ろを歩いていた小鷹丸が、突然、二人のセーラー服の裾をぎゅっと握ってきた。その手が少し震えている。


「妖魔……妖魔がきます」


雨月と伊桜里が顔を見合わせる。しかし、未だあの妖魔特有の腐った魚の臭いはしてこない。


「小鷹丸、数は分かりますか?」


伊桜里は裾を掴み震えている小鷹丸へと尋ねると、小鷹丸は伊桜里の方を見上げふるふると首を振っている。しかし、場所は分かるのか、廃屋の方を指さした。


廃屋の藁ぶき屋根は半分ほど朽ち果て、土壁の所々に穴が開いている。妖魔ではなくともなにか潜んでいそうである。そもそも、この廃村全体がその様な雰囲気を纏っている。


「……臭ってきたね」


雨月が鼻を擦り呟いた。それに無言で頷く伊桜里。妖魔特有の腐った魚の臭い。そして、ぐにゃりと歪む空間。


「……っ!!」


二尺六寸の刀身、細身で反りが高く、踏ん張りの強い美しい太刀。伊桜里の持つ三日月宗近みかづきむねちか。その天下五剣の一つと名高いその美しい刀が、具現化する前のぐにゃりと歪む空間の中心辺りを跳ねあげる様に斬った。


速い。否、速いと言うレベルでは無い。そして、妖魔が具現化する前に斬る。無駄のない妖魔討伐。


しかし、この具現化する前に斬ると言うのはタイミングがとても難しいのである。タイミングが早すぎると、ただ何も無い空を斬るだけであるし、遅いと具現化してしまう。


魂玉が空間の歪みの中で安定した所を見計らい斬る。それを見極める目と実戦で積み上げた感覚が必要なのである。


それをいとも簡単にやってのけた伊桜里。四家の中で一番討伐数が多い家の出身だけはある。


その伊桜里は表情一つ変えることなく三日月宗近を鞘へ納めると、さらさらと風に靡く黒髪を片手で押さえ、魂玉を拾い上げた。


斬り慣れている……


一体や二体では無い。今まで数えきれない程の妖魔を斬ってきたな……


無駄のないの動き、そして具現化する前に的確に魂玉の位置を把握し斬る、そんな伊桜里を見て雨月はそう感じた。


「へぇ……斬り慣れてるねぇ」


玉藻が二人へ近づきそう言うと、伊桜里はちらりと視線を玉藻達へと向ける。しかし、すぐに逸らすと、魂玉を小鷹丸へと渡した。


「空襲です」


ぽつりと伊桜里が呟く様に話し始めた。


「あの昭和十九年から始まった空襲で……度重なる爆撃で……特に酷かった昭和二十年三月十日……東京で多くの人々が亡くなったのはご存知でしょう」


「……あぁ」


「たくさんの人々が……たくさんの強い想いを残し亡くなられたのでしょう……かつてないほどの妖魔が出現したのです」


「知ってるわ。私や紅葉達も助太刀に行ったから。あの頃の東京は酷かったわね」


「鬼怒笠家からも両親や門弟達も応援に行ってたよ」


「たった四年程前の話しです。当時、私は十二才でした。さすがの金剛家もあまりの妖魔の数に、そして、男衆の殆どは戦地へ行っていた事もあり、鬼怒笠家や御影様に応援を頼む程の人手不足。そんな中で、私もこの三日月宗近を握り妖魔討伐に参加しました」


「……!! 十二才で?! いくら金剛家の次期当主だとしても……」


伊桜里の話しに驚愕する雨月や玉藻達。


十二才で刀を握り妖魔討伐。基本的に各家の当主を受け継げるのは十六才からである。ある程度、心身共に成熟しなければ、妖魔にとって喰われる恐れが大きいからである。


「私が志願したのです。当時の当主であった祖母や両親は勿論反対しました。まだ幼すぎると。しかし、あの時の東京は……そんな悠長な事を言ってられない程、酷い有様でした」


討伐しても次から次へと湧いてくる妖魔達。妖魔が人を喰い、それどころか妖魔が妖魔を喰う。復興を目指す裏側で行われていた阿鼻叫喚の地獄絵図。


通り魔、バラバラ殺人、猟奇殺人……などなど、一部の者以外は妖魔の存在さえ知らない事もあり、新聞にはそう報じられていた。


暗躍する討伐隊。日々の戦いの中でやはり屈強な討伐隊士達の精神力も消耗していく。消耗していけば刀気も減り、妖魔へと喰われる。喰われた隊士達にも家庭がある。残された人達かいる。


そんな現状を間近で見ていた伊桜里は、十二才と言う幼さながら、立ち上がる決心をしたのだろう。幼い手に三日月宗近を握りしめ。


「終わらせなければならなかったのです。例えこの心身を削ろうとも……」


そう言うと、にこりと微笑み小鷹丸の頭を優しく撫でる伊桜里。そしてその手を握る小鷹丸。


「なら尚のこと、ここで死ぬ訳にはいかないわね。気張りなさい。東女の強さを見せるのよ」


玉藻の言葉に頷く伊桜里と雨月。二人は刀を握る手に力が入った。そして、廃屋の先へと進んで行った。

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