「く、車を止めた⁉ つ、杖一本で⁉」
「流石は姉御だぜ!」
姫乃の行動に仁は驚き、燦太郎は称賛する。
「バ、バカな『生魂車』が前に進まない⁉」
「むやみやたらに突っ込んでくるとは随分とまた魂力任せだな」
車の運転席で女子生徒が信じられないといった表情を浮かべ、対照的に姫乃は余裕のある様子を見せる。それを見て、亜門が冷静に現状を把握しようとする。
(ミキサー車の形をした基本形の魂道具か、それをあんな細い杖で抑え込むとは……)
「な、なんて力なの⁉」
女子の言葉に姫乃が笑う。
「あいにく力比べをするような趣味はない」
「え⁉」
「何事においてもバランスだ。魂力をフルに解放せずとも、一点に集中させれば、こういう芸当も可能になるということだ」
「キー!」
女子が生魂車をややバックさせる。姫乃がため息をつく。
「なんだ、ヒステリーか? こういうときこそ冷静さが求められるというのに……」
「ご教授どうも! 私は冷静よ! 今度は全速力でぶつかるわ!」
「!」
女子の言葉に仁たちが慌てる。
「マズいですよ、部長!」
「姉御、どっかに身を隠しましょう!」
「……」
亜門は黙っていた。姫乃が心配するなとでも言いたげに立っていたからである。
「行くわよ!」
「うわっ!」
「来た!」
「……!」
生魂車が全速力で姫乃たちに向かって突っ込んでくる。
「女の子に手荒な真似はしたくないのだが……致し方あるまい!」
「⁉」
姫乃が数回杖を振るったかと思うと、生魂車は古き良きカートゥーンアニメに出てくる車のように車体がバラバラに散らばった。運転席の女子が転がり込んだ先には姫乃が立っており、姫乃はすかさず杖をその子の体に突き立ててこう呟く。
「……お持ち還りだ」
姫乃の後方に立ち、様子を観察していた亜門は確信した。
(間違いない、部長の魂道具はあの杖だ。しかし、一体どんな……)
「あれは『魂杖』だよ」
「⁉」
亜門は驚いて振り返る。そこにはやや小柄な体格の中性的な男子生徒が立っていた。制服の上にダボダボの白衣を着ており、桜色という派手な髪はボサボサである。ルックスはかなり整っている方だと亜門は思ったが、すぐにその考えを打ち消す。
「今、誰だと思ったでしょ? マッシュルームカットの君」
「!」
「そして何故に自らの考えていることを次々と言い当てるのかと思ったね?」
「‼」
亜門の反応に中性的な生徒が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「答えは簡単だよ、君たち合魂部の子たちでしょう? そして今初めて、あの灰冠姫乃部長が魂道具を発現させた瞬間を見た……違う?」
「……何故に初めてだと?」
「あの部長はもったいぶる性格だからね。手の内をあまり明かさない人だ」
「知ったようなことを言うな」
「そりゃあ、よく知っているよ。だって僕が今日の君たちのお目当ての相手だからね」
「! 画像とは雰囲気が違って気が付かなかった……」
「髪色を大分明るくしたからね」
中性的な生徒が髪を指先でいじって笑う。亜門が尋ねる。
「アンタ……貴方が元合魂部部員で、現合魂愛好会所属の……」
「『桜花爛漫』だよ、よろしくね」
爛漫はダボダボの白衣を翻しながら軽く一礼をする。姫乃が振り返る。
「……ん? やけに高い魂力を感じると思ったら貴様か、爛漫」
「お久しぶりです。姫乃先輩」
「姿を現してくれたのは都合が良い。貴様、合魂部へ戻って……」
「お断りします」
「却下だ」
「え? は?」
姫乃の言葉に爛漫が戸惑う。
「断られるのももう飽きた。貴様にも合魂部へ戻ってもらう!」
「ご、強引だなあ、どうするつもりですか?」
「情に訴えるより、貴様の場合は結果だろう? ちょっとこらしめてやる」
「へえ……話によると病み上がりの先輩にそれが出来ますか?」
爛漫が真面目な顔つきになる。姫乃が答える。
「出来るさ……こいつら3人がな」
「ええっ⁉」
仁たちが驚く。姫乃がうんざりした表情になる。
「なにをそんなに驚くことがある?」
「い、いや、話の流れ的に姉御が出ていくのかと……」
「疲れた」
「は?」
「ミキサー車破壊だぞ? 復帰初戦にしては魂力・体力ともに使い過ぎた。その上、この爛漫との連戦はいささか荷が重い……お前らに任せる」
そう言って、姫乃は適当な作業机に腰を下ろしてしまった。仁が唖然とする。
「そ、そんな……」
「ビビるな、頼り過ぎはよくないと言っていただろう。あくまで予定通りだ、俺たちでこの先輩をこらしめる」
「良いこと言うじゃねえか、アーモンド! そうこなくちゃよ!」
「……亜門です」
「くっ……やるしかないか!」
仁も亜門と燦太郎の隣に並び立つ。爛漫はやや考えてから口を開く。
「あまり気が進まないけど、このまま無傷で返すわけにもいかないよね。ここで魂力を頂いちゃおうかな? 案外良いデータが取れるかもしれないし」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今の内だぜ!」
燦太郎が爛漫に向かって突っ込む。
「ふっ……」
「どわっ⁉」
燦太郎が爛漫に接近する前にバランスを崩して派手に転倒する。仁が困惑する。
「な、なんだ⁉」
「魂道具を知っているだろうに、軽率に突っ込み過ぎだ……」
亜門が呆れたように呟く。仁が地面を覗き込む。
「地面に円を描いている?」
「それが爛漫の魂道具、『魂波凄』だ……」
「そう、円を描くことによって、空間に穴を空けるということも出来るよ」
姫乃の言葉に爛漫は頷く。仁が驚く。
「そ、そんなことが⁉」
「迂闊に近寄れねえな……」
亜門がやや距離を取ろうとする。爛漫が笑う。
「ふふっ、それくらいじゃあ、離れたことにならないよ?」
「⁉」
爛漫は片手を地面に突き刺すと、両足を目一杯に伸ばし、片手を支点にして大きな円を地面に描く。円の内側に亜門と仁が入ってしまう。
「『製図』!」
「ぐっ⁉」
「うわっ⁉」
穴が空き、亜門と仁が足を取られて体勢を崩してしまう。姫乃が目を細めて呟く。
「足の長さ以上の直径だと? そうか、影で製図出来るようになったのか……」
「さすが姫乃先輩、ご明察です」
「魂道具をより練り上げているな」
「そりゃあ、自分の魂道具の能力に溺れるのは愚かなことですから」
「良いことを言うな」
「ご冗談を。先輩からの数少ない教えですよ」
爛漫がそう言ってウインクする。
「そうだったか、さすが私だな」
「そうやって余裕をかましていて良いんですか?」
「それはこっちのセリフだ」
「?」
「魂をお持ち還りするまでが合魂だぞ?」
「!」
「そらっ!」
穴から飛び出した亜門が魂旋刀を両手両足に巻き付ける。
「しまった!」
「手足を刺せなければ円を描けねえだろう?」
「くっ!」
「おまけだ! 『放電』!」
「ぐはっ!」
亜門が電気を流し、爛漫が感電し、その場に崩れ落ちそうになるが踏みとどまる。
「追い打ちだ!」
「はい!」
「むうっ⁉」
体勢を立て直した燦太郎と穴から飛び出してきた仁が連続攻撃をかけ、爛漫が倒れる。
「うむ、思った以上に盛り返してみせたな……」
亜門たちの奮闘を見て、姫乃は満足そうに頷く。
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