「いい加減起きてくださいよ、ねっ!」
シズネさんはリーダー格の山賊の脇に陣取るとスタンスを開け、サッカー選手のように右足を後ろへと曲げた。
ガゴッ!? そして振り子のように勢い良くガラ空きの脇腹にある、あばら骨とあばら骨の隙間目掛けトーキックを決め込み、ソイツを強制的に起こしたのだった。その光景はまるで、高級お寿司屋さんがすき身を作る作業にも似ていた。
「ごほっごほっ……な、何事なんだよ!?」
「お、俺達、何でこんな道端で寝てたんだ?」
リーダー格の山賊が目を覚ますと、周りにいる他の三下共も次々と目を覚まし始めていた。
「(何で一人気が付くとみんな意識取り戻すんだよ? お前ら……仲良しなのかよ?)」
そんなことを思っていると、我が妻であるシズネさんが口を開いた。
「あっ、ようやく起きましたか? はぁ~っ。まったくアナタ達ときたら。散々暴れ回った挙句にウチの店の前でお昼寝をするとは……ほんっと、良い度胸してますねぇ~♪ ふざけているのですかね?」
「「「はぁ~っ!? ひ、昼寝だとっ!?」」」
シズネさんのその言葉を聞いた山賊達は口を揃え、自分達が幼稚園児みたく『お昼寝タイム』していたことに心底驚いた様子である。
「あ、あの……俺達、本当にこんなところで昼寝していたのですか? それに暴れ回ったというのは一体何のことでしょう? まったく身に覚えが無いのですが……」
そんな動揺する手下を代表するようにリーダー格の山賊が一歩前に出て、目の前で仁王立ちしているシズネさんに質問していた。
何気に最初とは違い柔らかな物腰と丁寧な言葉遣いで質問しているのは、たぶん無意識下での生存本能から来る一種の防衛手段、生態系の格付けなのかもしれない。
「あらあら、あれだけの事をしたと言うのに身に覚えがないとおっしゃるのですか? ふふっ……いいでしょう。アナタ達がしたことを今から懇切丁寧に説明してあげますよ」
シズネさんは何食わぬ顔でしれっとしながら、薄気味悪い笑いをして事の次第を山賊達に聞かせ始めていた。
「まずアナタ達はウチでナポったにも関わらず、その代金を支払おうとしなかったのです。で、オーナーであるこのワタシがそのことを問い詰めると、まるで狂ったように暴れ回り、そこにあるウチの玄関を粉々に破壊したのですよ。あとは俺達良い仕事したわぁ~とか言って、そのまま道端でお昼寝タイムに勤しんでいた……っとこういうわけなのです。まさか今更それを覚えていないとは言いませんよね? ね?」
どうやらシズネさんはまるで小説家の如く、適当なこじ付け混じりの物語を構築し、本来ならジズさんの罪である玄関ドア破壊事件を何の罪も無い山賊達へと擦り付けようとしているのかもしれない。ってか、現在進行形でしてる感じ?
「(こんなのってあるかよ? アイツら何もしてねぇじゃねぇかよ……。盗人猛々しいというか、なんというか……)」
俺は呆れとも取れる表情をしながら、ただ黙って話の行く末を見守ることにした。ってか話に入ったら、俺までその共犯にさせられるとの虫の知らせなのかもしれない。あとぶっちゃけ、自分に語彙力が無いのを誤魔化す目的でもあった。
「えっ? お、俺達そんなことをしてしまったのですか? ほんと、すみませんでした。あの~……もしよろしければ、これを……って、あれ? 財布がねぇぞ!? おっかしぃなぁ~……あっおい! お前達、少しカネを貸してくれねぇか? どうやらオリャ~、どっかに落としちまったみてぇでよぉ~」
リーダー格の男はシズネさんに対し料理の代金と玄関修理分を弁済しようとしたのだったが、いざ懐を探したのだが肝心の財布が見つからず、自分の手下にカネを借りようとしてた。
「へい、アニキ!! そんなのお安い御用ですや……って、あれ? お、俺も落としちまったみていですや! あ、アニキィ~っ」
リーダー格の隣にいた腰巾着らしき腰の低いいかにも三下野郎が財布を貸そうとしたのだが、どうやらソイツも落としたようだ。そして情けない声を出しながら、リーダー格の男の右腕に縋りつくように謝っていた。
「おい! この際誰でもいいから早くカネを貸してくれ!!」
「(ぶんぶん、ぶんぶん)」
どうやら他の山賊達もどこかに財布を落としたのか、首と両手を激しく横に振って文無しアピールをしていた。
「あ、あの……す、すみません。その言いにくいのですが、どうやら俺達全員財布をどっかに落としちまったみてぇでして……ゆ、許してくだせぇ! ほら、てめえらも謝らねぇかっ!!」
「「「ほんとすみませんでしたーっ!!」」」
リーダー格の男は許しを請うために土下座し、まるで地面とお友達になるように頭を擦りつけて、ただただ平謝りをしている。またその子分達も全員同じ格好で、平伏していた。
「あのさ、アンタらのその財布って、もしかしてシズネさんが代金とか言って強奪した……」
「おらっ!!」
ブンッ!! そんな真実の言葉を挟もうとしたその瞬間、シズネさんは左足を軸足にクルリっと180度回転しながらこちらを振り向き、そのまま勢い殺さず俺の鳩尾付近を掬い上げるような重々しい右ボディーブローを捻じ込み、武力で黙らせた。
「ごふりっ……ぐごごごごごっ。な、なんで俺まで……」
何気にそれは後々証拠として傷が残らないよう、腹だけを叩く賠償金未発生パンチ(通称ヤクザブロー)だった。そして俺は許容を超えるダメージをシズネさんから受けてしまうと膝から崩れ落ち、両手も地面に着いて四つんばいの形に倒れてしまうのだった。
「よいしょっと。ふぅ~っ。さてさて邪魔者は消え去りましたし、お話の続きときましょうか? それでアナタ達はただ謝り、頭を下げれば良いと……本当にそう思っているのですかね? はんっ! 世の中はですね~、そんなのは通用しないのですよ。そもそも頭は相手よりも立場が上であってこそ、下げる意味があるのです。ですからアナタ達に頭なんか下げられても、何ら価値がありませんよ!!」
だがしかし、シズネさんはそんな夫である俺を介抱するどころか、「あらあら? こんなところに椅子があったのかしら? まぁいいわ。ちょうど疲れてきたし、座りながらお話でもしましょうかね?」っと言った薄ら笑いを浮かべ、椅子の化身となりかわった俺の許可を得ずして堂々と背中に座り、山賊達の価値の無さと頭を下げる意義を説いていた。
「(チクショーめっ!! 何で俺ばかりがこんな目に……いや、そこにいる山賊達も同じ境遇か)」
そんな上に乗っているシズネさんのお尻の柔らかい感触を楽しむため、文句一つ言わず椅子に徹することに。
「そ、それで……あの、どうしたら許してもらえるのでしょうか?」
頭を下げ許しを請うても、許してもらえず山賊達はほとほと困り果てていた。
「ま、そうですねぇ~。ワタシも鬼ではありませんので……とりあえずアレを直してくれますかね?」
「(アンタ鬼どころか、魔王様だろうが……)」
そう言いながらシズネさんは首だけで壊れた玄関を指し、山賊達に修理するよう依頼していた。
「へい! それくらいお安い御用ですぜ、姉御っ!! おい、てめえら。姉御の機嫌が悪くならねぇうちに早く玄関を直すんだ!」
「「「はぃぃぃぃぃっ!!」」」
そんなリーダーの号令一下、部下の山賊達もそれに従い、ちょいカンフースターのような叫び声と共にスクっと立ち上がった。そして『姉御』と慕うシズネさんに対し、背筋をビシッと伸ばした敬礼をしてからドアの修理作業に取り掛かり始めた。
「あのシズネさん、ほんとにこれで良かったの? だってさ……」
「しっ。ですよ、旦那様。それにほら、よく言うじゃありませんか。『騙されているうちが華』だとも……」
俺の背中をまるでお馬さんのように乗っているシズネさんが右目を瞑り、ウインクしながら、そんなデタラメな言葉を放っていた。
たぶんそれを翻訳するならば、「騙されているうちは、アイツらにも利用価値がある。もしもその価値が無くなったら、花のように枯れて捨てるだけだ……」っと言いたかったのかもしれん。
これを読んでる読者の方々も何言ってるか分からないだろうが、俺だって何を言ってるのか、ちょっと分からない。
そうこうするうちに、店の内側に立てかけられていたドアが外され、修理作業が行われようとしてた。だがどうにも山賊達の様子がおかしいのだ。「どうしたんだろう?」そんなことを思っていると、リーダー格の男が困り顔をしながら俺達の元へやって来てこんな話をした。
「あの、姉御。言いづらいのですが、いくら俺達でも『元』となる材料がねぇと直せねぇのですが……一体どうすりゃいいんでしょう?」
どうやら壊れた部分を確認はしたものの、肝心の材料が無くては修理できないようだ。そして自分達が壊したものと思い込んでいる山賊のリーダーは、頭を下げ必死に頼み込んでいた。
「確かにな。シズネさん、どうするよ? そもそもこの店に木材の予備なんかあるのか?」
もはや椅子の化身と化している俺は首だけを横に動かし、上に乗っているシズネさんにお伺いを立ててみる。予備のドアがあったくらいだから、もしかすると木材だってあるかもしれない。
「言われてみれば、それもそうですね。なら、木材があればちゃんと直せるのですか?」
シズネさんは「なに、てめえら材料が無いとあの程度の玄関も直せねぇのかよ? ほんっと使えねぇなぁ~。そんなもん気合で直せよ、気合で! ちっ。もういいから木材の代わりに、てめえらが人柱になれってんだ……ったくよぉ~」とやや眉を顰め険しい顔を見せていた。
「ええ、それはもちろんでさぁっ!! 何せ俺たちゃ、自前で砦も作るくらいなんです。材料さえありゃ、この程度すぐにでも直せまさぁっ!!」
リーダー格の男は得意げに意気揚々と言った感じで、自分の胸を叩き、自信をみせている。
「ならば、話は早いですね。旦那様、ちょっくら180度方向転換してくれますかね?」
「あ、ああ……分かったよ」
まさにシズネさんの馬と言って感じに両手両足を器用に使いこなし、言われるがまま店の反対側にあるギルド直営のレストランの方を向いてみる。
「おーい、ジズぅーっ! ジーズーっ!!」
「へっ? ジズさん?」
するとシズネさんはジズさんへと声をかけた。
「んっ? ふぁぁっ~っと。誰やワテを呼ぶのは? 一体どちらさんですぅー? って、姉さんやないですか。どないしたんですのんやー」
ってか、まだ敵方のレストランの上に陣取り健やかに寝息を立て寝ていたのだ。そして眠そうに欠伸をするとこちらを振り向いた。
何で木材を調達するのにジズさんを呼ぶのだろうか? それを読者と一緒に次話更新までに考えつつ、お話は第26話へつづく
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