野営地には微妙な空気が漂っていた。
衛兵隊は黙々と後始末をしているがこちらをチラチラと窺っている様子だし、俺は俺でスギミヤさんにエリーゼちゃんのことをどう聞こうかと思っていた。
衛兵隊からすればいきなりアンデッドに襲われ、首魁と思わしき|死霊使い《ネクロマンサー》と護衛対象がお互いの事情を把握している様な会話をして何やら取引までしようとしていたのだ。そんなことはないと思っていても俺たちとコバヤシさんが共謀して衛兵隊を襲ったのではないかと思ってしまうのは仕方の無いことだろう。
そんな空気の中ではあるが俺たちは黙々と周辺に散らばった死体を一箇所に集めていた。
スケルトンはエリーゼちゃんが発したと思われる謎の光を受けて灰になったが、|生きる死体《リビングデッド》やゾンビなどは死体が残っている。
かなり錯乱していたのでないとは思うがコバヤシさんが戻ってきて再度死体を利用されては困るし、それでなくともこれだけの死体を放置しておけばアンデッドが自然発生してしまう可能性が高い。そうしないためには一箇所に集めて燃やしてしまう必要があった。
さすがに細かくなってしまったものは集めるのも難しいのでその場で都度燃やしたが、夜が開ける前には大まかな死体は集め終えた。各自が持っていた油を掛けて火を放つ。それなりに大きな火にはなったがこの辺りは平原なので余程のことがない限り火事になったりはしないだろう。
燃える火を少し離れた場所で見つつ隣にいるスギミヤさんの様子を窺う。エリーゼちゃんが使った力についてどういう風に聞こうかと悩んでいると火のほうから隊長さんがこちらにやってきた。
「とりあえず後始末は終わりましたが……」
そこまで言うと隊長さんはどう話を切り出せばいいのか分からない様だったが、
「どういったことなのか詳しく伺ってもいいでしょうか? 」
と、単刀直入に聞いてきた。俺はスギミヤさんのほうを見る。
「…………(こくり)」
彼は何も言わずにただ頷いた。説明は俺に任せるということらしい。
「分かりました。俺もよく分からない部分があるので全て説明出来る訳ではありませんがお話出来ることだけでも構いませんか? 」
俺がそう言うと隊長さんも頷くので言える範囲のことを話すことにする。
「彼女は俺たちと同郷人です。ただ、俺もスギミヤさんも面識はありませんでした。彼女の目的の予想が付いたので協力する代わりに攻撃を止めるように説得しようとしたんですが結局説得出来ずに戦うことになった、という訳です」
俺は簡単にあの時の状況を説明した。ただし、勇者候補のことや彼女の願いについては伏せる。このことはまだ説明する段階ではないと判断した。
「なるほど。では、あの時の光はなんだったのでしょうか? 」
全て納得したという訳ではないだろうが隊長さんは話を次へ進めた。俺はもう一度スギミヤさんのほうを見る。
「…………(ぶんぶん)」
彼は今度もやはり無言で、しかし、首は横に振られた。スギミヤさんにも分からないのか……
「恐らくエリーゼちゃんが何かをしたんだと思うんですが……申し訳ないんですが俺たちにもよく分からないんです」
「そうですか……」
俺の説明を聞いた隊長さんは考え込んでいる様だった。俺にしてもスギミヤさんにしてもあの時は戦闘中であり、あの光が放たれた後のことを考えても俺たちが何かを知っていた様には見えなかっただろう。
「分かりました。我が都市を救ってくれた貴方たちの言葉を信じましょう。ただ、あの|死霊使い《ネクロマンサー》のことは都市長に報告させてもらいますが構いませんね? 」
暫く考え込んでいた隊長さんだが、顔を上げると俺とスギミヤさんを交互に見ながら言った。その目は『例えここで拒否されようとも報告する』という決意があった。
これに俺もスギミヤさんも頷き、
「もちろん構いません。寧ろ今後、更に被害が出る可能性がありますので可能であれば早急に対策すべきです」
と答える。
実際彼女を止めることは現状では難しいだろう。彼女はその全てを賭けてでもフィアンセを生き返らせるつもりだろうし、そのためならば邪魔なものは全て排除するだろう。犠牲を出さないためにも都市にも対応してもらうことは必須だと思う。
俺の話を聞くと隊長さんも「ほっ」と息を吐いて表情を和らげた。
「では、これからどうされますか? 出発までまだ少し時間もありますし少しお休みになられますか? 」
「いえ、もう少しで夜も明けますし火が消えたらこのまま出発しましょう」
「分かりました」
隊長さんは今後の予定を確認すると部下に指示を出しに火の方へと戻っていった。
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夜が明けて火の処理も終わると俺たちはすぐに野営地を出発した。このまま何もなければ夕方前には共和国の首都デルフィーヌに到着するはずだ。
俺たちは馬車の中にいた。エリーゼちゃんはまだ目が覚めてはいないが、表情は柔らかく、胸も規則正しく上下しているので体調の心配は無さそうだ。
スギミヤさんは最初、そんなエリーゼちゃんを心配そうに見ていたが体調に問題無さそうだと分かった今は静かに目を閉じている。
「スギミヤさん、少しいいですか? 」
「なんだ? 」
俺が話し掛けると彼はゆっくりと目を開けてこちらを見た。
「あの時の光、あれはエリーゼちゃんが放ったもので間違いないんですよね? 何か彼女についてご存知ないんですか? 」
「あの時、あのスケルトンと戦闘中に目の端に光が見えた。すぐに目を開けいられないほどの強い光になったが一瞬だけエリーから光が放たれているのが見えた。それは間違いない。エリーについては……」
スギミヤさんは光に答えたがエリーゼちゃん自身については言葉を濁して彼女を見た。
「言えるところだけで構いません! この子について教えてもらえませんか? 」
俺は悩んでいる様子のスギミヤさんに頭を下げた。
彼はそれでも迷っている様だったがやがて「ふー」と息を吐くと俺に視線を向けた。
「いいだろう。あくまでも俺がきちんと把握している範囲のことだけならば話そう」
そう言ってスギミヤさんから聞かされたのは彼女の不思議な体質だった。
以前、彼女が村の外れに1人で住んでいたと聞いたがそれは彼女の体質のせいらしい。彼女にはクリーチャーを引き寄せてしまうという体質があるそうだ。その体質のせいで半ばクリーチャーへの生け贄の様な扱いで村外れの小屋に住まわされていた、という訳だ。
引き寄せると言っても彼女がいる所をクリーチャーが襲うという訳ではなく、クリーチャーの近くに彼女がいる場合、奴らは彼女を優先して狙うということらしい。
村でこの体質が広まると幼い頃に両親を亡くした彼女は村外れに追いやられ、以来数年間1人で暮らしていたそうだ。
そこにスギミヤさんがやって来たそうだが、
「その日の夜、寝ている俺を起こした彼女は自分をアーリシア大陸へ連れて行って欲しいと言ってきたんだがその時の様子がな……」
スギミヤさんはそこまで話すと再び言葉を濁す。
「何かあるんですか? 」
俺がそう聞くと彼は考えを纏めるようにゆっくりと話し出した。
「何かあった訳じゃないんだが、なんと言うか……それまでと雰囲気が違ったんだ」
「懇願するとか必死だとかそういう感じですか? 」
「いや、そういった感じじゃないんだ。寝る前までの彼女は聡いところはあっても歳相応の少女といった感じだったんだが、あの瞬間はもっと落ち着いていて少し神々しいというか、厳かというか……そう、会ったことはないがまるで聖人の様な雰囲気だったんだ。
それ以来、たまにそんな雰囲気で話をすることがあるんだが話が断片的過ぎてまだ俺にも全体像が掴めていない。
だが、何かあるんだ。俺たちがこの世界に来なければ行けなかった本当の理由が……」
最後は独り言の様にはそう言ってスギミヤさんは視線を眠るエリーゼちゃんへと向ける。釣られて俺も眠る彼女を見た。そこにはたった今聞いた話からは想像出来ない少女の寝顔があった。
彼女は本当は何者なのか?
そんな疑問を乗せて馬車は平原を走る。
首都デルフィーヌは間もなくだった。
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