D-Family 短編集

円ぷりん
円ぷりん

少女の早贄

公開日時: 2021年7月13日(火) 13:35
更新日時: 2021年7月13日(火) 13:39
文字数:1,973

死体描写あり

 百舌鳥の早贄。

 その部屋で繰り広げられている光景に藤堂満が抱いた感想はそれだった。

 ここは地下室で、打ちっぱなしのコンクリートが冷たくて、十代の少女が好き好むとはあまりされない場所だ。しかしこの施設にいるアウルムというコードネームを持つ少女は嬉々としていた。見る人が見れば趣味が悪い光景。満に言わせれば、悪くない、という評価になるが。

「アウルム、なにしてる」

 ぱ、と少女が金染めの髪を揺らして振り向くのがサングラス越しにも分かった。表情を明るませて、ルークス様、と言った……満のコードネームだ……。その顔には赤い飛沫が飛び散っている。

「遊んでいるの! デウス様がいいよって言ってくれた」

「へえ、あの人が? 良かったな」

 うん、と頷いてアウルムはにこにこしているが、少し視線をずらせばそこは地獄の様相だった。

 それが人間であったことは満にも分かる。ただ腹を派手に掻っ捌かれて……そんな丁寧なものでもないが……中の真っ赤な臓物を乱雑に引っ張り出されている。コンクリートの上に血を赤黒くこびりつかせながら腹の中に本来収まるべき花々はずたずたに引き裂かれたり潰されたりしていて、なるほど部屋の中が鉄臭いわけだ。先に「百舌鳥の先贄」だと思ったのはその隣、同じようにされたかつて誰かだったそれは、綺麗に臓物を取り出され並べられていたから……しかしその犯人である目の前の少女は溌溂と、その手の中に銀の武器がひとつずつ。

「楽しいか?」

 手に握られたもんじゃ焼きに使うようなコテは血肉をまとわりつかせて爛々と蛍光灯の光を煌めかせている。きらきらした笑顔で

「とっても!」

 と答えるアウルムに満は「そうか」と答えた。

 また「遊び」に勤しむアウルム。満はこれを趣味悪く「臓物もんじゃ」と内心で呼んでいある。センスはともかく表現は的確だ。臓物を床に引っ張り出してはコテですり潰しぐちゃぐちゃにかき混ぜる。その光景のおぞましいことといったらない。

 年頃の少女がどうしてこんなことをしているかって、ひとえにそれは満のせいだと言っても過言でない。彼女をD-Familyのメンバーに加えるために「攫って」来たのは満だし、洗脳異能によって彼女に残虐性を植え付けたのも満だ。まぁ、もんじゃコテを使う少女がいくらなんでも臓物でもんじゃ焼きごっこをするとはさすがの満も予想外だったが。

「こっちはいいのか」

 早贄と化している死体のひとつを軽く指さす。アウルムは手を止めて、そちらをじっと見た。うん、と鼻の上の方で言う。

「あっちは後。綺麗に並べられたから」

「ほんとに綺麗に並んでいるな」

「でしょ? 誰かに見せたくってしょうがなかったんだけど、ニクスはこういうのあんまり好きじゃないし、地下にはあんまり皆来てくれないから」

「じゃあ俺はちょうどいいタイミングで来られた?」

「そう、とっても嬉しい!」

 立てた膝の上でコテと共に頬杖をつくアウルム、ぬらりと赤く鈍る血が肌につきそうだった。

「ねぇ、アーテル様」

 目が合う。コーヒーキャンディのような瞳。サングラスを隔てて見つめ返すと、少女は照れ臭そうに笑う。

「ありがと」

「なにが?」

「私をここにいさせてくれて……」

 そして少女は、自分が過去にどれだけの人間をいかにして手にかけ、しかしそんな自分を受け入れ優しくしてくれる満やこの施設への感謝を流暢に喋り始める。この話は満も知っているので、うん、うん、と優しく合間合間に相槌を挟んで、気のすむようにしてやった。どの様子についてもあんまりリアルに語るものだから、少し可笑しくなってしまう。だって、あまりに満の記憶のそれと一致する。

「ありがとう、大好きよ、アーテル様」

 満は頷くに留めて少女の頭を撫でてやる。頭頂だけが地毛の茶髪をのぞかせた髪。アウルムはえへへと嬉しそうに頬を綻ばせてその感触を享受している。この部屋に充満する血の匂いなんて忘れているように。目の前に蹂躙された死体があるなんて知らないように。

 その人殺しの記憶もなにもかも、満の記憶を異能によって植え付けられているなんて知らないのだ、彼女は。

 そう思うと満は可笑しくて、可哀想で、ついつい笑いたくなってしまう。その異能を研究するためにこの施設にいる面々にはさまざま異能を用いているものの、アウルムほどたくさんのことを施された者はいない。記憶を改竄され、本当の名前さえも忘れさせられて……記憶の中で本当の彼女の名前はとっくに死んでいる。そして洗脳によってまるで別人にすり替えられてしまった彼女は本当に、可哀想。

 それを指示したあの人がしかし、凄まじいほどに正気なのだから満には堪らないのだ。

「これからも一緒だ、アウルム」

 そう言ってやるとアウルムは表情を明るませた。応えるように笑んだ

「うん、ずっと一緒だよ、アーテル様」

 少女の目は笑っておらず、満は静かに微笑む。早贄はまだ転がっている。


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