夜明けは過ぎていたがそれなりに早く街を出たため昼前には森に入ることが出来た。あの少年が前回と同様、俺たちとは反対の森の南側から入っている場合、今回も同じくらいの場所で会う可能性が高い。
黙々と森を進む。途中で出てきた雑魚はサクサク片付けて魔石だけを取り出していった。
そうして一昨日少年に場所辺りに訪れた。
周りを見回すが今のところあの少年がいる様子はない。俺はスギミヤさんにこれからについて確認した。
「特に変わった様子もないですね。どうします? もう少し奥に進んでみますか? 」
スギミヤさんは少し考えている様子だったが、
「いや、この辺りで様子を見よう。奥に行くとクリーチャー自体強力になるだろう。普通のクリーチャーとあの少年の使役するクリーチャー、同時に来られると対処が難しくなる」
「確かにそうですね。じゃあしばらく――っ!? スギミヤさんっ! 来ますっ!! 」
俺が返事をしようとした時、横合いから|岩頭鹿《ロックヘッドディア》と|一角兎《ホーンラビット》が突っ込んできた。
俺たちは慌てて左右に飛んで突撃を躱す。
すると今度は|蛇尾狼《スネークテイルウルフ》が牙を向いて飛び込んできた。
俺は|赤棘刀《せききょくとう》で切り伏せる。
と同時に抜いた魔法銃で他のクリーチャーたちを牽制する。
スギミヤさんも剣で狼の首を斬り飛ばし、同時にホーンラビットを蹴りつけていた。
俺はクリーチャーに視線を戻して種類と数を確認する。
種類は先日変わらない様だ。数は若干補充をしたみたいだが、5、6匹数を戻しただけなので15匹程度、前回の最初の数よりも少ない。これなら今回は最初から2人いる分こちらに余裕がある。
俺は魔法銃で牽制しつつ相手を1匹に限定して確実に仕留めていく。
スギミヤさんも同じ方法を取っている様だ。
前回よりかなり余裕があるので俺は少年の姿を探す。
それ程離れた場所にはいないはず。そんなことが出来るなら前回だって姿を晒したりはしなかっただろう。
もしかすると魔法かアイテムで姿や気配を消しているのかもしれない。俺はクリーチャーを捌きながら違和感があるところを探す。
しばらくすると1ヶ所だけクリーチャーたちが避けている場所があることが分かった。恐らく魔法なりアイテムなりの効果が使役しているクリーチャーにまで影響して無意識に避けているのだ。
「スギミヤさんっ! 」
俺はスギミヤさんに声を掛けて視線で合図を送る。
それに気付いたスギミヤさんは少しずつ場所を移しながら違和感がある場所までの道を開けてくれた。
恐らく認識を阻害するものを使ってるのだろうが一度違和感に気付いてしまうともう隠しようがない。
俺は違和感の先まで開けた道を一気に駆け出した。
近付いていくにつれて相手の輪郭がはっきりしてくる。
少年は今日もフードの目深に被っていた。発見されたのに驚いたのか固まっている。
俺は駆けた勢いのまま少年の手を取る。
そのまま少年の体を振り回しながら地面に押さえ込んだ。
少年は拘束から逃れようと藻掻くが上から体重を乗せているので明らかに体格の劣る少年ではもう抜け出すことは無理だろう。
主人が押さえられたからか、クリーチャーたちも大人しくなった。
俺は改めて少年を確認する。
やはり小柄で身長は160cmを僅かに越えたくらいだろうか? 体も華奢でとても本人が戦えるとは思えない。
押さえ込みながら外したフードの下には前髪で目を隠した少年の顔があった。だが、よく見るとあちこちに縫合した跡がある。中には明らかに他人と思われる箇所や人工物と思われる場所もあった。
強引に服を上げてみれば服の下に隠れた体もあちこちを切り刻んでは縫合した跡があり、日本で一番有名なモグリの外科医もここまでではないだろうという具合だった。
俺が少年を調べているとスギミヤさんも近付いてきたので一緒に確認してもらう。さすがのスギミヤさんも少年の体の状態に絶句した。
俺は少年に押さえ込んだままで話し掛けてみる。
「君は勇者候補だよね? 名前を教えてくれるかい? 俺は西田 信人だ」
俺が自分の名前を教えると、『ギ、ギ、ギ』と音がしそうな動きでこちらを見た少年が声を発した。
「ナ、な、な、ナンんんンりィィィ、さ、サ、トォォァシぃィィッ」
まるで壊れたスピーカーか、回線状況の悪いネット回線の音声みたいな話し方だ。
「えっと、『ナンリ・サトシ』くんで間違ってないかい? 」
俺が確認する様に聞くとガクガクと頷く。
「歳はいくつ? 」
俺は極力優しい口調で聞く。
「ジゅ、じュ、ジュぅぅごォオォ、ササァさぁ、ィィィィィッ」
「15歳かな? 中学生? 」
俺が聞き取りにくい声を拾って確認するとまたコクコク頷く。
俺は一度スギミヤさんを見ると彼も頷くのを確認して、もう少し突っ込んだ質問をする。
「君は今、どこに住んでるんだい? 」
「ががァガァァ、が、ルぅるゥゥ、るルぅ、ドォおどゥ、ドっ」
「ガルド帝国で合ってるかい? 」
ナンリと名乗る少年はまたコクコクと頷く。
俺は更に踏み込んだ質問をする。
「君の体は体に何かされたのかい? 」
俺が聞いた瞬間だった。
「ア、ガガガガガガガガ、グググググ、@Ц867ДГgmСОФ1Щеийлж6」
「っ!? 」
ガクガクと人の動きでは有り得ないような体の揺らし方をしたかと思うと今までにない力で暴れだし口から出てくる言葉は意味を持たないものになった。
体の動きはどんどん激しく、力は強くなっていく。
「ぐわぁっ!? 」
遂に押さえられなくなって俺は後方に吹き飛ばされた。
ナンリと名乗った少年は有り得ない動きでは跳ね起きると、
「がァァァァァァァァァァァッ!!!!! 」
と、絶叫して体の穴という穴から血を吹き出す。
「ぁゲぁが▽ガァ■ァkl☆e、gが―jbaが、がッジ◇iガさaュm、やァビィbaずッッッ」
彼は最早どう表現していのかすら分からない言葉を発したかと思うと、そのまま糸が切れたかのように倒れて遂には動かなくなってしまった。
その異様な光景に俺たちは一言も発することが出来なかった。
どのくらいそうして居ただろうか?
先に意識を復帰させたのはスギミヤさんだった。
「ニシダ、大丈夫か? 」
スギミヤさんが俺に声を掛けてくる。俺は未だ混乱していたがナンリと名乗った少年が既に事切れていることだけは理解した。
「……い、一体……何、が……? 」
この時の俺の気持ちはこの一言に尽きる。
およそ人の死に様とは思えないような酷い状況だった。毛穴、鼻、耳と至る所から血が吹き出し、血の涙を流し、意味の分からない言葉を発しながら――まさに『発狂』したかのような状況だった。
未だ呆然とする俺の問い掛けとも言えない問い掛けに対して、
「恐らく何らかの魔術的プロテクトが掛かっていたんだろう。少年の体についての質問に答えようとすると発動されるようになっていた胸糞悪いやつがなっ! 」
スギミヤさんは吐き捨てる様に言った。
漸く俺も思考が戻ってきた。
いつまでもこうしている訳にもいかない。酷な様だが、これだけ血を流している以上は匂いに釣られたクリーチャーが寄ってくる可能性がある。
ここはそれなりに森の奥のためそのまま運んでやることも出来ない。俺たちはその場に穴を掘って彼を埋葬した。
彼をこんな風にした者たちが回収出来ないようにあまり目立つ物を置く訳にはいかないが、いつかちゃんとした墓に埋葬してやるために俺とスギミヤさんだけが分かる目印を付けた。
その間、俺たちは一言も発さず、ただ黙々と作業を行った。
埋葬を終えるて手を合わせると俺たちは森から素早く移動する。
詳しいことは分からなかったが俺は涙が止まらなかった……
森を抜けると俺たちも漸く少し落ち着くことが出来た。
あまり気は進まないが、それでも先程の件の意見を擦り合わせておく必要がある。
「まずは誰があんな仕掛けをしたかだが……」
スギミヤさんから言われて俺は思ったことを伝える。
「彼が自分で『ガルドにいた』と言った以上、ガルド帝国の誰かでしょう」
我ながらかなり冷たい声音だったと思う。
「恐らくそうだろう。場合によっては中枢に近い者の指示の可能性もある」
スギミヤさんもさすがに怒りを隠せないようで声がわずかに震えていた。
「彼の体を刻んで何かをしたんだ? 可能性としては3つくらいか? 」
スギミヤさんが確認してきたので俺もどんな可能性があるか考えながら先を促す。
「一つは単純に無作為に選ばれた中に彼がいた可能性。この場合は恐らく他の被験者もいるはずだ。ただ、何の実験かは検討も付かん。恐らくは何かを取り出したのだろうが……」
確かにその場合は彼の能力などは一切関係ないため手掛かりが全くない。
ただ、スギミヤさんが言ったように何かを取り出すのが目的だったなら無作為に選んだ人物を使う可能性は低いだろう。
彼がいつ頃こちらに来たか分からないが、俺たちと同じ頃だとして何かを取り出すような特定のグループにカテゴライズされるには活動期間が短過ぎる。そんな短期間で頭角を現したなら何らかの噂になるはずだが少なくとも俺は聞いたことがない。
「二つ目は【|魔物使い《ビーストテイマー》】の能力を人工的に他者に移したり、他者にも発現させるための実験。
この場合は彼からその因子を取り出したのだろうが彼自身が能力を失った様子はない。取り出した因子を戻したことも考えられるが、そんな簡単に取り出したり戻したり出来るならあそこまでの人体実験をする必要があるのかは疑問だな」
これも確かにその通りで、ジョブをコピーして埋め込めるという話なら彼以外の【|魔物使い《ビーストテイマー》】も同じように実験されているはずだ。だが、そうなるとクリーチャーの群れの目撃情報が少な過ぎるような気がする。
「最後は勇者候補の実験、この可能性は高いだろうな。サンプルが少なくて何とも言えないが、勇者候補が普通より優秀なジョブを得られたり成長が早いというなら自国の兵士には取り入れたいだろう。少なくとも俺にそんな実感はないがな」
俺にもそんな実感はない。他の勇者候補について情報収集はしているが短期間で何らかの頭角を現したという人物の噂もなかった。
そもそも“勇者の欠片”はこちらの人が取り込むと制御出来ないと聞いている。戦争に使うにしては使い勝手が悪いとすら考えられる。
結局結論が出ないまま俺たちは街に戻った。何とも言えない不気味さと後味の悪さを残して……
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