「つまり、アンタら二人はギルドの回し者で、ウチのもきゅ子が欲しいってことなのかよ?」
「もきゅーもきゅーっ」
俺は自らの胸に顔を埋めているもきゅ子の頭を撫で慰めながら、その子達に向かって事の概要を問いただす。それはその目の前のギルド連中に、カネなんかで買われるもきゅ子を守る意味も含めた無意識下での行動だったのかもしれない。
「ふん……まぁそうね。最初は敵情視察のつもりだったのよ。でも店先にそんな可愛いドラゴンがいたから気が変わったのよ。それにメニューを見てみたら、カネでその子が買えるって話じゃないの。なら当然のことでしょ? 違う?」
ツンデレ娘はさも悪気が無いような態度で、そう反論してきたのだ。またアヤメと呼ばれる美人剣士のお姉さんは興味が無いのか、目を瞑りただ黙って隣で座っている。
「こ、この野郎っ!!」
もきゅ子をカネで買う……俺はその不躾な物言いに対し頭に血が上り、文句の一つでも言ってやろうかとその子に詰め寄るため、一歩前に出ようとしたのだが道を阻まれてしまった。
「…………」
カチャリッ。隣にいる剣士のお姉さんが一瞬にして左腰に携えている武器の持ち手部分に手をかけると少しだけ引き抜いた。ただそれだけで俺の歩みを止めるには十分だったのだ。
「ぐっ!?」
しかも余裕があるのか、依然目を瞑ったまま口も開かない。きっと「貴方を斬るのに視界など不要です。いつでも斬れます」っとの無言の圧力なのかもしれない。俺は頭の中で「これ以上一歩でも彼女に近づいたら、斬り殺されてしまう」とのイメージが浮かんでしまい、それ以上一歩たりとも動くことができなくなってしまった。
「ふふっ。私は野郎ではないわよ。ちゃんとした女の子よ。それもとびっきりの美少女のね。ああ、それとさっきの話だけれども、一つだけ間違ってるわよ。私はギルドの回し者じゃないわよ」
ツンデレ娘は護衛がいると安心しきっているのか、またはこんなことになれているのか、一切動揺せずにそう言い放っていた。
「ギルドの……回し者じゃないだって?」
先程確かに彼女は「自分がギルドだ」と言ったはずだ。なのに今は「ギルドの回し者ではない」と言っている。俺は訳が解らずに困惑してしまう。
「ふふっ。困惑しているようね? ま、それも当然でしょうね。私が貴方でもきっとそう思うでしょうね。ま、いいわ。せっかくだから教えといてあげるわ。私の名前は『マーガレット』よ。だから貴方が言うギルドの回し者なんかじゃなくて、ギルドそのもの……つまりギルドを束ねる長ってことね」
マーガレットと名乗る少女はまるで俺の反応を楽しんでいるように、笑いながらそう言った。
「マーガレット……キミがギルド長……代表だって言うのか?」
(まさかこんな年端もいかない娘が、ギルドを束ねる長だったなんて……)
俺は彼女の名前を呟き、そしていきなり目の前に敵方の大ボスが現れ、先程よりも更に混乱してしまうのだった。
「ま、親しい人には短く『マリー』と呼ばれているわね。なんなら貴方達もマリーでいいわよ。どうせこれから先も、嫌でも顔を合わせる事になるでしょうしね。くくくっ」
マーガレット……いやマリーは「会うのは今日だけの話ではないわ。貴方達がこの街にいる限り、いえ商売をしている限りは毎日邪魔しに来るからね」と言った感じに、親しい呼び名を使っても構わないと笑っていた。
「で、既に代金を支払ったのだから、当然その子を売って貰えるんでしょ? ああ、それとこの店を更地にするのは食事を終えてからでいいわよ。それくらいは待っててあげるわね」
マリーは「ナポリタンとやらを食べ終わったら、もきゅ子を持ち帰り、この店を潰すわ」ただ一言だけそう言って、満足そうな顔をしている。
「すんすん……きゅーきゅー……きゅーっ」
「……もきゅ子」
もきゅ子も自分の行く末が気になるのか、先程とは違い、とても悲しそうな泣き声と共に「捨てちゃヤダ……離れたくないよぉ~」っと言った感じにその大きな瞳から涙を流し、俺の服を必死に引っ張っていたのだ。きっともきゅ子自身も自分がカネで売られてしまう、いや俺達に捨てられるのだと思っているのだろう。
「もきゅ子、大丈夫だからな……。お前を売るわけねぇだろ……だから安心しろって……」
俺は安心させるようにもきゅ子の頭を撫でてやり、ぎゅっと少し強めに抱きしめてやった。もきゅ子の涙により少し服が濡れてしまい、なんだか余計やるせない気持ちになっていた。
「も、もきゅ? もきゅきゅ? も、もきゅーっ♪」
もきゅ子は「ほ、ほんと? ほんとにほんとなの? よ、良かったよぉー♪」っと嬉しそうに抱きつくと、何度も何度も俺の胸に顔を擦りつけ喜んでいた。
「……シズネさん」
そして俺はこのトラブルを引き起こし、そして唯一解決できるであろうあの人に目を向けると名前を呼び目を向けたのだ。もちろん既に代金をテーブルの上に乗せ、この状況下を逆転するのは難しいだろう。けれども、「シズネなら、きっと何とかしてくれるはず……」そんな縋りつくような思いもあった。
「……(コクリッ)」
俺に見つめられ、シズネさんはただ黙って頷いた。それは「大丈夫ですよ、旦那様。もきゅ子は絶対にギルドなんかには渡しませんので、どうかご安心を……」っとまるで俺を安心させるような頷きだった。
「あっ……」
だがしかし、シズネさんは一声そう漏らすと腕を組むように左手で右肘を支えながら、右手で口元を覆ったのだ。そして俺から視線を外すと、床へと差し向け何かを考える素振りを見せていた。
それはまるで「あっ、待てよ。もきゅ子を売れば10万シルバーなのか。いやぁ~、現金で10万入るなんてそうザラにある話じゃねぇぞ。こりゃ考えものだな……」っと俺の不安を盛大に煽る行動を垣間見せていたのだ。
「シズネさんっ!!」
「あっ、すみません……」
俺が彼女の名前を強く呼ぶと、「あっ、いけねぇいけねぇ。この場でもきゅ子売っちまったら、さすがに読者の反感買っちまうわな。それに売り時は今じゃなくとも……」っと、空気を読んで一応言葉だけの謝罪をしてくれた。
「(あのクソメイド、マジで守銭奴じゃねぇかよ。ほんとにもきゅ子を売らずにこの問題、解決できんのかよ?)」
俺は「もしかして縋りつく相手を間違えちまったか?」っと、今更ながらに後悔してしまう。
「ねぇ? 貴方達、さっきから何してるのよ?」
痺れを切らしたのか、アイコンタクトでやり取りしている俺達をマリーが横から声をかけ、強引に物語を進めようとしている。どうやら彼女も登場人物らしく、空気を読むことに長けているのかもしれない。
「いえ、大丈夫です。もう解決しましたから……」
「えっ?」
シズネさんは俺の方を向き、今度は強く頷くと落としたメニュー表を拾い、マリーにこう反論した。
「あの~、失礼ですがお客様。これじゃ全然カネが足りませんよ。ですので、先程のお話は無かった、ということで……よろしいですかね?」
「……あら、それはどういう意味かしらね? もちろんちゃ~んと、説明してくれわよね?」
シズネさんの物言いに対し、マリーは自信満々と言った表情でその言い訳とやらに興味を持った様子である。それもそのはず、既に代金は支払ったのだ。それを逆転するとは一体どんな開き直りがあるのだろうか?
「ふふっ。これだからお子様は困りますねぇ~。ああ、そうですよね! きっとまだ字が読めないのですね? こりゃ失礼いたしました。あっ、そもそもこの物言いだとお子様の皆様方に失礼ですよねぇ~♪」
「な、なんですってぇ~っ!? お、お子様っ!? いま貴女、私をお子様扱いしましたのっ!?」
シズネさんがマリーを字が読めないお子様扱いすると、彼女は顔を真っ赤にして怒ってしまう。どうやら彼女にとって「お子様」というのは、NGワードらしい。
「ふふっ……それではちゃ~んと、この部分を見てくださいな!」
バンッ!! シズネさんはそう言いながら、メニュー表をマリーの目の前にあるテーブルへと叩き付けたのだ。
「シズネさん?」
俺はお子様ランチでも追加したのかと思いながら、テーブルに置かれたメニュー表を覗き込むのだった。
一体どんなこじ付け話なのでしょうか? それを今から次話更新までに考えつつ、お話は第29話へとつづく
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