「オラッ! さっさと歩けよ」
後ろの男が俺を小突く。手を後ろで縛られている俺は顔を顰めながら暗い階段を地下に向かって歩き始めた。
薄暗い階段を後ろの男が持つロウソクの灯りを頼りに降りていくと暫くして扉が見えてきた。どうやら目的の場所に着いたようだ。
男は俺を縛っている縄の端を一旦扉の手前の柱に縛ると持っていた鍵束で扉の鍵を開ける。
鍵が開くと俺の側まで戻ってきて柱の縄を解き、扉の前まで進むように言ってきた。それに従い扉の前まで行くと扉を開く。
「とりあえずここに入ってろ! 」
そう言うと男が俺を後ろから蹴り入れた。
「ぐえっ!? 」
蹴られた俺は扉の中に倒れて思わず変な声が出てしまった。
「ケッ! 手間掛けさせやがって! 」
男は吐き捨てると扉を閉めてまた外から鍵を掛けた。足音が遠ざかっていく。
「痛ててて。ったくもうちょっと丁重に扱えよ……」
別にそこまでダメージがある訳ではないけど思わず愚痴ってしまう。
さっさと体を起こして部屋の中を確認する。薄暗いのではっきりとは分からないが、20畳ほどの広さの部屋には15人くらいの影がある。ここが攫われた人たちを捕らえているところなのだろう。とっとと次の用意を始めてしまおう。
「さてと、とりあえずエリーゼちゃんとレティシアって人はいますか? 」
俺が声を出すと奥の方で反応した気配があった。
「「は、はい! 」」
女の子の声が2つ聞こえた。どうやら2人とも近くにいたらしい。俺は立ち上がって2人に近付くと漸く顔が確認出来た。
エリーゼちゃんは手が縛られて起き上がれないのか体を横にしていた。レティシアという子は恐らく状況がよく分かっていないのだろう、ポカンとした顔で俺を見た。
「エリーゼちゃん大丈夫? 」
俺はまずエリーゼちゃんに声を掛ける。
「は、はい。えっと、ノブヒトさんも捕まってしまったんですか? 」
エリーゼちゃんが不安そうに聞いてくる。
「まあ捕まったと言えば捕まったんだけどわざとだから心配しなくてもいいよ」
「わざと? 」
俺がそう言うとエリーゼちゃんは困惑の表情を浮かべた。
「君がどこに攫われたか分からなかったからね。わざと捕まって攫った奴らに案内してもらったのさ」
俺がそう言うと更に頭にハテナマークを浮かべている。
「とりあえず後で説明するから。他の皆さんももうすぐ助けが来ますので安心してください。一応安全のために扉からは離れて部屋の奥のほうに固まってもらっていいですか? 」
俺がそう言っても皆半信半疑なのだろう、誰も動かない。仕方ないのでとりあえず自分から動く。
「えっ? 」
誰かが俺を縛っていた縄が解けたことに驚いて声を上げた。俺はアイテムボックスから投擲用のナイフを出して縄を切ったのだ。
「言ったでしょ? 『助けに来た』って。もし、奴らが入ってきて人質に取られたら厄介なので奥に集まってもらえますか? 」
もう一度集まるようにお願いすると、皆がゆっくりと移動を始めた。
「これから皆さんの縄も解きますがすぐに出られる訳ではありません。先程も言ったように扉の近くには近付かないでください」
俺は周りを見回して全員がなんとなく頷くのを確認すると1人ずつ縄を切っていった。
全員の縄が切れたところでこれからについて説明する。
「もうすぐここに街の衛兵が突入してきます。ただ、皆さんを攫った奴らがここに逃げてくる可能性もありますので、先程言ったように扉が開いてもすぐには外に出ないでください。もし、奴らなら俺がなんとかしますから」
そう言ってまた様子を窺う。うん、どうやら全員納得してくれているようだ。
「えっと、ノブヒトさん、とりあえずどういう状況か説明をお願いしていいですか? 」
起き上がったエリーゼちゃんが聞いてきたので俺は簡単な説明をする事にした。
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俺が立てた作戦は単純な囮作戦だった。
酒場で俺が連れを攫われたと派手に奴らのことを嗅ぎ回る。そうすれば恐らくは奴らから接触があるはずだ。
奴らからすると逃げる算段をしているところなので騒がれたくないはず。俺をその場で殺したりは出来ない。
何せ俺が奴らのことを探っているのは多くの人が目撃している。今この街で殺人なんて起これば、たださえ避難民の流入と行方不明騒ぎで警戒している都市政府が街の出入口が完全に封鎖されてしまう可能性まであるのだ。
あとは捕まった俺がどこに連れて行かれるかだが、奴らも急に監禁場所を用意することは出来ないだろうから攫った人たちと同じ場所に連れていかれる可能性は高かった。
もし、別の場所で尋問されるようなら逆に制圧してしまう事も考えていた。何せ向こうにいるのは所詮冒険者崩れのチンピラだ。余程の実力者でもいない限りは問題ない。
もちろん向こうが誘いに乗ってこないことも考えられた。その場合はスギミヤさんが護衛募集に乗るフリをして接触する予定だった。
俺が何軒目かの酒場を出て暗い路地に入ると前から来た男たちが道を塞いだ。合わせて後ろから来た男たちが逃げ道を塞ぐ。
「ななな、なんなんだ、あんた達はっ! 」
俺はビビったフリをしながら相手の様子を窺う。人数は8人程でやはりそれ程の実力者はいないようだ。
「兄ちゃんさっきから何やら嗅ぎ回ってるようだが、ちーっと面貸してくれるか? 」
リーダー格らしき正面のおっさんが親指を立てて後ろを指すジェスチャーをする。どうやら釣れたようだ。周りの奴らもニヤニヤしながら俺を見ている。
「あああ、あんたらが、おおおお、俺の、つ、連れを攫った奴らかっ! 」
俺は震えながらも強がる様に見える演技をしながら相手を睨み付ける。
「何のことかわからんが騒がれるは目障りなんでな。暫くは大人しくしてもらうぞ」
男たちが間合いを詰めてくる。
「クッ、クソっ! 」
俺は前と後ろを交互に見ながら焦った様な演技をして、正面のおっさんに大振りのパンチで殴り掛かった。おっさんはニヤけ面で俺の大振りパンチを躱すと、そのまま俺の腹に膝蹴りを入れた。
「ぐうぉっ?! 」
正直全くダメージは無いのだがカウンターの膝蹴りでダメージを受けた様に腹を抑えて蹲る。
「オラッ! どうした? 雑魚がっ! 」
蹲った俺を囲んで男たちが一斉に蹴りを入れてくる。
俺は適当に「うっ! 」とか「ぐおっ! 」とか呻き声を上げる。暫く蹴られた後にぐったりした様な演技をする。
「それくらいで止めとけ」
おっさんが子分たちを止める。
「このまま殺しちまおうぜ! 」
どうも一方的な攻撃に気持ち良くなってきた奴がアホな事を言い出した。
「ダメだ。こいつは色んなところで嗅ぎ回ってたのを見られてる。殺したら足がつくかもしれんし、今騒ぎになると街から出られなくなるかもしれん。依頼人からも『騒ぎは起こすな』と言われているんだから我慢しろ」
おっさんが淡々と言う。
「チっ! わーったよ! ったく攫った女も抱けねぇしつまんねぇなぁ! 」
「馬鹿野郎ッ! 次に外でその話をしたらブッ殺すぞッ! 」
不用意な発言をした奴がおっさんに殴られた。
「わ、悪かった! もう言わねぇよ……」
殴られた奴が慌てて謝罪する。
「チッ! とりあえずこいつは縛ってあそこに放り込んどけ! 」
「他の仲間がいないか吐かせなくていいのかよ? 」
他の奴がおっさんに確認する。
「どうも都市長の命令で衛兵が本格的に動くらしい。依頼人はその前に街を出たいそうだ。今ならまだ協力者が手を回せばなんとかなるんだそうな」
おっさんがそんな風に言う。やはり衛兵の中にも奴らの息がかかった奴がいるらしい。
「とにかくいつまでもここに固まってるのも拙い。さっさと縛り上げて連れてけ! 」
おっさんが指示すると小太りの奴が近付いてきて俺の手を後ろで縛った。
「じゃああとは任せたぞ」
そう言うとおっさんを入れた6人程が去っていく。
残った2人が俺を運んで行くようで小太りの男の肩に担がれた俺は街の中心から少し外れたボロい洋館の前で降ろされた。
「おいッ! 起きろッ! 」
気絶したフリをしている俺の頬を小太り男が叩く。
「うっ……こ、ここは……? 」
「漸くお目覚めか。さっさと立てッ! 」
気が付いたフリをする俺に男が偉そうに言う。
言われた通りに立った俺に小太りの男が洋館の裏に歩いていくよう命令してくる。そうして歩いた先にあった、裏庭に立っている小屋の前で冒頭の会話となったのだった。
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