D-Family 短編集

円ぷりん
円ぷりん

参謀特製のホットケーキといつまでも変わらないあたし

公開日時: 2021年7月13日(火) 13:32
文字数:2,206

 キッチンに立っている時に人が集まってくるとなんとなく嬉しい気持ちになってしまう。昔からそうだったから、今だってそうだ。そんなことを思う西嶺真白はフライパンを器用に使いながら、背後の賑やかさに耳を澄ましていた。

「楽しみだねぇ、アルブムさんのホットケーキ!」

「そうですね。いつも蜂蜜がたっぷりかかっていて、本当に美味しいですものね」

「うんうん! ルークスもアルブムさんのホットケーキ好きでしょう、いつも食べてる気がする」

「僕は別に……いつもたまたま通りかかっちゃうだけで」

「ふふ、羨ましいです」

 肩越しにちらと振り返ると、アウルム、ニクス、ルークスとそれぞれコードネームが与えられた三人がテーブルを囲んで談笑している。それぞれの本当の名前を真白は知っていたが呼ばないでおくことにしていた。

 ホットケーキの匂いにつられて集まってきた三人の為に真白は急遽たくさんのホットケーキミックスを溶いて、たくさんのホットケーキを焼き上げた。ほわほわと湯気を立たせているうちにフライパンから皿に移して、バターをひとかけ、その上から蜂蜜をたっぷりかける。あっという間に出来上がった三皿を

「はいはい、アルブムお姉さん特製のホットケーキですよ~~」

 運んでやると、三者三様に目を輝かせた。一番素直で大仰なのがアウルム、上品だけど一番笑顔なのがニクス、隠しているつもりなのだろうけど期待が隠しきれていないルークス。妹と弟みたいで可愛いなぁ、なんてことをついつい思ってしまう。

「いただきまぁす」

「はぁい、召し上がれぇ」

 食べ盛り育ちざかりのかれらはきっとまだまだ食べるだろうから、二枚目以降にとりかかる。混ぜ終えているホットケーキミックスを、油を敷いたフライパンの上に丸く流し込んでは、器用に形を整えていく。

「アルブムさん、ホットケーキとっても美味しい!」

 金のボブヘアを揺らしながらアウルムがにこやかな声で言う。

「ほんと? 良かったぁ」

「外はかりかり、中はふわふわで……たっぷりの蜂蜜とよく合います」

「ニクスは甘いの好きだもんね」

「ええ、大好きです」

 にこり、と微笑む小さな身体は見た目以上に甘いものを欲していて、恐らく真白のホットケーキを五枚は平らげてしまうだろう。あの雪のように白くて小柄な身体のどこに入っていくのやら。

「ルークスはどう? 美味しい?」

 食べているであろうところを覗き込んでやると、口の端に欠片をつけて大きなひと口を頬張るのがちょうど見える。ルークスは恥ずかしそうに

「見ないでくださいよ……」

 と、しかし甘味での幸福を雰囲気に滲ませていた。動物だったら尻尾でも振っていそうだ。真白はついくすくすと笑う。

「いやぁ、せっかくだし美味しく食べてもらってるとこが見たいなぁと思ったけど……それだけ幸せそうに食べてもらえると、こっちも嬉しいってもんだねぇ」

「それはどうも……」

 恥ずかしがり屋め、と真白は思う。そういうところがなんだか可愛がりたくなるのだけど。

「私、アルブムさんのホットケーキが世界で一番好き!」

「あっれれぇ、アウルム、ルークス様のオムライス食べた時もそう言ってなかったっけ?」

「ふふ、アウルムにとってはどちらも世界一、なんでしょう」

「そうそう! ニクス、いいこと言う~~」

 ああ、本当に微笑ましい。つい頬が綻んでしまうのを感じながらホットケーキを引っくり返してはまた焼いていく。

「蜂蜜、足りてる?」

「足りてます!」

「甘くて美味しいです」

「良かった良かった。ルークスも平気?」

「へいひれふ」

「なに言ってるか分かんないっての~~」

 けらけら笑い飛ばすと、皆が笑う声がする。心地良い。

 この感じが真白は堪らなく好きだった。忙しい両親、歳の離れた妹と弟のいる実家では真白がいつもふたりの親代わりで、よくこうやって食事を作っては楽しく話していたっけ。父と母より真白に懐いたふたりのきょうだいは真白にとって可愛くて仕方がなかったが、歳を重ねるにつれ、負担になっていたのも確かだった。真白自身も暇ではなくて。けれど家の中での真白の立場は変わらなくて、いつまでもいつまでも、真白は「長女」を強いられた。楽しくも苦しい「長女」を。

「あ~~ほんとに毎日でも食べたいなぁ」

「……分かる」

「だよね! てかルークスもう食べ終えたの!」

「食べ盛りだから」

「あたしだって負けないから!」

「争うことないでしょう……」

 その「長女」から抜け出したかったはず、なのだけれど。

「おかわりありますか」

 ルークスの声に、は、と正気に戻る。振り返ると三人がじっとこちらを見ていた。どうかしたんですか、とニクスが言う。

「ん、あー、なんでもない。もうちょいで焼けるよ」

「あはひも、もおたへほわる!」

「ちゃんと飲んでから喋ってください、アウルム」

 くすりと笑うニクス、喉に詰まらせたらしくどんどんと胸のあたりを叩くアウルム。それを見たルークスは小さく肩を竦めている。実家の妹と弟はこんな感じじゃないけど、かれらも妹と弟みたい。でもこれはこれで、と思うあたり、

「……あたし、いつまでたっても変わらないなぁ」

「え、なにか言いました?」

「んーん、なんでもなぁい」

 ルークスの皿に焼き上げた一枚を乗せ、蜂蜜をたっぷりとまたかけてやる。参謀特製のホットケーキはこの後も大人気で、真白はいつまでも焼いてやっては、変わりたくてもなかなか変わらないものだし、それにしたってやっぱり悪くないんだよなぁとつい笑ってしまった。

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