「あの……勇者様、俺に何か……」
俺は勇者様の……いや目の前の美少女の綺麗な瞳に見つめられ、戸惑いを隠せなかった。
「いや、なぁ~に……キミ達が羨ましいと思っただけなのさ」
勇者様は俺達夫婦を微笑ましく見つめ、言葉を続ける。
「あっそうだ! そういえばまだちゃんとは名乗っていなかったな。私の名前は『勇者アマネ』だ。向かいにある店も当分休業せざろうえないだろうからな、これからはコチラに寄らせてもらうぞ!」
「勇者アマネ……様ですか? え~っと、ありがとうございます?」
俺は彼女の名前をオウム返しに呟き、これからもウチのレストランを利用してくれることに対する感謝の言葉を戸惑いながら、そして疑問系交じりに述べてしまうのだった。
何故疑問系交じりなのか、それは……彼女がギルド側に雇われた身だからである。つまり彼女は俺達の敵……というか、むしろレストランの破壊(ジズさんが原因)や、ギルド共を撲殺しまくってきた俺達(主にシズネさん)を怨んでも全然おかしくないだろう。
今の彼女が本当の真実を知らないからこんな親しそうに話してはいるが、これから先もウチのレストランに出入りすれば、いずれはバレてしまうかもしれないのだ。
「いや、キミ達ならただの『アマネ』と呼んでくれてもいいぞ。それに私は確かに『勇者』なのだが……その、こんなことは言いにくいのだが、実はまだ仲間が一人もいなくてだな。それに未だダンジョンにすら潜ったこともない身なのだ。それでギルドを追い出されてしまって、だからそのぉ~……」
アマネと名乗る勇者様はそんな自分の身の上話しが恥ずかしいのか、左右の指をくっ付けたり離したりしながら、言いにくそうに俺達に説明してくれた。
「そうだったのですか……。あっ、それならウチの店で共に戦ってくれる仲間を見つけてはどうでしょうか? ウチは街で唯一のレストランですので、冒険者達も挙って来店するでしょう。それになによりこの広い店内を生かすため、近々『クラン』や『宿屋』なども開く予定だったのです。
それに伴い人手不足もあり、どうせ他の人を雇う予定でしたので、勇者である貴女に住み込みで働いてもらえば、ワタシ達も大助かりなのですよ。もちろん朝昼晩と三食付きですし、お給金も少しですが出せますので……どうでしょうかね?」
シズネさんはアマネに対し、ウチで働いてみないかと提案していた。
「ほ、本当に住み込みで働かせてくれるのか? しかも三食付きでっ!! あっ……その、わ、私がここに居たら……迷惑にならないかな?」
シズネさんがそんな良き提案をしてくれたのが心底意外だったのか、アマネは酷く驚きながら何度もそんなことを聞き返してくる。
だが勇者としてのプライド、いや何の役にも立てずにギルドを追い出された負い目から、ウチでやっかいになるのを彼女も躊躇っているのかもしれない。また三食住居付きにヤケに食いついていたのは、今現在住む所が無いのかもしれない。
「ええ、もちろんですよ。ね? 旦那様?」
「あ、ああ……そうだな。確かに一人でダンジョンに潜るのは、さすがに危険すぎると俺も思うわ。それにレストランや『クラン』なら人が多く集まるだろうから、ダンジョンについて色々と情報を得られる。それに飯や寝床も確保した上にカネまで得られるんだ。はっきり言ってこんな好条件、他では絶対ないんじゃないのかな?」
俺はシズネさんに乗せられるまま、彼女をウチの住み込みとして雇う方向へと話を進め、そのように提案する。
「そうか……キミ達夫婦は本当に良い人なのだな! このような世界でもまだそんな人達がいるとは……。うん! では暫らくの間はこのレストランの世話になるぞ!!」
最初は好条件に戸惑っていたアマネだったが、まるで希望の光が差し込んだように明るく元気になり、笑顔になっていた。きっとこれが本来の彼女の姿なのかもしれない。
「あっ、それで、え~っと……」
アマネは右手を差し出し握手を求めたのだが、生憎と彼女の名前は聞いていたが、俺達は一切名乗っていないことに今更ながらに気付いたようだ。
「あっ、ワタシの名前は『シズネ』です。で、こちらの隣にいる方なのですが……えっと、なんて名前でしたっけ?」
「おいぃぃぃぃぃっ!! てめえの旦那の名前を忘れるんじゃねぇよ!?」
(仮にも旦那である俺の名前を知らない……ってか、もう腕組んで仲良しアピールしてるのに、完全な他人行儀すぎて思考が追いつかねぇわ!!)
シズネさんはしれっと俺の名前を忘れ、軽くディスってきた。
「ふふっ。キミ達は本当に仲が良いのだな! シズネさん……でいいのかな?」
「あっ、いえ『シズネ』と呼び捨てでも良いですよ。ワタシも貴女のことを『アマネ』とか『おい、そこの落第勇者!』などと呼ぶ予定ですので……」
二人は互いの呼び名を決めると、これから良好な関係を結ぶべくして、がっしりと握手をしていた。ってか、シズネさんのそのアマネを『落第勇者』呼びするのには、誰も突っ込まなくていいのかよ?
「それで俺は……」
「うん? ところでキミは誰だ?」
アマネはシズネさんの隣にいる俺を眉を顰めながら訝しげな目で見つめ、「おまえどこのどいつだよ(笑)」的な感じでディスりやがっていた。
「おいぃぃぃぃぃっ!? アンタもなのかよ!? 俺をそんな陥れたのか!!」
「ふふっ。冗談だ。冗談。キミも私のことを『アマネ』と呼んでくれていいぞ」
アマネは笑顔になりながら、俺と握手をすべく右手を差し出してきた。
「あっ、うん。アマネ、だな。俺の名前は『タチバナ・ユウキ』ってんだ。これからよろしくな!」
「ふむ。キミの名前は『そこらのゴミクズ』と言うのか? 随分と変わった名前をしているのだな。ま、名前は体を現すと言うしな……ぶふっ!」
俺がちゃんと自己紹介をして名前を述べたにも関わらず、またもやルビ振りの野郎めがふざけた仕事をしやがり、『そこらのゴミクズ』という超一級的DQNな呼び方をされてしまうのだった。何気に堪えられなかったのか、アマネは口元を必死に押さえ笑っている。
「(チクショーめ! 何で俺ばかりこんな目に遭うんだよ。あと毎回毎回俺の呼び名をオチに使い回すんじゃねぇよ。しかも段々と扱いというか、ルビ振りが酷くなってやがんぞっ!!)」
俺は自らの役割と的確なルビ振り表記に苛立ちを覚え、心の内でキレてしまうのだった。
ま、実際には不満を口に出すこと無い。なんせ口に出したその瞬間、どんな罵声を浴びせられるか分かったものではないからだ。下手をすれば、存在ごと無かったことにされても何ら不思議ではないし、シズネさんなら「あらあら、それはゴミクズの皆さんに対し、失礼ではありませんかね?」などと、俺を更に地獄へと叩きつけることだろう。
「きゅ~っ? もきゅ!」
っとそのとき、俺の右足にしがみ付いていたもきゅ子が騒がしさからか、目を覚まし、目の前にいるアマネに対し右手を挙げて存在をアピールしていた。
「うわっ!? なんだ、何故このようなところにドラゴンがいるのだ!?」
アマネはもきゅ子の姿を目にすると、その途端パニックに陥ってしまった。たぶん未だダンジョンに潜ったことがないので、魔物すら目にするのは初めてなのだろう。
「アマネ!? だ、大丈夫だから!! コイツはもきゅ子と言って……」
「ええ、そうです。このもきゅ子はですね……」
俺とシズネさんはアマネの動揺を鎮めるべく、共にもきゅ子について説明をすることにした。だがシズネさんのそれは、火に油を注ぐほど過激な説明だったのだ。
「もきゅ子は……この世界の現魔王様なのですよ!! ドヤ」
「「ええーっ゛、えぇぇぇぇぇぇっ!? ま、魔王様ぁ~っ!?!?」」
俺とアマネはシズネさんのその一言によって、文字数節約のため声を揃えながら、戦後最大級に驚いてしまうのだった。何気にドヤ顔とドヤ台詞で決め込んでいるシズネさんがムカついたのは、もはや言うまでもない事だろう……。
ついに現魔王様であるもきゅ子の正体が明らかにされてしまった。一体このあと物語は、どうなってしまうのかぁぁぁぁっ!! お話は第19話へつづく
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