D-Family 短編集

円ぷりん
円ぷりん

幾夜目の紙一重

公開日時: 2021年7月13日(火) 13:43
文字数:4,476

BL R18

 どうしてこんなことになったのか、今となればもうどちらにも分からない。それでもやめられないのは本能故か、それとももっと精神的に通ずるなにかがあるのか。そんなことを考えようとしても、晒された真っさらな裸と、右腕に這っている真っ黒な刺青を目の前にしては、すべて吹っ飛んでしまう。

「ミツル、大丈夫?」

 身体の下に敷いた髪に触れながら私がそう問えば、腰のあたりで跨る細い身体は、ああ、と息を吐く。真っ暗い部屋の中でもすべてよく分かった。ミツルと長く闇を共にしているうちに私の目まですっかり闇に慣れてしまい、闇の中は落ち着くなぁなんてことまで思ってしまったくらいだ。

 それでもミツルの左の手が横たわった私の胸元に触れ、右手が私の怒張を掴んだのは、感触で察したのだけれど。その先端にきゅうと締まる口が当たっては、ぐぅ、と熱り立ったそれを侵入させられる。

「ッ、」

 ミツルが息を止めたのが分かる、私も小さく眉を顰めた。

「苦しくない?」

「黙ってて、くれ」

 そのまま腰が落ちてきて、みるみると私の欲望を飲み込んでいく。熱くて軟らかい内側がぐぢゅりと叫びながら。繋がっているそこが見えないのは惜しいが、それはまた別の機会にとっておこう。私は見上げて、鋭く息を吐き捨てたミツルに手を伸ばした。

「よく出来たね、ミツル……」

 頬に触れるとミツルは無意識なのかほんの微かに擦り寄ってくる。それに応えるように撫でてやっては、指を唇に押し当てて、隙間に挿し入れた。熱い息が当たる。ぬめぬめとした舌に触れては、今度は上下の歯が甘く私の指に立つ。はぐ、なんて愛らしい擬音が似合いそうに優しく噛んでくるミツルが甘えたがりのようで私は口の端にほんのり笑みが灯ってしまう。その間中ずっと私の性器を尻の中で締め付けているミツルは、きっと眉間にしわを寄せて苦しみや小さな快感に耐えているのだろう。

 本当に、どうしてこんなことになっているんだったか。

「動いていいよ」

 手を退かせて私はベッドの上に横たわったままになる。ミツルは、ああ、と息のような返事をしてから、ずるずると腰を上げ、所謂騎乗位の姿勢で動き始めた。

 どうしてミツルを抱くことになったのだったか、どうして私とミツルがそんな関係になったのだったか。前と後の境界線はきっとひどく曖昧で、ある意味でセックスなんかより凄まじいことを散々してきた私達にはさして大切ではそんなもの無かったのかもしれない。それでも初めての夜には人並みに緊張したし、分からないことがあったし、ミツルにもつらい思いをさせたはずだ。私はまだしも、ミツルの方が不慣れだったはずで、そもそもどうしてあれだけプライドの高い彼が私に身体を委ねるに至ったのか確証は無い。恋愛感情が生温く見えるような私とミツルに、まるであとひとつ足りなかったのは身体の関係だとお告げでもされたようだった。

 いくら目かの夜である今は、ミツルが私の上に跨って、一心に腰を振っている。動きもぎこちないしミツルの呼吸は苦しそうだったが、水を差すのも良くないので私はされるがままに横たわりながら

「だいぶ慣れてきたね」

 まだ慣れない内側の感触を享受している。ミツルも見せたことのないようなぼうっとした表情で、しかしいつもやってみせるような笑みを貼り付ける。

「碧のお陰でな」

「いいや、ミツルの才能だよ……」

 吐息に混ざる嬌声の存在に、果たしてミツル自身は気が付いているのだろうか。この飲み込みの早さは本当に一種才能で、今更他者の欲望を迎え入れる痛みなどもうミツルには感じられないのかもしれないけれど。

 ミツルはベッドをぎしぎしと軋ませながら言葉の入り口で笑う。

「それより、ずっと感心していることがあるんだが」

「なに?」

「碧のココも、ちゃあんと機能するんだな……」

 きゅ、と意図的に内側が締まって息を呑む。見上げたミツルは目を細めて主人のように私を見下ろしていた。

「研究の能力にすべてのパラメータを振り切って、てっきりコッチは不能なんじゃないかと思っていた」

「私にだって、人並みに性欲はあるよ。ミツルのことはじゅうぶん楽しませてあげられると思うけれど」

「へえ……楽しませてくれるのか」

「なにを企んでるの、ミツル……」

 刺青に支配された腕が暗闇の中をぬぅと伸びてきて、私の首に触れる。

「絞めてもいいか……」

 その手はそのまま首の横に添えられた。絞めてもいいか、という問いが、首を絞めてもいいか、という旨であることを私は一瞬遅れて理解した。

 ミツルの加虐的嗜好の激しさを私はぼんやりと脳裏に蘇らせる。

「私、死なないよね」

「大丈夫だ、上手い具合なら知っている」

 僅かに力が入る。喉仏ではなく首の横を挟むような掴み方。鈍い苦しみが呼吸を狭めるようだ。ミツルの大きな手は私の首などそんな風に簡単に捕まえてしまえる。

「……いい顔をしてくれ、碧」

 震えた声で言うのを皮切りにぐっと力を込められる、勿論歓喜の震えだ。筋を圧迫されるような、じわじわ息が細まるような、ゆっくりゆっくり迫る苦しみ。次第に陥る酸欠は耐え難く、しかしミツルがあんまり楽しそうに笑っているので、私も笑ってやる。

「は、さすがはサディスト、だね」

「へえ、まだ喋る余裕があるのか」

 更に絞められるとさすがに苦しくて身体を捩らすが、ミツルに腰ごと捻じ伏せられてしまう。ぐじ、と奥に当たる感覚。

「逃げるな、碧……楽しませてくれ」

 少し緩めては、また力が込められる。左手も加わって更に緻密に圧力がかけられた、腰の動きも再開する。ぎ、ぎぃ、とベッドが鳴る度に首にかかる力も揺れて、ミツルの中の動きと呼応しているような掌はひどく熱かった。

「苦しいか?」

 答えようと口を開けるが上手く声が出ない。代わりに頭の上の方で頷く。ミツルは唇をにぃと吊り上げて、恍惚に息を吐いた。

「碧もそんな顔をするんだな、知らなかった」

 どんな顔をしているのか尋ねたかったけれどそれも叶わない。ミツルの手を剥がそうと私の手を首元にやるが力は入らないしミツルに軽く払われてしまうしでなす術がない。はくはくと開いた私の唇をミツルは時折己の唇で食んで、べろりと唾液を塗りつけてきた。甘くて、酸欠とは別の意味でくらくらする。

「首を絞められているのにちっとも萎えないな」

 ず、と深く沈められ声が立ち上りかけるが、絞められた喉ではどうしようもない。ミツルも同じ瞬間にきゅうと手が絞まって、私の喉仏がぐにゃりと圧迫される。

「案外向いてるんじゃないか? こういうことをされるのにも……」

 深いところとキスするような腰の動き、私もミツルもぞぐぞぐと身体が震えてしまう。ミツルの息はさっきよりも跳ねていて。

「っ、ミツル、」

 縋るような手をやっとミツルの腰に触れさせた。その瞬間、ぴくり、とミツルの身体が揺れる。同時に手が緩んで、は、と新鮮な息を存分に肺に入れた。両手は先にミツルの腰を掴んで、

「ッ、」

 大きく揺すってやる。

「おい、碧っ……」

 抗議する声はしかし幾分も艶っぽい。明るいところで見たらきっとぼんやりと顔を赤くしているのだろう、いつか見ることが叶うだろうか。身体に挿し込まれた芯ひとつにぐらぐらと揺らぐミツルの身体は暗い中で妙に色めいて感じられて、とても感じている、ように思える。

 そんな姿をされたら、私もつい楽しくなってきてしまうじゃないか。

「はは、加虐趣味と被虐趣味は紙一重って言うけれど、ミツルはどうなの?」

「そんなわけ、っ」

「無い、かな?」

 首にやんわりとまとわりついたままの指を取って咥えてやる。じゅ、と音立てて舐めてやればきゅうと中が締まった。分かりやすいなぁ、と思いながらそれを何度も繰り返し、ミツルは声を堪えながらそれを享受している。

「碧、なあ……」

 ミツルにしては珍しい、弱々しい声。こんな声も出せるのだと知ったのは最近だ。私に加虐趣味はないがそんな声で名前を呼ばれると無性にぞくぞくと奮ってしまって、笑顔が浮かんでしまう。

「ミツルを楽しませてあげられるって言っただろう?」

 肘をついて上体を起こした、身体が近づく。ミツルを私が抱え上げるような姿勢になりながら、

「顔を見せて」

 頬に触れてもミツルは応えない。ふいとそっぽを向いてしまって、指の腹から伝わる熱い体温だけが分かる。

「こっちを向いて」

「っ、よせ」

「ミツル」

 諭すように呼ぶと、小さく息が乱れた。身体は正直で、今のひと言で切なげに縮み上がっている。なんて愛らしい。それでも顔を向けるのは恥ずかしいらしく、ちら、と視線だけを私に寄越してきた。暗い中でもそれはよく分かるし、ミツルらしくない決まり悪さがそこにはある。

「いい子だ」

 頬にキスをしてやると、んん、と嫌がるような喜ぶような音が喉から漏れた。シャープな輪郭を指で撫でて、柔い肌に唇を吸い付かせる。

「それとも、頬じゃ不服?」

 か、とミツルの顔に紅が射すのがこの距離なら分かる。首を横に振るのでそれならそれ以上のキスはお預けにして、ミツルの身体をぴったりと抱き寄せた。熱い。

「碧……っ」

 泣きそうな声を出すミツルは、そんなつもりなかったとでも言いたげに唸るような声を搾り出す。余程恥ずかしいのだろう。

「私の前で恥ずかしがることなんて無いよ」

 首元に顔を埋めさせて、ミツルの長身を揺さぶる。途切れ途切れの喘ぎを零しながらミツルは、私に抵抗しようと腰のあたりに手を伸ばしてくるけれど、とても力なんて入っていない。

 そろそろかな、と、私はミツルの後頭部に触れて身体に顔を押し付けさせる。

「ほら、私の匂いがするだろう?」

 ミツルの息を呑む音。ああ、想像通りだ。

「安心する? それとも、興奮する?」

 ちゅ、と耳朶にキスをすると小さく反応がある。吐息を耳孔にやんわり流し込むとどうしようもなくミツルは身体を震わせる。腹の底にぞくぞくと立ち昇るこの愉悦。

「ミツル、腰が揺れているよ。私の匂いで興奮してしまったんだね。ミツルもきもちよくなりたいんだね」

「っあ、みどり、」

「イっていいよ」

 喉元が引きつるのが分かった、びく、と腰のあたりが大仰に跳ねる。そのままか細い声を漏らしながら、身体を甘い波にさらわれてしまっては、私から離れようとしないミツル。

 こんなに簡単にイってしまうなんて、やはり一瞬の才能だろう。私の「開発」が功を奏したのもあるだろうけれど……。

「いい子だねミツル、ちゃんときもちよくなった?」

 背中を撫でてやりながら尋ねると、は、と息を吐いたミツルが、倒れかかっていた状態から起き上がる。

「……碧もなかなかのサディストだな」

 腰を上げて引き抜こうとしたミツルを制して、首を横に振る。私がまだだ、ということを察したミツルは、渋々、と言わんばかりに腰を落とした。

「私は人の首を絞めて興奮しやしないよ」

「もっと拗らせているだけだ」

「ミツルには言われたくないなぁ」

 今度こそ唇同士を触れ合わせれば、不意をついてやったミツルの自然な呼気を口の中でふんわりと堪能出来た。少し啄んでやってから、いくよ、とミツルに予告をする。

 どうしてかは分からなくても、きっとどうしても私達は、こうなってしまうのだろう。

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