神兵計画? 量産型の神士? そんな存在を保有する国家が出てしまえば、シリシャスどころの騒ぎではない。その国が世界を席巻してしまうだろう……そこまで考えて、ブラッジは絶望から回復した。
そんな存在がいるならば、コランはとうに全てを奪われているはずだ。そしてスジュラのある大陸は全て制覇されていてもおかしくはない。だが、そんなことにはならなかった。
「つまり……失敗したか、大したことが無かったんだね。おじさん?」
「あくまでも当時は、だがね。坊やが考えた通り、今回の産物も無敵ではないはずだ。少し話が長くなるが、神兵は量産型の神士と言った通り神士よりずっと弱い存在だった。神士自体が主神より弱いことを考えれば当然だ」
「ああ……分かってきたよ、おじさん! 神兵とはつまり神様から与えられる力を、多数に分割してもらうことなんだ!」
「よく出来ました。計画なんて呼び方はおこがましい、単なる祈りさ。まぁ実際、叶えてくれる神もいたそうだが……結論から言えば上限は100人程度で、精々が一般兵の倍程度の性能だったらしい。ちなみに神にそんなことを願った教団は滅んだ。祈りで偽装した命令だからな。それは怒る」
「一般兵の倍か……それでも十二分に脅威だ。人を相手にする覚悟で向かったら、獅子がいるようなものだね」
仕組みとしては寵愛によって、信徒が神士に変わることと変わらない。ただ、対象を多くするだけだ。
その時点で問題が多数発生する。そもそも人を神士に変える際、神は力を分け与えるのだ。それは自身の弱体化にも繋がり、与える力を大きくしてしまった場合、人からの下剋上もあり得る。
ゆえに主神が神士へと与える加護は、その神の気質に依存した量になる。それでも、一割以上を与えられた存在はいない。
「それに不思議なことだが、神兵を部隊とした総合評価は神士一人に大分劣っていたらしい。非効率だということになり、結局は元に戻ったわけだ」
「その問題は、多分スジュラが一神教の国であることを利用して解決したんだと思う。それに……神々も布教に対する欲がある。そこをついてしまえば……」
「なるほど。人から神に対する祈りの力が大きすぎれば、話は別となるわけだ。神士に一割、神兵に一割と言った風にすることも不可能ではなくなる。戦が人の意思ではなく、神の意向によって行われたとするなら」
神兵の存在は分かった。だがスジュラとて馬鹿ばかりでもないだろう。他になにか策があるから、攻めてきたはずだ。海を隔てた戦争は金も人も凄まじい消耗を強いられる。
想像すればキリが無かった。神が存在することにより、この世界は何でもありえるのだから。
「スジュラが安定した策を取るなら、シリシャスに来るまで最低1年は余裕があるはずだよ。無理をしたとしても、すぐにとはいかない。その間、おじさんはタイトにいて欲しい」
「おや、南に向かわなくていいのかい?」
「まぁ……色々あるんだ。スジュラの教えも結構過激だから、幾つかの教会が神士を派遣すると息巻いているんだ。こっちとしてはありがたいことだけどね」
「では、私はいつも通りに布教に勤しむとしよう」
誰も待っていないと思うけど、という言葉をブラッジは飲み込んだ。
街の治安維持には彼の存在は大きい。きっとこれから、ひどいことになる。その確信と共にブラッジはコライトへ礼を尽くして見送った。
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コライトは足取りも確かに、己が拠点である教会にたどり着いた。そこから神像を無視して、階上へと向かって自室にたどり着くと、力尽きるようにへたり込んだ。
彼は嘘はつかなかった。ロイコ達に言ったように、道すがらで体中の穴はあらかた修復している。しかし神士は神として未熟な存在であり、能動的に再生力を高め続けた結果が疲労困憊だ。神としての力を消費しながらも、連動して体力を削られた。
これがコライトの弱点である。他の神士ならば、安定された供給により即死でなければ支障なく再生できる。だが、ある種の放任主義であるアゲイト神はそこでも力を貸したりしない。こうした時、そう言えば厳しいというのはこうしたことだったと思い知る。
「くそ……強くなりたい……」
絞り出される言葉は神士コライトのものではなかった。暴虐に無謀で応じた、あの日の子供の消えぬ願い。多くの人がそうであるように、コライトも数多の仮面を持っている。それもまた、大神に至れぬ理由かもしれない。
『聞こえるか? 返答を求める』
男の子の意地で包帯を巻き直していたコライトの脳裏に、素っ気ない声が響いた。それは主神アゲイトのものではない。アゲイトは良くも悪くも、安易に信徒へと声をかけたりはしない。
これはアゲイト教のもうひとりの神士の想念だった。いかなる理屈か声の主も分かっておらず、コライトの側からは会話を開始することができない。ただ、コライトが神鳴りに類する力一辺倒であるのに対して、相手はアゲイトの神威に近い。つまりは多くの力に働きかけることが可能だ。
「トルーマ殿……少しばかり面倒な時に話しかけられても困る」
『知らん。こちら側からお前の様子が見れるわけでなし。定例の争いが終わったようだな。そして、大きな流れに関わっている』
声と同様に無駄も無いのがありがたい。コライトが想念を受け取るのには神威を励起させる必要があるため、現在のコライトには負担がいささか大きい。
それにしても、もう一人の神士であるトルーマは布教のための行脚に出ていた。その割に妙に情報を掴んでいることがコライトには不思議だった。
「いや、まさか……トルーマ殿。今、どこにおられる?」
『スジュラだ』
「そんなあっさりと……大体、国教を定めた国に行って信徒が増えるとも思えない」
『より苦難を。迫害されようと、それこそが我らの本懐ではないか。……話を戻す。拙僧が今話しているように、スジュラは正確な情報を素早く手に入れている。不可解だと思って調べたが、理由が判明した』
トルーマはコライト同様、あまり布教に相応しくない人格だが、峻厳な性格に反して目端が利く。
彼もまた己の力で成り上がったゆえに、過程で身につけたものかも知れなかった。
「そこは裏切りや情報屋だろう。国が全てを見張れるわけではないのだから、当然だ」
『そうだ。だが、情報の伝達が早いことと、決定までが素早いことは必ずしも一致するとは限らない。端的に言おう。これからの戦の原因、そして出し抜かれる理由は、スジュラの新国王が神士だからだ』
「……思わず間抜けな声を返すところだった。なんの冗談だ」
『ともあれ伝えるべきことは伝えた。再びの連絡に備えて、体を整えよ』
一方的な伝達は、一方的に終わった。
神士が国王ということは、神の傀儡かもしくは狂信者である可能性が高い。アゲイトの加護が受けられない最弱の神士にできることは何か……考えている内にコライトは眠りに誘われていった。
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