その晩の話である。
「ワシはこの部屋で寝るがお前さんたちはどうする?」
俺は着替えの鞄を持ったダグラスに、寝室の前で言われた。
俺が寝室を覗き込むと、部屋の中にはベッドが一つあるだけだった。
部屋の中は狭くて殺風景だ。窓の一つも無い。
俺は体を廊下に戻す。
「廊下のほうが見渡しが良さそうだな」
見れば廊下のほうが見渡しが良かった。
ダグラスが寝ると言った部屋は、30メートルほどの長い廊下の中央ぐらいに在った。
同じような扉が十三個ならんでいる七番目の部屋である。
「爺さん、俺は廊下で寝るぜ」
俺がそう言うとジャンヌも同じことを言う。
「それでは私も廊下で夜を過ごします」
「じゃあ、何かあったら呼んでくれ、俺が部屋に突入するからよ」
「分かった」
ダグラスは返事を返すと扉を閉めた。
俺は腰からショートソードを抜くとマジックトーチを掛けて壁に立て掛ける。
「明かりはこれでいいだろう」
俺は床に腰を下ろすと壁に寄りかかり寛いだ。
すると四つん這いでマジックトーチの掛かったショートソードを眺めるジャンヌが述べた。
「凄いですね、アスラン殿。戦士系かと思ったら、魔法まで使えるのですね」
「あんただって神官戦士なんだから、ヒール系の魔法が使えるじゃあないか。それにジルドレは使い魔なんだろ。って、ことは、まだ何か魔法を覚えているんだろ?」
ジャンヌも壁に寄りかかりながら座った。
そしてジルドレを抱き寄せると、顎の下をコチョコチョと撫で回す。
黒猫のジルドレはされるがままだった。
実に気持ち良さそうな顔をしてやがる。
俺もジャンヌちゃんに顎下をコチョコチョされて~な~。
「私はヒール系とウォーロック系の魔法が少々使えます。ですが、まだまだ未熟者ですから……」
自信が無さそうに述べるジャンヌは眉をハの字に曲げて微笑んでいた。
「まだ若いんだから、未熟なのはしゃーなくね?」
「でも、アスラン殿は私とほとんど同い年ぐらいなのに、閉鎖ダンジョンをクリアしたとか……?」
「噂だ」
「煙の無いところから火は立ちません」
ん~?
なんか、ことわざが違ってね?
「あんた、何か勘違いしてないか?」
「今度は謙遜ですか?」
「いや、そうじゃあねえよ」
「自慢はしないのですね……」
そうじゃなくて、火が無いところに煙は立たずじゃなかったっけ?
「いいですね、アスラン殿は……」
「何が?」
「自由に好きなだけ冒険ができて……」
「あんたもすればいいじゃんか?」
「私が冒険者をやれるのは、せいぜいあと一年か二年ですから」
「なんでタイムリミットがあるんだよ?」
「家庭が許してくれないのです……」
「家なんて関係無いだろ?」
「そうもいきませんよ……」
ジャンヌはジルドレを抱き締めたまま俯いていた。
表情は非常に暗い。
そして、ボソリと言った。
「誰か、連れ出してくれないかな……」
なにーーーー!!!
このシチュエーションからして、それは、それは、それは、俺に連れ出してくれと言ってますか!?
言ってますよね!?
言ってますよね、絶対にさ!!
愛の逃避行ですか!?
「アスラン殿の自由が羨ましいです……」
やっぱり言ってるよね!!
もうこれはOKサインですか!?
レッツゴーですか!?
今晩が初夜ですか!?
そうですよねぇえぇええがはががあがばが!!!
心臓がーーーー!!!
俺は廊下でのたうち回った。
本日二回目ですがぁなぁぁあああ!!!
こんちくしょうがーーー!!!
「アスラン殿、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫、だ、から……、ぐぅぅ……」
「ヒールをお掛けしましょうか!?」
ジャンヌちゃんが言いながら、倒れた俺の体をゆすってきた。
あっ、やん、そんなところさわらないで、気持ちいいからさぁぁがああがかががああ!!
らめーーーーー!!!
感じちゃうーーーー!!!
心臓がぁああーーー!!!
「や、やめろ!!」
「きゃ!」
俺は怒鳴りながらジャンヌちゃんの腕を払いのけた。
これ以上触られていたら、気持ち良くなって天昇してしまうわ。
両方の意味でさ!!
それにしてもちょっと強く払いのけすぎたかな?
「ご、ごめん。ちょっとやり過ぎた……」
「い、いえ……。私こそ気を使いすぎました……。すみません……」
ジャンヌちゃんは艶っぽく斜めに座りながら俯いていた。
なんか、色っぽいぞ!!
また、呪いが騒ぎ出す!!
ぐぐぅうぅぅうぐくぐぐ!!!
この野郎!!
いつもいつもいいところで邪魔ばかりしやがって!!
もうジャンヌちゃんはOKサインを出しているようなもんなんだぞ!!
ランデブーOKなんだぞ!!
あとは男が勇気を出して彼女を家の縛りから連れ出せばハッピーエンドでウハウハキュンキュンなのさ!!
「ジャンヌちゃん……」
俺は息を整えてジャンヌにすり寄った。
「アスラン殿……」
ジャンヌも俺を見つめ返してくる。
恋する二人が見つめ合う。
男に強引なままに奪われたい彼女と、獣のように猛る俺が見つめ合っていた。
そして、更に俺が距離を詰める。
「ジャンヌちゃん!」
「アスラン殿、あれ!!」
「え?」
ジャンヌは俺の背後を見つめながら指をさしていた。
俺は瞬時に振り返る。
『ぁあぁァあァあアああぁアアア』
そこには朧気に揺らめく半透明なローブを纏った長身のレイスが立って叫んでいた。
皺くちゃな顔に長い髭。
瞳だけが青白く輝いている。
「メガロか……!?」
俺は立ち上がると異次元宝物庫からセルバンテスの黄金剣を引き抜いた。
ジャンヌちゃんは、それを見て驚いている。
そりゃあー、驚くよね!
異次元宝物庫も凄いし、黄金剣も凄いからさ!!
よ~し、ここは彼女のために全身全霊を込めてカッコつけるぞ!!
派手にビシッとズバッとメガロをぶっ倒してやるぜ!!
【つづく】
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