「おい! ナード、細マッチョ! 無事か⁉」
「ぐっ……」
「なんとか……」
亜門の呼びかけに超慈たちは反応する。亜門は魂旋刀を構えて眼鏡の女に向ける。
「あんた……合魂俱楽部の一員だな?」
「……そうだとしたら?」
「ここで魂力を吸い取らせていただく!」
「ふむ……」
女は亜門から視線を逸らし、持っていた本を開く。亜門は眉をひそめる。
(なんだ……?)
「今は昔……摂津守源頼光……(中略)」
「どあっ⁉」
女が本を朗読し始めると、亜門の体が宙に浮いて、制御が利かなくなったようになって、ぐるぐると回転し、周りの本棚に何度もぶつかり、地面に落下する。女は朗読を終える。
「……語り伝えたるとや」
「ぐっ……」
亜門は立ち上がろうとしたが、ぐるぐる回った影響か、吐き気におそわれ、慌てて口元を抑える。それを横目で見ていた超慈が苦い表情で呟く。
「やはり駄目か……あの本を読み始めたかと思うと不思議なことが起こるんだよな」
「まさか……超能力じゃねえよな? それだったら手に負えないぜ」
仁は苦笑する。亜門が口を開く。
「……違う」
「おっ、ヒーラーの旦那、酔いは治まったかい?」
「誰がヒーラーの旦那だ……」
亜門は静かに超慈を睨み付ける。仁が二人を注意する。
「今は言い争っている場合じゃねえよ! ……礼沢、なにか分かったのか?」
「超能力でもなんでもない、あの本だ」
亜門が女の持つ本を指差す。超慈が首を傾げる。
「え? まさか……?」
「そのまさかだ、あの本が奴の魂道具だ」
「本が魂道具とは……」
仁が困惑する。亜門が説明を続ける。
「『今は昔……』という語り出しと、『……語り伝えたるとや』で終わることにピンと来た」
「へえ……意外と教養がおありなのですね?」
「当然だ、寺生まれだからな」
超慈が胸を張って答える。亜門が冷ややかな視線を向ける。
「寺生まれは別に関係ない。一般的な教養の問題だ……そして何故お前が偉そうなんだ?」
「ま、まあ、礼沢、それはいいだろう? あの本はなんなんだ?」
仁が尋ねる。亜門が答えようとすると、女が口を開く。
「これは『魂昔物語集』です」
「ええっ⁉ ……?」
女の言葉に超慈は一応驚いたが、亜門に視線を向ける。亜門はため息交じりで話す。
「歴史の授業で習わなかったか? 『今昔物語集』とは平安末期に成立したとされる説話集だ。1059もの説話が編纂されている」
「千以上の説話が……ひょっとしてまさか?」
仁が亜門に顔を向ける。亜門が頷く。
「察しが良いな。その説話を再現することが出来る能力の持ち主なのだろう」
「……大体当たりです。驚きました、褒めて差しあげましょう」
女はわざとらしく両手を叩いてみせる。亜門が首を捻る。
「さっき、(中略)とか言っていなかったか?」
「俺たちのときもそんな感じだったぜ」
超慈の言葉に亜門が顔を険しくする。
「もしかして……」
「その通りです。私はそのページを黙読するだけで、この魂昔物語集の説話をモチーフとした術や魔法、はたまた超能力のようなものを発揮することが出来るのです」
「! つまり……どういうことだ?」
超慈の言葉に仁と亜門がズッコケそうになる。仁が説明する。
「ゲームで言えば、ほぼ無詠唱に近い形であの女は魔法を放つことが出来るんだよ」
「なにそれ、やべえじゃん!」
「だからやべえんだよ!」
「……揃いも揃ってタフな方々ですね。次で終わりにさせていただきます」
「そうはさせるか!」
「⁉」
亜門は魂旋刀を伸ばし、女の手から本を奪取する。
「本を開かせなければ良いんだろう⁉」
「今は昔……」
「何⁉ ぐはっ!」
どこからか現れた長い鼻に打ち付けられ、亜門は倒れこむ。女は落ちた本を拾う。
「……流石に全てではありませんが、ある程度は暗誦出来ますので……」
「ちっ……対策は出来ているってことか……」
亜門が舌打ちする。超慈が戸惑う。
「の、伸びた鼻?」
「池尾禅珍というお坊さんに関する説話です。芥川龍之介の『鼻』の元となりました」
「芥川……?」
「……そこからですか、ならばこれ以上の会話は無駄ですね!」
「ぐおっ!」
「どわっ! っと!」
女が手をかざすと、長い鼻が超慈たちを襲う。仁は倒れるが、超慈は踏みとどまる。
「しぶといですね……」
「ちっ……気は進まねえが、先に仕掛ければ!」
「今は昔、甲斐の国に大井光遠という者……(中略)」
超慈が魂択刀で斬りかかるが、女は細腕にもかかわらず、刀を軽々と受け止める。
「な、なんだと!」
「ふん!」
「⁉ おっと!」
超慈は女の腕を蹴り飛ばし、女から距離を取る。
「か、刀にひびが……なんて力だよ……」
「平安時代の力女の説話です……」
「パワーアップもお手の物かよ、あの本をなんとかしねえと……」
「任せるでござる!」
飛び出してきた瑠衣が女に向かって飛びかかる。
「鬼龍ちゃん⁉」
「まだ動けましたか! 今は昔……!」
「させないし! 『ぶちまけパウダー』!」
瑠衣が魂白刀を振るうと、大量の粉が女に降りかかる。
「⁉ し、しまった! 本が粉まみれに……」
「読み通り! 本を汚してしまえば、その妙な能力も使えない! 今でござる!」
「粉で視界が……そこだ!」
超慈が魂択刀で女の魂を吸い取る。粉の煙が治まると、女は両膝をついている。
「ぐっ……」
「まだ動けるか! 今度こそ『お持ち還り』……」
「待て!」
「部長⁉」
突然、姫乃が現れる。姫乃が女に語りかける。
「……私の元に戻ってこないか?」
「ええっ⁉」
姫乃の発言に超慈は驚く。
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