貴方のいない世界には私の居場所も存在しない
貴方のいない世界にはきっと私は必要ない
貴方のいない世界ならいっそ壊れてしまえばいい
貴方のいない世界なら私も壊れてしまえばいい
「………波……波! 美波! 美波! 」
誰が私の名前を呼んでいる。
重く沈んだ意識が少しずつ浮上する。
「ん……」
重たい瞼を開けると明るさに目の前が真っ白になった。
「またこの天井……」
漸く視界がはっきりして最初に映ったのは、最近見慣れた天井。
「そっか……また死ねなかったんだ……」
いつもの様に手首を切って、いつもの様に病院に運ばれた様だ。
「美波! 良かったぁ……もうっ! あなたって子は! 」
ベッドサイドからは付き添っていたらしい母親の声が聞こえた。どうやら自分を呼んでいたのは彼女だったらしい、と小林 美波は他人事の様にぼんやりと思った。
小林 美波(26)はどこにでもいる普通のOLだった。地元の高校を卒業した後は地元の女子大へと進学し、その後は地元の企業に就職した。
そこで彼女は運命と出会う。
彼の名前は梶川 有輝也、取引先の営業マンだった。仕事で美波の会社を訪れた有輝也の対応をしたのがきっかけだった。
2人はすぐに意気投合し付き合うようになるまでに時間は掛からなかった。
有輝也は美波より2つ歳上で女性としては少し高めの163cmの美波が見上げる190cm近くある長身、学生時代はラグビーをしていたとの事でがっしりとした体格をしていた。それでいて物腰は柔らかく、人あたりのいい青年だった。
2人はデートを重ね、互いを両親にも紹介し婚約をするまでになった。美波は幸せの絶頂にいた。
あの日までは……
その日、デートを終えた2人は美波の住むマンションまで有輝也が車で送ってきていた。
「有輝也さん、今日も楽しかったよ! 本当に部屋に寄っていかないの? 」
「ごめんね、美波。明日は会議があって朝早いんだよ」
「そっか~。残念……」
「また今度埋め合わせはするよ」
帰るということで少し拗ねて見せた美波を有輝也はそう言って慰める。
「ん~、分かった。じゃあ今度はあの新しく出来たお店ね! 」
「分かったよ。それじゃおやすみ」
「やったー! 帰り道、気を付けてね! おやすみなさい」
美波の現金さに苦笑しながら次のデートの約束をすると有輝也は車を発信させた。テールランプが見えなくなるまで美波はその場で見送っていた。
その日の深夜眠っていた美波はスマホの着信音で目を覚ました。表示されていたのは『有輝也さんのお母様』だった。時計は午前0時を回ったところ、有輝也と別れてから2時間程が経過していた。
「??? 」
こんな時間の有輝也の母からの着信に首を傾げながら、美波は受信ボタンをスライドする。
「もしもし、小林ですが? 」
「ああっ! 美波ちゃん! 」
電話越しに聞こえてきたのは慌てた様子の有輝也の母の声だった。
「はい、美波です。どうかされたんですか? 」
その有輝也の母の様子を怪訝に思いながら美波は返事する。
「美波ちゃんっ! 落ち着いて聞いてねっ! 有輝也がっ! 有輝也がっ! 」
「お義母様、落ち着いてください! 有輝也さんに何かあったんですかっ! 」
電話口の様子に不安を覚えながら有輝也の母に落ち着く様に声を掛ける。
「有輝也が事故にあって、それでっ! それでっ! 」
「有輝也さんがっ!? そ、それで無事なんですかっ!? 」
有輝也の母のショッキングな言葉に美波も慌てて聞き返す。頭の中ではどんどんと嫌な予感が膨らんでいく。
「居眠り運転のトラックと正面からぶつかって……それで……それで……」
「そ……そんな……」
一瞬で目の前が真っ白になった美波の手からスマホがこぼれ落ちた。
「美波ちゃんっ! 美波ちゃんっ! 」
床に転がったスマホからは有輝也の母からの声が響いていた。
そこからの美波の記憶は曖昧だ。
急いで病院へ駆け付け、物言わぬ姿になった有輝也と対面した。次の場面では彼の葬式へと切り替わっていた。気付いたときにはそれも終わり、手元には彼の家族から受け取った遺骨の一部が残っていた。
その日以降の美波はかつての姿を見る影もなかった。仕事を辞め、電気も付けず、マンションの部屋に閉じこもった。
誰からの電話にも出ず、抜け殻の様になり、眠れないまま目の下に隈を貼り付け、ろくに食事も取らないため痩せ細っていった。
そしてある日、ついに彼女は自宅のバスルームで手首を切って自殺未遂を謀った。心配してたまたま家を訪ねてきた友人が発見したため一命を取り留めたが、その後は退院しては自殺未遂を繰り返す様になった。
そうして何度目かの自殺未遂を謀ったある日、入院している病室で眠ったはずの彼女は気付くと真っ暗な空間にいた。
(遂に死ねたのかしら? あの人のところへ行けるの? )
「残念ながらまだ死んでいないし彼のところへも行けないよ」
そんな風に考えていた彼女に不意に男が声を掛けた。
すでに気力もない彼女がゆっくりと声がした方を見ると、真っ暗な空間の一部がぼんやりと明るくなってそこに1人の男が立っていた。
ボサボサに伸びた黒髪、反射して瞳が見えないメガネ、ヨレヨレのシャツにスラックス、更に同じくヨレヨレの白衣を羽織ったヒョロっとした男だった。
(こんなお医者さんこの病院に居たかしら? )
彼女がそう疑問に思っていると、
「ここは君が入院していた病院じゃないしもちろん僕も医者じゃないよ」
男はまるで心を読むように言った。
「じゃああなたはだぁれ? 」
「僕は“神”さ。君の願いを叶えてあげられるかもしれない、ね」
男は意味深に言うとニヤリと口を歪めた。
こうして小林 美波は勇者候補となった。
彼女が飛ばされたのはフェルガント大陸にあるアルガイア都市連合という地域の小さな集落の近くだった。
(ここが異世界……)
彼女は不思議そうに周りを見回す。遠くに小さく粗末な家が並ぶ集落が見え、その手前には田畑が広がっている。
(あっ、そうだ! )
彼女はあの“神”に教えられたことを思い出し、まずはアイテムボックスからステータスカードを取り出した。カードを確認するとそこに書かれていたジョブには【|死霊使い《ネクロマンサー》】とあった。
「くふっ、くふふふふ」
彼女の口から思わず笑いが漏れる。
「くふっ、くふふふふ。ああ、漸ぁぁくぅ有ー輝也さぁんにぃ会えーるぅ~♪ 」
不気味な笑い声をあげながら、彼女はくるくると回り出す。
くるくる、くるくる、くるくる、くるくる。
暫くそうして回っていたが突然彼女は動きを止めた。
(すぐにでも有輝也さんに会いたい! でも……)
「でもぉ、まぁだぁ~。もぉぉすこぉしぃだけぇ待ーっててぇ~♪ 」
そう呟くと彼女は集落へと歩き始めた。
少しでも能力を使いこなすため、より強く彼を生き返らせるために。
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